ヤゲノスルカはヤゲノ解放軍によって制圧された。
そう、ヤゲノはオストレオン帝国による支配から解放されたのだ。
総督府が指揮する軍の多くは総督府領の殆どの地域から撤退した。帝国の民間人も殆どが退避したが、一部は、報復の憂き目にあった。
残った軍部隊の多くは、分断され、包囲され、殲滅された。一部は捕虜となり、ヤゲノスルカへと連行されることとなった。
そうして、ヤゲノの北部を除き、全土を掌握した解放軍は、"ヤゲノ王国臨時執政評議会"の樹立を宣言し、ヤゲノスルカの旧総督府庁舎を政庁と定めたのだった。
ヤゲノ王国の多くの人々は歓喜した。
故郷が戻ってきたこと、もう奴隷にされる恐怖を味あわずに済むこと、そして、オストレオン帝国が敗北するのも時間の問題だと思われたことが彼らの熱狂をこれでもかと増幅させたのだ。
街々にはヤゲノ解放軍のシンボルやヤゲノ王国国旗が掲げられ、解放軍への参加を志願する者が一気に増大した。
更に、帝国軍を領域から追い払った実績が生まれたことで、表向き中立の隣国、そして連合王国から多くの援助を勝ち取ることも出来た。
これによって解放軍の戦力は大幅に強化され、解放軍は帝国軍との前線を安定させることに成功する。
こうして、ヤゲノ解放軍は、故郷を取り戻したのだった。
アベルら実行部隊として今まで解放軍の任務を実施する役目を負ってきた部隊は、現在、ヤゲノスルカでの治安回復任務、つまり、残存帝国軍の捜索等を担っている。
アベル自身もその任務に追われており、ヤゲノスルカ奪還から3日程は、自身の担当地区から離れることが出来なかった。
その任務が一段落した頃、アベルはV.Bからの呼び出しを受けて、臨時執政評議会の庁舎へと来ていた。
「まずは、お疲れ」
V.Bがアベルを労う。
「ありがとうございます。それで本日はどういったご用件でしょうか」
「うん。今日来てもらったのはね、君に、ある作戦に参加してもらいたくて呼んだんだ」
「作戦、ですか?」
V.Bは自身の前に広げていた地図をアベルに見やすいように向きを変え、説明を始めた。
「軍に志願する者が増え、前線に回せる人員に余裕が生まれていることは君も知っての通りだと思う」
アベルが頷くのを見て、V.Bは説明を続ける。
「そして、だ。我々だけでなく、各地のオストレオンによって征服された土地の人々が蜂起しているのだ。ローズベルなんかは全土を解放し、そのまま進軍を続けているらしい」
「ますますオストレオンは追い詰められてるわけですね」
「そういうことだ。そして、ヤゲノの北部、ウェスティンレオーネの国境付近である、パルケンブルクもそれなりの規模となっているようなのだ。我々はパルケンブルク方面に向かって彼らと合流することを考えている。彼らと合流し、そのままウェスティンレオーネとも接続するのだ。そうすれば、我々はもっと多くの支援を受けられるだろうし、連合王国やウェスティンレオーネは我々を正式に同盟に加える可能性が高い」
「なるほど...しかし、防衛が疎かになる可能性があるのでは..攻勢にはかなりの人員を割かねばならないはずです」
アベルは壮大なV.Bの計画に感心しつつも、正直に懸念を伝えた。
「問題ない。帝国軍は今、ブーグリア、ウェスティンレオーネ、連合王国、そして各地反乱の対処で限界なはずだ。我々の攻勢を止める力もないだろうし、僅かに防衛が手薄になっても大丈夫だ」
V.Bは、そう自信を見せる。
「分かりました。いつ実行するのですか?」
アベルはV.Bがそこまで自信を持っているならば、と参加を承諾した。
「一週間後だ。それまでは、 "首都"での任務を継続してくれ」
「了解致しました」
そうして、アベルは庁舎を後にした。
そして、折角担当地域から離れているのだから、休憩がてら他の隊が担当する地域を視察しようと思い立ち、少し街を散策することにした。
街には、ヤゲノ人がおっかなびっくりとも言う調子ではあったが、チラホラと戻り始めていた。
