「.....なんだって...?」
ヤゲノ総督府総督、ギルベルト=ハスリックは、目の前にいるフリッツ=ワシンスキーからの報告を聞き終えると、情けない程唖然とした声を出した。
「駐屯地からの報告が?途絶えた?機器の故障ではないのかね?」
「その可能性は0ではありません。しかし、つい二日前に点検が行われたばかりですので、限りなく低い可能性です」
「電線の異常ではないかね?」
さっさと調査の派遣を命じればいいものを。
と内心呆れながらも、ワシンスキーは説明する。
「もし電線の異常ならば無線機で連絡してくるでしょう。それに、電線の異常だとして、結局その異常が起きた原因を調査する必要があります」
分かるだろう。と言いたい心境であったが、彼は努めて冷静に話続けた。
「......くそっ。くそっ....」
ワシンスキーは、目の前にいる哀れみを覚える程狼狽した、無能な男を冷たい目で見つめる。
こいつは、異常事態そのものに狼狽しているのではない。総督府内で蜂起を許したとなれば、彼の責任問題となる。そこに狼狽しているのだ。
他者を突き落とすことは得意でも、自身が崖っぷちに追い詰められた事は無かったのだろう。
こんなやつに、ルドルフ総督は...。
ワシンスキーは、軽く頭を振ってその怒りを一旦頭から追い出した。
今は、異常への対処が先だ。
「総督閣下。軍の調査隊派遣を承認していただけますね?」
「...ああ...」
無能なギルベルト。お前はこの状況でも国防軍に動かれることが気にくわないのだな。
ワシンスキーは、軽蔑を表に出すこと無く、丁寧に敬礼をし、総督の執務室を後にした。
しかし、調査隊を派遣することは叶わずに終わる。
ーヤゲノ総督府 ブレスコウー
「何が起きている!!」
ブレスコウの親衛隊基地に怒号が響く。
ブレスコウから少し離れた位置にある、国防軍駐屯地と連絡がつかなくなり、更にはその直後から都市が何者かからの攻撃を受けていたのだ。
「国防軍のクーデター..?いや、まさか...」
先程怒号を上げた基地司令官の男は、頭を抱えていた。
何が起きているのか全く情報がないのだ。
総督府の親衛隊に連絡は入れたものの、返事はまだ無い。
「何が起きている ..」
彼は先程とは正反対の、弱々しい声で、もう一度、そう呟いた。
ーヤゲノ総督府 総督府庁舎ー
「ブレスコウが...?」
調査隊編成の為の作業をしていたワシンスキーの下にも、ブレスコウでの異常が報告される。
その報告を聞いた彼は、調査隊派遣のための書類を脇にあったゴミ箱に投げ入れ、勢い良く立ち上がった。
「総督閣下は?」
報告に来た親衛隊員に尋ねる。
「それが..今は誰にも会いたくないと...」
「何?」
彼の声色に萎縮しながらも、その報告者は事実を伝える。
「有効な対処法を考える故、暫く邪魔をするな、と」
カッとなって思わず怒鳴りそうになったワシンスキーであったが、報告に来た彼に非はない。と思い直し、震える声で、礼を伝え、下がらせた。
「何を考えている..?何を...」
暫く呻くように呟いていたワシンスキーだったが、突如思い立ったようにして、電話機に手を伸ばし、何処かへとかけ始めた。
「もしもし、私だ....」
ギルベルト=ハスリックは、吐き気すら覚えていたが、思考を止めることはなかった。
どうにかして、責任を回避せねば、折角手に入れたこの総督という地位を、政府中枢、党の中枢へと至るこの道を、失いかねない。
仮に事態を沈静化させることが出来たとしても、非難は免れない。
何せ、彼は、前総督の政策を殆ど全て批判し、ストップさせてきたのだ。
その後にこの蜂起。
いやが上にも、彼に責任を求める声が出てくるだろう。
「最悪だ。最悪だ。何故、何故、こんなことに...」
コンコンと、ドアがノックされていることに気が付く事が遅れる程、彼は焦燥していたようで、ノックと共に、副官の声がするまで気が付かなかった。
「総督閣下?よろしいですか?」
暫く放っておけと言ったばかりなのに、なんだと言うのだ。
ギルベルトは、栓の無いことで憤ったが、まてよ。と思い直す。
もしや、何か妙案が浮かんだのか?
そんな希望的観測を持ち、彼は返事を返すこととした。
「入れ」
「失礼します。閣下。ワシンスキーが閣下と面会したい。と」
果たして、ギルベルトの希望は裏切られた。
「さっき会ったばかりだ」
「事態が急変したため、新たな方針が必要、と言っています」
「....」
ギルベルトは露骨に不機嫌な顔になったが、直ぐにある考えに思い至り、今度は歪んだ笑みを浮かべ、言った。
「通したまえ、話を聞こう」
そうして、数時間ぶりにやって来たワシンスキーを出迎える。
部屋に二人きりとなるなり、ワシンスキーは、おおよそ、これは、反乱軍の蜂起にほぼ間違いないこと、首府の防備を重点的に固める事、そして、本国に救援を要請することを要請してきた。
「事態の沈静化のためには最早手段を選り好みしている場合ではないと考えます」
ワシンスキーの努めて冷静な声を聞きながら、ギルベルトは考えていた。
そうして、ギルベルトは、無能な総督は口を開いた。
「今回の首謀者は、貴様だ。フリッツ=ワシンスキー」
彼は、勝利を、責任の回避を、確信していた。