「ありがとう。エミリア」
部屋から出てきたアベルはエミリアに会うなり、そう礼を言った。
「頭は冷えましたか?」
「ああ、おかげで、やるべきことが見えてきた」
アベルはそう言って、手の空いている部下達に集まるよう伝えてくれ、とエミリアに頼む。
暫くして、手すきの部下達が集まってくる。
アベルは、集まった部下達に言った。
「俺達の部隊だけでは、いずれ保護できる帝国人の数がオーバーしてしまうだろう。そうなれば、折角我々を頼ってくれた彼らにも被害が及んでしまう。それは避けなければならない」
彼は、そう前置きし、地図を皆の前に広げた。
「そして、ここから先の話は、機密。何処にも、誰にも話さないで貰いたい。実は俺は、一週間後に、北西部で行われる攻勢計画に参加するよう命じられている」
本来、部下に話して良いことではなかった。
「攻勢をかけるためには、各戦線からある程度戦力を回す必要が出てくる。つまり、東部は手薄になる可能性が高い」
部下達は、アベルが何を言いたいのか分からず、困惑していた。
だが、アベルの次に発した言葉によって、困惑は驚愕に変わる。
「この手薄になるだろう場所から、現在、そして決行日までに集めた帝国人を帝国側に退避させる」
「それは、帝国への内通と受け取られませんか..?」
部下の一人で、エミリアの入隊までは、秘書の様な役割をしていた、シモン=カドロフスキが懸念を伝える。
「うん。そうだろうね」
アベルは、あっさりと認め、更に彼らを驚愕と困惑の渦に叩き落とした。
「そこまでする必要があるのですか?」
別の部下、マルチン=ロコソフスキーが言った。
「私は、この組織から、解放軍から離脱するつもりだ」
これには、エミリアですらも驚愕した。
「どういうことですか!?」
混乱が頂点に達した彼らを鎮める様に、アベルは、静かに語りだした。
解放軍の蛮行によって親友が殺されたこと、アベル自身の行動で残酷な最後を迎えさせてしまった子供のこと、そして、自身が都合良く解放軍の憎悪を無視してきたことを。
そうして、彼は語った。
ヤゲノスルカに取り残された帝国人が自分に希望を抱いて来てくれた以上、置いていくわけにはいかないということ。
しかし、自分は解放軍に居続けることが出来ないということ。
だから、彼らを帝国側に逃がしたいということを。
「皆も帝国を恨んでいると思う。私の命令に従っているだけで、本当は帝国人を助けたくない者もいるだろう。だから、今回のことは強制しない」
十数秒程の沈黙の後、シモンが口を開く。
「帝国人を逃がすことはともかく、解放軍から抜ける必要はあるですか?」
「虐殺に与し続けたくはないからだ」
「変えようとは思わないのですか?少なくとも、私は、貴方に変えられました。時間はかかるかも知れませんが、きっと出来るはずです」
何人かの隊員がうんうんと頷く。
「それは...」
「やれるだけのことは、やるべきです。そうじゃないと、ただ、逃げるだけになりませんか?」
手厳しい。
アベルは、シモンの言葉に、率直にそう思った。
だが、その通りだった。
今、簡単に解放軍を見捨ててしまうのは、逃げ以外の何物でもなかった。
まだやれることはあるはずだ。
少なくとも、ギリギリまで組織を変える為の努力をするべきなのだろう。
責任、この言葉を、彼はまだ甘く見ていたのかもしれない。
「そうだな。うん。シモンの言う通りだ」
アベルは決断した。
「解放軍を変える為に、出来るだけのことをしよう。だが、帝国人は予定通り逃がす。ここに留め続けるのはやはり危険だ」
「では、今、任務に就いている者を呼び、交代でこの事を聞かせましょう」
シモンの提案に、アベルは頷く。
「そうだな。頼むよ。そして、皆、今回のことは、協力したくなければしなくて良い。ここで言い出しにくいのであれば、後で私に伝えてくれ」
このグループは、誰一人として、協力を拒む者はいなかった。
そうして、交代する形で集められた、任務で先程はいなかった者達にも、解放軍を抜けるという部分を、変える為に、努力するというような言葉に変えた以外、同じことを伝える。
このグループからは、協力しない者が二人現れた。
「アベルさんには恩がありますから、この話は絶対に漏らしたりはしません」
とも、その二人は言った。
「私は、帝国人が憎いです。でも、貴方には、助けてくれた恩がありますから、協力します」
そう言った隊員もいた。
アベルのしてきた事は、丸きり無意味だったということはなかったのだ。
それでも、彼は自身の罪を償うつもりであることには変わりはなかった。