ジャックらが率いるナジェルノスクの警護部隊も多くが、今はヤゲノスルカの治安維持任務に当たっており、時折、警察官に似せた服装の者達が街を巡回している。
しかし、まだまだ先日の首都奪還戦の戦闘の跡色濃く、瓦礫や銃痕だらけの壁などが目立つ。
アベルはそんな街の様子を見ながら、その地区を担当している部隊の司令部近くへとやって来た。
司令部に使われているビルが見える程の位置へとやって来ると、何やら騒がしい様子であった。
何を騒いでいるのかとアベルはその騒ぎのする方、少し要り組んだ路地へと向かう。
「さっさと撃っちまえ!」
「帝国軍め!」
近付くと、物騒なシュプレヒコールがアベルの耳に入ってきた。
「何をしている?」
怪訝な表情を浮かべながら、アベルと同じ、実行部隊に新しく与えられたピカピカの制服に身を包んだ男達が、一人のボロボロになったオストレオン帝国国防軍服を身に纏う男を跪かせ、銃口を向けていた。
「あ?あ!アベルさんじゃないですか。ショイグ隊長に用ですか?」
アベルの姿を認識すると、彼らは途端に礼儀正しくなり、にこやかに話しかけてきた。
「何をしているのか、と聞いている」
アベルは先程までとは打って変わった様子の彼らに、何か空恐ろしいものを感じながら、今度は少し強く、詰問した。
「何って、帝国軍人のくそ野郎を処刑しようとしているんですよ」
アベルは跪かされている軍人に歩みよる。
「彼は捕虜じゃないのか?勝手な真似をするな」
「捕虜じゃないですよ。さっきそこらに潜んでたところを捕えたんです」
「だが、軍人だ。捕虜として遇するべきだろう」
「はっ、帝国が俺達を人道的に扱ったことがありますか?なんでそんな奴らを大切にしてやらなきゃダメなんですか。帝国軍人は皆クズだ。罪人だ、虐殺者だ。死刑にするぐらいが丁度良いんですよ」
アベルは、捕えられている帝国兵の顔を見たことで受けた衝撃のせいで、ショイグの隊員が言った言葉を脳にしっかりと取り込むことは出来なかった。
「クラウス..?」
間違いなかった。
その軍人は、アベルがもう二度と会えないと思っていた親友であった。
「ア..ベル...」
クラウスもアベルに気が付いたようだった。
「何故、君が...」
いや、そんなこと今はどうでもいい。どうにかして彼らを宥めないと。
アベルはそう考え、怪訝そうな顔をアベルへと向けているショイグの隊員らに向き直る。
「彼は、虐殺者なんかじゃない。本当だ。頼む。どうか彼を見逃してくれないか」
アベルは、夢中になって頼み込んだ。
クラウスが帝国軍人になった理由は分からない。何をしたかも知らない。それでも、アベルは彼を信じていた。
「嫌ですよ。こっちはずっと任務でストレスが溜まってるんだ。帝国軍人は解消に丁度良い」
アベルは得体の知れないものを見る思いだった。
「騒がしいぞ」
そこに、彼らの隊長である、ショイグがやって来た。
「ショイグ隊長!」
アベルはこうなれば、と彼の同僚に望みを賭けた。
少し離れた場所にいる隊員らが、クラウスを撃ちはしないかと心配しながら、彼はショイグに、彼はかつての友人であることなど、大まかな事情を説明する。
事情を聞き終えたショイグは、特に何か言うでもなく、突然ホルスターから拳銃を取り出し、クラウスに向けて引き金を引いた。
アベルは一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
彼の無二の親友は、ゆっくりと、地面へと倒れていくように見えた。
ショイグの隊員達は、笑ってそれを眺めている。
そして、ショイグがアベルに蔑むような視線を向けて、言った。
「友人?君、何を言っているのか分かっているのかね?帝国人が友人だと?バカを言うな。昔は違ったから今も違うなどという根拠はないだろう?奴は帝国軍に入っているのだぞ?下らないことで私の隊の者を煩わせるな」
そう言い捨てたショイグは、部下を引き連れ、その場を去っていくのだった。