「は?」
普段は、憎い相手にすらも冷静な態度を崩すことは殆ど無かったワシンスキーであったが、ギルベルトの信じがたい言葉の前には維持することが出来なかった。
すっとんきょうな声を挙げ、唖然とギルベルトを見つめる。
「貴様は、裏切り者だ。国防軍も協力しているのだろう?反乱軍を唆し、国防軍には極力抵抗しないように伝えたに違いない!」
狂った様に陰謀論を叫ぶギルベルトに、冷静な顔を作り直したワシンスキーが反論する。
「一体全体どうしてそうなったのです?証拠はあるのですか?いえ、そもそも何故我々がそんなことをする必要があると言うのです」
「黙れ!黙れ!この裏切者め!動機なら幾らでもあるだろう!証拠などは不要だ!そうに違いないからだ!」
滅茶苦茶だ。支離滅裂。論理飛躍。
最早、ワシンスキーは軽蔑を隠しきれなくなっていた。
こいつは、まだ自分が責任を逃れることしか考えていないのか。
陰謀論をでっち上げて、その陰謀論に対処したところで、何も解決しないというのに。
いや、恐らくこいつは、自分を逮捕なり処刑なりした後、逃走するつもりなのだ。
国防軍が邪魔をして対処出来ず、戦略的撤退をした、とでも言うつもりだろう。
国防軍に不信感を抱いている総帥のことだ、この目の前にいる無能を昇進させることはないだろうが、罰することもないだろう。
「さあ、貴様は逮捕だ!」
ギルベルトはそう叫んだが、ワシンスキーは、彼の声が聞こえていないかの様に超然とした態度で、ゆっくりと隠し持っていた拳銃を、ギルベルトへと向けた。
「なんのつもりだ?」
「見て分かりませんか?逮捕されるのは貴方ですよ。ギルベルト=ハスリック ヤゲノ総督」
ギルベルトは、一瞬狼狽したものの、直ぐに元気を取り戻し、フフフと不気味に笑った。
「君のクーデターは失敗のようだね。ワシンスキーくん」
ワシンスキーが視線を後ろにやると、彼の背後には、ギルベルトの副官である、エリック=ハイドリヒがワシンスキーに銃口を向けながら立っていることに気が付いた。
「さあ、ハイドリヒよ。この反逆者を逮捕するのだ」
ギルベルトは勝ち誇った顔でそうハイドリヒに命じ、笑い声を挙げる。
だが、事態はギルベルトを裏切った。
「ええ、逮捕しますよ。貴方をね。ギルベルト=ハスリック総督?」
ハイドリヒは、背後からワシンスキーに向けていた銃口を、ギルベルトへと向け直して言った。
「....冗談は止めたまえ」
さすがのギルベルトも、これが冗談でないことぐらい分かっている。
しかし、彼はそう言うしかなかったのだ。
「残念ながら、冗談ではありません。閣下。この総督府はワシンスキー殿が手配した国防軍人によって包囲されているのですよ」
ギルベルトは慌てた様子で、ブラインドを開け、外を見る。
「バカな...」
そこには数台のトラックや、何十人もの重装備をした国防軍兵士が待機していた。
「裏切るのか?ハイドリヒ..」
「私を副官にしていただいたことは感謝しています。しかし、貴方に従っていても、もう未来はないのです。貴方は他者に責任を擦り付ける方だ。私達が貴方に付いてここから逃げたところで、貴方のスケープゴートとされるのがオチでしょう。そうでなくとも出世の芽はなくなる」
ごく冷淡な調子で、ハイドリヒはギルベルトに、裏切りの根拠を告げていく。
「椅子取りにしか興味のない連中も、既に貴方を見放しています。貴方にはもう、権威などないのです」
説明を聞いている間中、ギルベルトはワナワナと震えていたが、ついに決壊し、爆発した。
「貴様らあ!!よくも!よくもぉ!」
哀れで無能な総督は、腰に携帯している銃に手を掛けた。しかし、当然、それを抜くことは許されなかった。
総督の執務室に銃声が響く。
総督の後ろにあった窓には穴が空き、ヒビも入り、血しぶきが飛び散った。
ギルベルト=ハスリックは、胸に空いた穴から流れ出る血液を見、最後にワシンスキーと、ハイドリヒに、無駄であるにも関わらず、助けを求める様な目を向ける。
そして、机に置いてある書類や彼のメガネ、まだ中身の残っていたコーヒーを辺りに散らばしながら、帝国きっての保身家は、冷たい床に、誰からも悲しまれることもなく、倒れ伏したのだった。