アベルに任務を告げられた翌日、エミリアは、総督府に連絡を送るため、再び協力者達への連絡用の車にこっそりと自身の報告書を紛れ込ませていた。
都合が良すぎる展開で怪しさも満載だが、だからといってこの機会を無駄にも出来ない。
漸く家族に会えるチャンスが来たのだから。
そう考える彼女は、疑念や不信感と共に、期待も抱いていたのだった。
運良く連絡車が連続で出てくれて助かったとエミリアは安堵する。
そう、彼女は先日のアベルから数々の自身に都合の良い展開のシャワーを浴びせられていたことで、最早この程度の"偶然"に気を払う余裕はなくなっていたのだ。
本職の密偵ならむしろ怪しんだろうが、そうでない彼女は、この都合の良い偶然を見逃してしまった。
そして、更にその翌日、まだ太陽も登り始めていない頃。
「やあ、エミリアくん。おはよう」
アベルは、車に乗ってエミリアの居住地へ迎えにやって来ていた。
「お、おはようございます」
「そう固くならないでくれ。この任務の間は、バディなんだからさ」
「は、はい」
アベルはエミリアに車へ乗るように促し、彼女の乗車を確認した後、自身も運転席に乗り込み、エンジンをかける。
「よし。行くぞ」
その後は、暫く会話もなく、車は、ナジェルノスクの出口へと向かって行く。
出口となっているゲートの前へと到着したアベルは、車を停め、出入りを監視している受付の者と一言二言交わして、車を再び発進させた。
「書類とか書かなくてもいいんですか?」
エミリアは、他の者、協力者への連絡用の車ですら幾つかの手続きをしている様子を見ていた為、不思議に思い、アベルに尋ねた。
「私は、一応準幹部級だからな。顔パスってやつだよ」
アベルはそう冗談目かして答える。
「なるほど」
「それより。今日の任務について説明するぞ。いいか?」
アベルに言われたエミリアは「あ、はい」と慌てた様子でメモを取り出した。
「メモは止めてくれ。俺たちは帝国内では犯罪者なんだからな。記憶してくれ」
「すいません」
エミリアは恐縮した様子でメモを懐にしまい、姿勢を正した。
「よし。まず、私たちは、総督府の首府となっているヤゲノスルカへと向かう。その後はヤゲノスルカを散策する。内容としては以上だ」
「へ?それだけですか?」
これでは二日前に聞いた情報から何も更新されていないじゃないか。
とエミリアは至極全うな疑念を抱いた。
「それだけだよ。ただ、奴らの軍、というより憲兵や親衛隊の詰所や本部の位置を調べること、橋の場所、街全体の詳細な造りの把握、なんかを行う。そして、ある人物に秘密裏に接触するための下準備でもある」
「ある人物..?」
「私もそれは詳しくは聞いてない。だが、とても重要な協力者らしくてね。だが、彼は首府から出られないそうなんだ。だから、こっちから会いに行く必要があるわけだが、首府は帝国軍の目が光っている。劣等とされている俺たちみたいなのが首府にいるってことがバレただけで処刑されてしまう」
「だから下見をして、本番でスムーズに動けるようにってことですか?」
「そんなとこだ」
「でもそれじゃあ私達の方は二重にリスクを背負うってことじゃ」
エミリアは少し考えた後、そうアベルに尋ねた。
「向こう様の要望だからな。仕方ない」
アベルは、肩をすくめ、少し笑いながらそう答える。
「ま、とにかくそんな訳で、出来るだけリスクを減らすために僅かでも土地勘のある君に来てもらった、というわけさ」
まだ幾つか納得出来ていないエミリアだったが、「なるほど」と頷くのだった。
「さて、後は暇な時間だ。到着まで、ゆっくりすると良い。それともお喋りでもするか?」
アベルにそう言われたエミリアは、少し躊躇い、そして、遠慮がちに呟いた。
「アベルさんは..どうして解放軍に入ろうと思ったんですか?」
エミリアは気になっていたのだ。
この組織の人達は何故、命がけで、帝国と戦おうとしているのか、戦っているのか。
帝国の強大な力を身をもって植え付けられていた彼女に取って、彼らに逆らうなんてことは考えられなかったのだ。
一体、何が彼らを突き動かしているのだろうか。ただ、愛国心からだけなのだろうか。
もしそうなら、逆らう気持ちが少しも湧かない自分は故郷を愛していなかったということなのだろうか、と。
だから、彼女はスパイ云々抜きに、尋ねてみたかったのだ。
彼らに、何故、と。
「なんで、か。話てもいいが、どうして知りたいんだ?」
アベルに詰問されるように尋ねられたエミリアは、自身の立場を思いだし、しどろもどろになりながらも、答え始めた。
「あ、えと..なんで皆さんが帝国と闘おうと思ったのか、気になってて。わ、私は、家族とまた会いたいから、なんですけど。皆が皆、そういうわけじゃないだろうし、その、愛国心とかなのかなって。もしそうなら、私は故郷を愛していないってことなのかな、とか」
「...ジャックとかは知らないけど、私は少なくとも、愛国心なんかじゃないよ。私は...」
ーーー
すっかり太陽も真上へと昇った頃、数時間かけて彼らは首府、ヤゲノスルカへと到着した。
「さあ、行こうか」
偽造した身分証と到着前に打ち合わせた通り、不動産業者を装って首府へと潜り込んだ彼らは、車を堂々と駐車場へ停車し、散策を開始する。
「車、あんな堂々とおいて大丈夫なんですか?」
「堂々と停めてる方が、隠すように停めてるよりは怪しまれないものさ」
アベルの解説に、そういうものかと頷き、エミリアもアベルの後を追うように歩きだす。
この後、二人に、特に、エミリアにとって想定外の事態が起きるとは、アベルもエミリアも知るよしはなかった。