オストレオンが戦争を始め、連合王国が参戦してから数日経ったある日の事。
フリッツ=ワシンスキーは、つい一月程前に、引き継ぎを終え、総督の副官の座から降りていた。いや、降ろされていた。
そして今は、総督府領内にある幾つかの国防軍監視施設からの報告を受け取り、それらの情報を整理、重要事項を総督に伝えるという閑職に就いている。
オストレオン帝国が、戦争状態に突入してからも、暫くは平穏そのものであり、異常など起きなかった。
普段は、週に一回以上はレジスタンスの活動が必ずといって良いほど報告されていたのだが、今はそれもない。
ワシンスキーはその、ある種の異常に気が付いてはいたが、総督には報告していなかった。
レジスタンスの活動が収まっていることを都合良く解釈し、思考停止していたのではない。
そうなっていたのは総督の方であった。
そんな総督にこの異常性を説明しても理不尽にキレるか無視するのが関の山であることは分かりきっていたからだ。
だが、ついに明確な異常が発生する。
始まりは、あの街であった。
定時連絡を各駐屯地から受けていたワシンスキーだったが、ある地点からの報告が無いことに気が付いた。
「グダルスカからの連絡がない..」
彼は、グダルスカ駐屯地からの連絡がなかったことを再度確認し、直ぐにグダルスカへと連絡を入れる。
「こちらヤゲノ総督府国防軍 事務総局情報課。グダルスカ駐屯地、応答せよ。定時連絡はどうした?応答せよ」
応答はない。
「何があった!?応答せよ!連絡員でなくても構わん!この通信を聞いている者は応答せよ!」
やはり、応答はない。
彼の全身に寒気が走る。
不味い。
そう考えた時にはもう部屋を飛び出していた。
「総督!総督閣下は居られるか!?」
エリック=ハイドリヒが総督の執務室前に設置されている副官用のオフィスで業務をこなしていると、突然、前副官であるフリッツ=ワシンスキーが飛び込んできた。
「ワシンスキー殿、騒がしいですぞ。それにいくら前任の副官だからと言っても、決まりは守って頂かなくては。総督との面会にはアポが必要です」
「黙れ!そんな場合ではない!」
思わぬ怒声に、ハイドリヒは僅かにたじろぎ、肩で息をし、彼を睨んでいる男を見回した。
「何があったのです?」
その鬼気迫る雰囲気に、黙れと実質的には上官となったハイドリヒに対して一喝したことに対する怒りも吹き飛び、彼は素直にそう尋ねてしまっていた。
「グダルスカ駐屯地からの連絡が途絶えた。異常事態だ。直ちに調査のために軍を送り、首府の軍や親衛隊に警戒を促して頂く為に来た」
駐屯地からの連絡が途絶えた。
ハイドリヒはその一言で事態の重大さに気が付いた。
特に、連合王国がウェスティンレオーネの同盟者として参戦したこのタイミングで起きた事態だ。
タイミング的にも、可能性が高まる。
レジスタンス蜂起の可能性が。
「分かった。直ぐに通す。少し待っていろ」
ハイドリヒは頷き、彼の上司がふんぞり返っているオフィスに入るのだった。
ヤゲノ解放軍は、蜂起した。
世界各地に植民地を保有し、世界最大の艦隊を誇る海軍を有する列強国、ジェルト=ケッチ連合王国がオストレオンの敵として参戦したという報を受け、立ち上がったのだ。
今しかない、と。
前線にいる兵をレジスタンス鎮圧の為に回すことは難しいだろう。
何せ、ウェスティンレオーネの参戦だけで前線は停滞したのだから。
連合王国の軍隊が加われば、後退すら余儀なくされるだろう。
そこに、蜂起も重なれば、間違いなく帝国は致命的な打撃を受けると思われた。
更には、未だ表向きには中立を装っている隣国から秘密裏に武器の支援もあった。
勿論同じルートを通して、連合王国からも。
だから、蜂起した。
勝算も、戦略的効果も充分。
動かない理由は無かった。
そして、その始まりの場所にグダルスカが選ばれた。
今は住民がおらず、帝国軍の駐屯地のみが構える、解放軍にとっては重要なその街は、解放軍の奇襲によって瞬く間に陥落した。
更に、彼らの優勢を聞いて、他の潜伏していた小規模な地下組織も次々と合流した。
そこから一気に、彼らは進軍を開始する。
ヤゲノの解放という至上命題を実現するために。
アベルの部隊は、首府を確保する任を帯びていた。
同じ命令を受けた幾つかの部隊と協力しながら、一路首府、いや、ヤゲノ王国首都、ヤゲノスルカの奪還を目指すのだった。