ヤゲノ解放軍、とはいってもアベルの部隊を含む数個の部隊だが、は、総督府首府、ヤゲノスルカに到達すると、瞬く間に旧市街を制圧し、そこを起点に街の中心部に向かって進軍を始めていた。
街の至る所で銃声が響き、悲鳴や怒号がこだまする。
『帝国臣民に告げる。帝国臣民に告げる。現在、ヤゲノスルカは戦闘状態にある。軍人、警察官以外の全住民は直ちに退避せよ。繰り返す、帝国臣民は直ちに退避せよ』
総督府から発せられている待避命令は、街の至る所にある拡声器から響いているが、恐慌状態にある住民の耳には届いていないようであった。
そして、住民の退避に忙殺される部隊が続出し、解放軍にまともな抵抗が出来る部隊は少なく、司令部たる総督府も解放軍の侵入初期時点では混乱していた。そのため、次々と各個撃破の餌食となっていったのだった。
暫くすると指揮は回復し、それ以前よりも軍は、整然とした行動を取れるようにはなったものの、その時点で多くの地区が陥落していたため、帝国軍部隊が最も多くいる地域に殆どの部隊を集め、そこに住民を退避させるという形で退避活動を優先させる指揮が執られるのみだった。
こうして、ヤゲノスルカは、僅か300人程度の部隊によって、殆ど全域を制圧されることとなったのだ。
後は、総督府の庁舎と、住民の待避を優先させている軍部隊が抑えている地区のみだ。
そこに、ヤゲノ解放軍の本隊含む援軍が、周辺地域を抑え、援軍としてやって来た。
これによって、大勢は決した。
住民の退避を優先させている軍部隊は解放軍到着前にそこにたどり着くことが出来ていた住民らを護衛しながら、撤退。
総督府は最後まで抵抗を続けていた。
「R.B!一階は制圧した!」
部下の報告を受けたアベルは、隊を引き連れ、庁舎の二階の制圧に向けて動き出す。
総督府に残っていた帝国軍兵士と激しい銃撃戦を繰り広げながら、徐々に制圧地を広げて行く。
そうして、彼らは最上階までたどり着いた。
「ここが、総督の部屋か」
アベルは、他のフロアのものに比べて一回り大きく、幾つもの装飾が施された扉を見つけ、慎重に、近付いていく。
「さすがに総督は退避してるんじゃないですかね」
部下の一人がそう言ったが、なおもアベルは慎重さを崩さない。
そうして、壁に身を隠すようにして扉のノブに手を掛け、一気にドアを開け、銃を構える。
部屋に突入したアベルの視線の先には、床一面に物が散乱し、赤黒い血らしきものが至る所に付いている部屋、そしてその真ん中を陣取るようにして置かれている、執務机らしい机に肩肘をつき、椅子にどっしりと腰かけた男がいるという、異様な光景が広がっていた。
「やあ、君か。久しぶりだね」
その男に、突然フランクに話しかけられ、アベルは少し困惑する。
「覚えてないかい?グダルスカの時に、私もいただろう?」
そう言われ、アベルは思い出した。
確かにいた。当時の総督、ルドルフの側に、他は親衛隊員の中、一人だけ国防軍服の男が。
「新しい総督とは、貴方だったのか」
アベルの言葉を聞いたその男は、苦笑した。
「いや。総督なら、もうこの世にはいない。あえて言うならば、私は総督の代理だよ」
この世にはいない。という言葉に色々と疑問を感じたアベルだったが、そんなことを聞いている場合ではない、と聞き流す。
「代理ですか。なら、降伏をしてもらえませんか?これ以上の戦闘は無意味でしょう」
「悪いが、それは出来ない。今ここに残っている兵らは、全員、無駄でも最後まで抵抗する、と希望し、残った者達だ。私が命じても止まらんよ」
男は、困ったような悲しんでいるような顔をして言った。
「かくいう私も、抵抗ではないが、責任を取るために残っていただけさ。そして、君たちがここに来た、ということは、この総督府による命令や指揮は、もう何処にも届かないということだ。ならば、私の仕事は終わりだ」
男はそう言うと、突然、机の下から、恐らく太ももの上にでも乗せていたであろう銃を瞬時に持ち上げ、自身の頭部に銃口を突き付けた。
「ルドルフ総督、お許しください。私は、貴方の命令を守りきることが、出来ませんでした」
銃声と共に、男は、椅子から横向きに崩れるようにして倒れた。
そして、既に出来ていた血の跡を上書きするかのごとく、鮮血が床へと広がっていく。
アベルは部下らを引き連れ、無言で部屋を後にし、既にヤゲノスルカに入っていると伝えられていたV.Bの元へ、報告に向かうのだった。