帝国がローズベル協同国を併合する直前の事。
ガラクタや機械の部品が雑多に積まれた天井が異様に高く、無機質な部屋の奥で、一心不乱に作業をしている男がいた。
男は一旦手を止め、自身の作業によって生まれた機械に目をやる。
そして、不満げな顔をしながらも、一旦手にもっていた工具や部品を近くの作業台に置き、部屋の反対側にある休憩スペースへと向かった。
彼が思い描くモノとは程遠い、未完成の機械。しかし、それを作らねばならないという事実。
これらは、彼のストレスの元であった。
だが、彼が追い求めるモノを完成させるために、必要なことなのだ。
休憩スペースで安物の、彼以外は泥のようだと評するインスタントコーヒーを啜りながら、設計図を見返していると、部屋の扉がノックされたことに気付く。
「はい」
彼がそう返事をすると、扉が開かれ、部屋に、彼にとっては余り嬉しくない、しかし、重要な客が入ってきた。
「お久しぶりですね。ハルトマン博士」
エッケハルト=ハルトマン、それが彼の名前である。
そして、彼は、オストレオン帝国において重要な位置を占め、かつこの大陸でもトップの軍需企業、"Macht des Volkes"、通称、MdV社の主任研究員である。
「お久しぶりですね。ウェゲナー大佐」
ハルトマンは、愛想笑いを浮かべながら、来客に挨拶を返した。
その来客は、オストレオン帝国陸軍兵器開発部の代表者、ドミニク=ウェゲナーであった。
「それで、今日は何用で?」
用件は分かりきっていたが、ハルトマンは社交辞令的にウェゲナーに尋ねる。
「勿論、新兵器の開発状況についてですよ。我々開発局が依頼した新兵器、開発の目処は立ちましたかな?」
そう、ハルトマンは現在、帝国陸軍から依頼され、新兵器の開発に勤しんでいた。
ハルトマンの本来の研究と、軍の望むモノには近しいもがあったため、彼が主任研究員となったわけなのだが、彼自身にとっては未完成の製品を、帝国陸軍は完成品として量産するので、余り好きではないのだ。
魔力戦車も、魔力爆撃機も、まだ未完成であったにも関わらず、十分な威力を有しているから、と開発を打ち止めにされ量産体制へと移行されていた。
それにも関わらず、ハルトマンが陸軍の注文に応え続けるのは、本来彼が目指すモノを作るために資金を集める必要があるからだ。
そして、今回もまた、未完成品を完成品にされてしまうのだろうと思いながらも開発をしていたので不満を感じていたのだった。
「奥に試作機があります」
ハルトマンは、ウェゲナーに気付かれないぐらいの小さな溜め息を漏らしながら、奥へと彼を案内する。
「此方です」
部屋の奥にて、ハルトマンが手を伸ばした方向には、何とも形容し難い、変わった機械が置かれていた。
キャタピラの上に、コックピットと思しき、前方のみ傾斜のある台形の四角い、トラックキャビンの様な車体が乗っており、その車体の両側には太い大砲のようなアームが備え付けられているものだ。
「なんだねこれは..」
ウェゲナー大佐はどう反応していいか分からず、唖然としてその機械を見つめる。
「これが試作機、"M-03-Gladiator"、です」
「戦車、なのか..?」
「その辺の定義は其方にお任せします。しかし、新兵器、として紹介する以上、私は戦車ではない、と答えておきます」
「どういう兵器なのだ」
「攻撃、機動の双方を魔力に依存し、戦車と同程度、若しくはそれ以上の攻撃力を有する、そして、戦車以上の機動性を目指した兵器です」
ハルトマンの説明に、ウェゲナーは首を捻る。
「魔力戦車も機動、攻撃双方を魔力に依存しているじゃないか。それにこいつは戦車よりデカイ。とても機動性に優れているとは思えないぞ」
ハルトマンは、ニヤリと笑う。
「こいつはね、空を飛べるんです」
「は..空を..だと..?」
「はい。戦車よりデカイのには理由がありまして、従来の魔力戦車は、"燃料"を1体積むのが限界でした。しかし、こいつは4体積むことが出来るようにしてあるのです」
「ふむ..しかし大きい分エネルギーを喰うのでは..?」
「そうですね。しかし、その増加した必要量を上回るだけの燃料を積めるようにしてあるので、戦車よりも活動時間は大幅に上がっています。正確な計測はまだですが、計算上、約3倍になっています」
更に、とハルトマンは続ける。
「その増大した燃料で、短時間ながらも、空を飛ばすことすら出来るようになった、というわけです。此方も正確な計測はしていませんが、設計上、平地での機動時間の25%程の滞空時間となっています」
「後は実験を残すのみ、というわけだな?」
少し興奮した様子のウェゲナーの質問に、ハルトマンは無駄だと思いながらもこう答えた。
「まだ完成とは言い難いです。そも、燃料奴隷をそのまま積む形しか出来ない故にこのような形になっているので」
ウェゲナーの態度から、また今回もこれで完成という扱いを受けるのだろうと予想していたハルトマンだったが、ウェゲナーの発した言葉は予想外のものだった。
「ふむ、君の目指す完成形とはどういうものなのだね?」
「....電池のようなものに込められた魔力を使って、人間の身体機能を大幅に強化し、空をも飛べるようにした、小型の簡単に人に装着出来る、スーツの様な機械こそが理想なのです」
「ハハッ。壮大だな」
「ええ、この試作機も、その一歩でしかありません。こいつをもっと小型に、人と同じ大きさにせねばならない」
「なるほどな。だから君はいつも未完成だと言い張っていた訳か」
「はい。しかし、閣下も珍しいですね。こんな風にお話したのは初めてな気がします」
ハルトマンの率直な言葉に、ウェゲナーは苦笑した。
「君の目指すもの、そして今までの言葉の真意を知りたかったんだ」
そう言ったウェゲナーは、真顔に戻り、ハルトマンに向き直る。
「まだ極秘だが、主任研究員として帝国軍の兵器を開発してきた君にだから言う。絶対に、他には漏らすなよ」
ハルトマンは、彼の前で見せたこともないそ厳然なウェゲナーの雰囲気に驚きつつ、頷く。
それを確認したウェゲナーは、小さく、重大な秘密を口にした。
「オストレオン帝国は、世界を相手に戦争をすることになるだろう」