Unser Kampf   作:ライト鯖

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やらない善より

 

 けんもほろろに追い返されたアベルは、殆ど何も考えることが出来ず、ただ茫然と歩き、エミリアが何か言っていたが、それにも生返事しか返さず、自身の部隊が担当する地区に置かれた部隊司令部に戻ってきていた。

 彼は自身の執務机に戻った時、机上に置かれた書類の束に当たってしまい、バラバラと書類を床に散らばしてしまった。

ぼんやりとそれを拾ったアベルだったが、ふと目に入ったその書類の内容に、ギョッとする。

 

『首都における、帝国人への暴行、殺害に関する報告書』

 

 そんな文章から始まるその書類には、ヤゲノ解放軍による帝国人への蛮行の記録が幾つも記されていたのだった。

「.....何だ..これは...」

 アベルは、反射的にその書類を投げ出してしまう。

そうして、彼は、そのまま床に、へたりこんだ。

 

「俺は..俺は...」

そう震える声で言ったきり、彼はすっかり黙り込んでしまった。

 やがて、彼は呻き声を上げながら、床にへたりこんだまま、震える手で、ホルスターにゆっくりと手を伸ばし、拳銃を取り出した。

そして、自身の頭へとその銃口を持っていく。

 

 「何をしてるんですか!」

その時、エミリアが部屋に飛び込んできた。

彼女は、アベルが手にしているものを見るや否や直ぐ様アベルからそれを奪い取る。

「止めないでくれ」

「何故です」

エミリアは、怒りと心配とが混じった表情で、彼を見た。

 

「俺は、取り返しのつかないことをしたんだ」

エミリアは黙って聞いている。

 「俺は、今まで、部下達に、言っていたんだ。敵に対してであっても、理性を忘れるなって。でも、この組織全体のことは見てみぬふりをしてきたんだ。兆候は、あった。帝国人を蔑むような発言も、態度もあった。本当は分かってた。彼らがどんな考えをしているのかも、帝国人をどれだけ憎んでいるのかも。いや、本当には分かっていなかったのかもしれない。俺は、俺には、クラウスがいたから。帝国人にも良い奴がいるって知ってたから、他の皆もそうだと思いたかったのかもしれない。そして、俺は、上司と部下という安定した関係の仲間達には、俺の、理想を、帝国人だろうと対等に接するべきって考えを、徹底させて、満足していたんだ。自己満足さ。組織の憎悪から目を逸らして、自己満足をしていたんだ」

 堰を切ったように、アベルは、話し、そうして、また暫く黙り込んだ。

丁度、エミリアが何か言いかけた時、再びアベルが口を開く。

 

 「あの孤児の子供、いや、俺達が孤児にしてしまった、そして、物言わぬ死体にしてしまったあの子供に、俺は、醜悪なんて言葉では言い表しようもないほど、残酷なことをした。金を与えて、自己満足なのは分かっている!?分かってなんていなかった。俺達が蜂起すれば、こうなることは、分かっていたはずなのに...俺は、俺は、何も分かっていなかったんだ。いや、何も、見てなんていなかったんだ。全ては、自己満足と、偽善だったんだ..」

 そうして彼は、力無く、項垂れる。

シンと静まり返った部屋に、突如、パチンという乾いた音が響いた。

 アベルは自身の頬に痛みが走ったことに気が付いた。

「貴方は、それで、死ぬっていうの!?」

今まで、黙ってアベルの独白を聞いていたエミリアは、上気させた顔で、アベルに詰めよった。

「偽善!?自己満足!?それでも良いじゃない!」

 そう言い放った彼女は、アベルが先程投げ捨てていた書類 を拾ってきて、彼の眼前に突きつけた。

「これは、私達を、貴方を頼ってここに逃げてきた帝国人の証言です。見聞きしたこと、実際にされたことを、纏めたものです」

そうして、書類を下げ、代わりに自身の顔を、アベルに近付けたエミリアは、言った。

 「彼らは、貴方の、私達の隊は、暴行を、蛮行を働かないと、噂を聞いて、必死の思いで逃げてきたんです」

エミリアは、アベルの頬を両手で挟み、親が子供に言い聞かせかのようにして、言葉を続ける。

「貴方の"偽善"で救われた人は、確かにいます。罪がないとは言いません。でも、それ以上に貴方には責任がある。彼らに、希望を与えたのは貴方です」

そして、彼女は立ち上がる。

 

 「私は、貴方の言葉で、今、ここにいます。貴方のおかげで、貴方のせいで、私はこうして、生きている」

「例え、偽善だったとしても、私は、その偽善に、貴方に、救われた。それは変わらない事実です」

 そう言って微笑した彼女は、最後に再び、アベルにしっかりと目を合わせ、言った。

「少し頭を冷やせ」

彼女は、アベルが握っていた拳銃と、ついでに部屋に置いてあった幾つかの鋭利なものを両手に抱え、扉の向こうへと消えていった。

アベルは、一人残された部屋で未だ、床にポツンと座り込んでいた。

それは、絶望からではなかった。

彼は、考えていたのだ。

彼女の言葉を、自身の責任を、そして、これからすべきことを。

 

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