どうにか少し持ち直したアベルは、エミリアの言もあり、クラウスの遺体を近くにあった集団墓地の敷地内に埋葬した。
「すまない。クラウス。もっとちゃんと...」
弔いたかった、という言葉を、アベルは発する事が出来なかった。
まだ、受け入れきることが出来なかったのだ。
アベルは、暫く、彼を埋めた場所を静かに見つめ、最後に「ありがとう」と呟いた。
そして、クラウスから背を向ける様に振り向き、歩み始めるのだった。
まだ、別の隊が管轄している地区であるもののアベル達の担当する地区近くまで戻ってきたアベルは、ふと背後に気配を感じた。
振り向くと、そこには子供が一人で立っていた。
「君は..?」
アベルはまだぼんやりとした頭で記憶を探る。
「あの時の..」
彼は思い出した。
前に、任務でエミリアとヤゲノスルカに来た際に、幾らかのお金を渡した孤児らしき子供だった。
そうだ、彼も帝国人だ。
ここにいては危ない。
彼はそう思い、保護しようと、子供に手を伸ばす。
しかし、子供はそれを避けるように後退りした。
「大丈夫。何もしないよ」
アベルのその言葉に、彼は色めいた。
「嘘をつけ!人殺しめ!!」
子供は、背中からナイフを取り出し、アベルに向けて、構えた。
「お前のその服!母さんを、母さんを殺したやつの服だ!」
アベルは、衝撃を、いや言い知れようのない、絶望的な感情を覚えた。
まさか、軍人以外も。
「あの時!俺に金を渡した時!嘲笑ってたんだろ!屑野郎!人殺し!母さんを返せ!」
彼は孤児ではないのか。
いや、正確には孤児ではなかった。
アベルがそう決めつけていただけで、彼には母がいた。
しかし、彼は、アベルの同僚、仲間によって、孤児にされてしまったのだ。
「そんな...」
アベルはもう、言葉が出なかった。
ただ、目の前にいる、憎悪と怒り、悲しみに支配された子供を、見つめるだけだった。
だが、それでも、ここから彼を離さねば彼自身の身も危ない。
どうにかそこまで思考したアベルは、無理にでも自身の担当する地区へ連れていこうと決断した。
しかし、その彼のなけなしの思考を嘲笑うかのように、パアンという音がし、それと共に、目の前でナイフを構えていた子供は、側頭部から血を吹きながら、倒れてしまうのだった。
「は?」
側にいたエミリアが瞬時に子供に駆け寄ったが、どう考えても手遅れであった。
「危なかったですね」
ヘラヘラとした声がアベルの背後から聞こえる。
アベルが震えるようにして振り向いた先には、ジャック=コワルスキーとは別の隊長が率いている、警護隊の隊員が微笑みながら立っていた。
「子供だぞ..?」
震える声で、アベルは言った。
「ナイフを持って貴方を襲おうとしてたじゃないですか」
警護隊員は、なんでもないことのように言う。
「だからといって殺す必要はなかった」
「ここにいる子供なんて帝国人じゃあないですか。構うことはないでしょう」
アベルは限界だった。
「もういい。行ってくれ」
「は。礼の一つぐらい言ってくれてもいいんじゃないですか」
「黙れ。今すぐ、私の前から消えろ」
アベルは、静かに、だが、はっきりと、威圧するように、そう言った。
隊員は、ぶつくさと言いながらも、アベルのただならぬ雰囲気を感じ、小走りで去っていった。
アベルのいる組織が孤児にしてしまった、そして、命を奪ってしまった子供の遺体を、彼は抱き抱え、再び元来た道を戻っていく。
そして、クラウスを埋葬した墓地に、同じく埋葬する。
アベルは一言も発さなかった。
エミリアも、無言で、アベルに付き添っている。
暫くして、アベルはポツリと呟いた。
「ボスのところへ行こう」
彼は、V.Bに直談判するつもりだった。
V.Bから直接、虐殺行為を禁止する命令を出してもらえれば、止まるのではないかと考えたのだ。
そう思い立ったアベルは、庁舎へ向かって走り出した。
だが、それ以降の彼の記憶は曖昧なものとなる。
彼がV.Bに何を話したか、ろくに覚えていなかった。
彼自身が見たことを伝え、虐殺行為を禁止する命令を出して欲しいということを伝えたはずではあった。
しかし、それに対するV.Bの答えははっきりと記憶していた。
「下らないことで私を煩わせないでくれ」
アベルの話を聞き終えたV.Bはため息を付きながら言った。
「私としては、どちらでも良いことだ。しかし、彼らがストレス発散に利用しているというなら、それでいいじゃないか。今は、組織の士気を維持することが何よりも重要だ。帝国からヤゲノの独立を勝ち取らねばならないのだから。多くのメンバーが少数の虐殺行為を嫌悪しているならともかく、少なくともショイグの隊は隊としてストレス発散に使っているのだろう?なら止める必要はない。君の友人であったことは気の毒だが、君自身、解放軍の一員である以上、受け入れて貰わねばな。君個人の感情を優先するわけにはいかんのだよ。今は、組織の多数が望む方向でなくてはならんのだ」
話は終わりだと言わんばかりに、V.Bは机に置かれた書類に目を落とし、最後に言った。
「繰り返すようだが、私は忙しいんだ。下らんことで煩わせないでくれたまえ?」