ショイグらが去った後、呆然と立ち尽くしていたアベルだったが、地面に横たわるクラウスの腕が僅かに動いたことに気が付き、慌てて駆け寄り、彼を抱き抱えた。
「クラウス!すまない!すまない!守れなかった...」、
クラウスはアベルの顔を、焦点も合わなくなりつつあるその目で見つめ、ゴボゴボと溺れるような音の咳を出し、どうにか声を出そうと、口を動かしていた。
「無理をするな!直ぐに俺の隊のところに連れていって治療する」
「無駄だよ」
小さく、しかしはっきりとクラウスは言った。
「もう、死ぬみたいだ」
「嫌だ。嫌だよ。君には、君たちにはまだ、恩を返してない!」
「恩ならこっちの方があるさ。あの時、君は自分が虐められてもお構い無しに、僕を助けてくれた」
咳。
「そして、今日も、助けようとしてくれた。結局、僕は君に恩を返せなかった。その為に、帝国軍にまで入ったのに」
「どういう..」
ことだと聞こうとしたが、クラウスが再び苦しそうに、口から血を垂らしながら咳をしたことで、その言葉は中断された。
しかし、質問するまでもなく、クラウスは説明をした。
「君が連れ去られた時、思ったんだ。君を助けたいって。恩人である、君を。だから」
そこまで言って、彼は先程までよりも一段大きな咳をした。
「もういい、喋るな。無理をしなくていい」
アベルは泣きそうな顔でクラウスを止める。
「いや、話させてくれ。君に言い訳をさせてくれ。僕が何故帝国軍にいるのか」
「そんなもの必要ない!俺はお前を信じている!」
クラウスは嬉しそうに笑う。しかし、それでも構わず、話続けもした。
「君を助けようと思うと、力が必要だと思った。時間はかかるけど、あの時の僕が何をしてもきっと上手くいかなかっただろうから。だから、軍に入って、出世して、せめて、君だけでもって...」
「なんでそこまで..君だって帝国は嫌いだったはずだろう」
「さっきも言ったじゃないか、恩返しだよ。僕があの時、どれだけ嬉しかったか」
クラウスは掠れるような小さな音で、呼吸をし、アベルの目をしっかり見据え、振り絞るように、言葉を紡いだ。
「君が元気で、無事で、良かった...」
クラウスの身体から力が抜けていくのが、アベルにもはっきりと感じられた。
「恩なら、俺の方が...クラウス、君と、君の家族が保護してくれなかったら、俺は生きてないんだ...恩なら俺が返すべきだったんだ。だから....目を、開けてくれ...クラウス..」
アベルは動かなくなった親友を抱き抱えながら、むせび泣いた。
エミリア=ギャズダは、臨時執政評議会庁舎へと向かうと言ってから戻ってこないアベルを探していた。
庁舎から周囲にいる人や、パトロールをしている部隊員達に尋ねるなどして、あちこちを回っていた。
そして、ショイグ隊長が率いる隊の者にも行き当たる。
アベルを何処で見たか尋ねたのだが、その時、その隊員が少し不快そうな顔をしたことを彼女は見逃さなかった。
しかし、今はアベルの部下達にアベルを探すよう頼まれていたので、捜索を優先し、その不快そうな顔に突っ込むことはしなかった。
やがて、彼女は、路地で呆然と、何かを抱えながら座り込む、アベルを見つけた。
「アベルさん」
彼女はそう呼び掛けたが、アベルはまるで聞こえていないようだった。
エミリアは、聞こえなかったのかな、と更に近付き、再び声をかけようとしたところで、アベルが抱えていたものに気が付く。
それは、人の死体だった。
辺りには血溜まりも出来ていた。
遠目からでは、アベルの背が影になり気が付かなかったのだ。
「アベルさん...」
アベルの呆然とした様子、国防軍の服を着た死体、そして先程の隊員の不快そうな表情。
エミリアは、何かとてつもなく嫌な感覚を覚えた。
「エミリア...」
漸く彼はエミリアの存在に気が付いた様で、呻くように彼は彼女の名を呟いた。
「アベルさん...何が..あったのですか..?」
聞かない方がいいのかもしれない。
彼女は、そう考えたが、しかし、放っては置けないという気もした。
暫く、アベルは黙りこくっていたが、やがて、ポツリポツリと、先程までにあった事を、虚空を見つめながら、話し始めた。
話を聞き終えたエミリアは、さっきの隊員の不快そうな顔の意味を悟り、軽い吐き気を覚えた。
彼は、あの隊員は、ストレス発散を邪魔されたことに憤っていたのだ。
そんな残酷なことをする者が、解放軍にもいたという事実に彼女は驚いた。
何せ、スパイをしていた彼女を受け入れてくれたのだ。そんな酷い人間はいないだろうと、そう考えるのも無理はなかった。
ただ、エミリアは、帝国人ではなかった。
アベルの親友は、帝国人だった。
それが二人の扱いを、運命を分けたのだと彼女は気付いた。
しかし、それでも納得は出来なかった。
今まで、そんな苛烈な一面を見たことが無かったからだ。
でも、と彼女は思い返し、あることに思い至る。
アベルの隊の仲間以外とは、余り話したことがなかった、と。