その報せは、最初、噂の形で入ってきた。
曰く、新兵器。曰く、とてつもない大兵力。
とにもかくにも、ブーグリア王国の戦線が崩壊したというのだ。
開戦後、半年間もの間、大国であるオストレオンの攻撃に屈することなく戦い続けた王国は、ついに、落日を迎えることとなった。
噂が、帝国中に駆け回ってから一週間も経たぬ内に、ブーグリア王国はオストレオンに降伏した。
そのニュースはオストレオン帝国のメディアによって大々的に報じられ、世界の人々に知らされた。
そうして、この勝利はどうやら新兵器によるものらしいことが、ブーグリアからどうにか逃げ出した連合軍の部隊や民間人の証言から明らかになる。
詳細は明らかではないが、それは、どうやら、魔力を利用した強力な兵器で、戦車以上の機動性を有するというのだ。
更に、信じがたいことに、証言の殆どは、それが空を飛ぶことも伝えていた。
ウェスティンレオーネの戦線では、その新兵器に対する噂が流れ、一時混乱状態となった。
それによって、帝国軍は労せずして、戦線を押し上げることに成功してしまう。
その上、ブーグリア方面にいた軍部隊も、ウェスティンレオーネへの攻撃に参加し、一部は、ローズベルで蜂起した反乱軍の鎮圧にも向かった。
そうして、ローズベルの反乱はオストレオン帝国軍による、ラズベル人の大量殺戮と共に、鎮圧されるのだった。
ここでも、新兵器の目撃情報が相次いだ。
更に、反乱軍や連合軍にとって、悪い報せが続く。
ヘーゲルラントの反乱軍が壊滅したのだ。
帝国軍はどうやら、反乱鎮圧に、優先して新兵器を割り当てているらしかった。
順々に各地域の反乱に新兵器を投入して対処しているところからまだ数は多くないと思われるのが唯一の救いであったが、最早、統治機構をある程度備えた反乱組織は、パルケンブルクとヤゲノを残すのみとなってしまっていた。
ーヤゲノ王国臨時執政評議会庁舎ー
「攻勢計画は見直すべきでは?」
会議の席上、何人かの幹部はV.Bに攻勢計画の見直しを提案していた。
今、敵が新たな戦力を用意し、次々に反乱軍を屠っている以上、防衛が最適に思われるからだ。
だが、V.Bは攻勢の実施の一点張りであった。
「むしろ、今が唯一の好機なのだ。奴らは、ローズベルを例外に、他は組織の弱体な地域や規模の小さな場所から狙っている。つまり、傾向的に、パルケンブルクとヤゲノは後回しになるはずだ。それならば、噂の新兵器とやらが来る前に、攻勢を行ってパルケンブルクと戦線を繋ぎ、どうにかウェスティンレオーネとの連絡を接続するのだ。このまま防衛していてはジリ貧だ」
V.Bの言うことも尤もではあった。
しかし、既に各地の反乱軍に当てられていた兵力の一部がヤゲノの戦線に投入されており、防衛で手一杯になりつつもあった。
カミンスキーがそのことを伝えたが、やはりV.Bは諦めない。
「だからこそ、だ。僅かでも余裕のある内にやらねばならない」
ウェスティンレオーネは戦線を押し上げられて、パルケンブルクからも彼らは遠退いたのだから、成功可能性が更に低くなっているのにな。と、アベルは心中で苦々しく思っていた。
アベルは、会議に参加することは許されていたが発言は出来なかった。臨時執政評議会発足以降、首都の治安維持を行っている実行部隊の隊長達は、"軍部"という扱いになり、発言は許されていなかったが、アベルは殆ど例外的に"軍部代表"として許されていた。しかし、V.Bの不興を買ったことで、別の者に代表の立場が移され、発言が出来なくなっていたのだ。
俺が参加する作戦の会議にいながらにして何も言えないとはね。
アベルは、口の中で苦笑する。
アベルには、V.Bは何かを恐れているように見えた。
それが何かは、彼には分からなかったが。
V.Bは恐れていたのだ。
亡命政府のメンバーが帰ってくれば、自身の立場が失われることを。
彼は、元々軍人であり、こんな状況でもなければ、政治を担うことなどない人間だった。
そして、今まで彼は、殆ど独立した反乱軍を率いてきた。
つまり、彼は、自身の立場が脅かされるという経験をしたことがなかったのだ。
故に、正式な政府として、強力なウェスティンレオーネの軍と共に、亡命政府が帰還することは、恐怖そのものとなってしまっていたのだ。
初めて自身の立場を脅かされ、そうして、初めて、権力への執着を感じていたのだ。
だから彼は、大きな成果を上げ、自身の立場を強化しようとしていた。
そして、悪いことに、本人は、それを余り自覚していなかったのだ。
結局、攻勢計画は押し通された。
アベルは暗澹たる気持ちであったが、とにかく、計画通りに帝国人を向こうへ逃がす計画は成功させねば、と攻勢計画の日ギリギリまで、其方に注力し続けた。
その合間に、彼は、多くのメンバーと話し合いもした。
カミンスキーに、バンディに、他の幹部や隊長達に。
殆どが、蛮行を正当化するか、まともに取り合わないか、怒り出すかの三択であった。
何人かは、話を聞いてはくれたが、何れも、「組織全体の方向に逆らうのは難しいし、自分達が目の敵にされるかもしれない」と言うばかりで、協力は得られなかった。
そうして、日数が過ぎていき、ついに、攻勢計画が開始された。
当初は、帝国から鹵獲していた魔力戦車を先頭、アベルら魔導士歩兵部隊を中軸に据えた部隊が、夜中に奇襲攻撃を行ったことで、有利に展開が進んだ。
アベルが思っていたよりもはるかに、敵戦力は少なく、このまま、本当にパルケンブルクに合流出来るのではないかという希望さえ抱かせた。
しかし、そうはならなかった。
ヤゲノに向けていた戦力が少なかったのは、一部がパルケンブルクに向けられていたからだったのだ。
攻勢開始直前の連絡、昨日の朝の時点で、パルケンブルクの支配地域とされていた場所まで進んだアベル達であったが、そこには帝国軍の陣地があるのみだった。
否が応でも彼らに突き付けられる現実は、パルケンブルクが壊滅的状態となっている可能性を想起させた。
しかし、作戦全体の指揮者は、帝国軍を包囲するチャンスでもあると捉えたようで、尚も進撃を命じる。
確かに、上手くいけば、抵抗するパルケンブルクと共にそれを殲滅しようとする帝国軍を挟む形になる。
仮にここから撤退したとしても、パルケンブルクを見捨てれば、次はヤゲノだ。
勝ち目はない。
だから、その方針には誰も反対しなかった。
そうして、申し訳程度の帝国軍を蹴散らしつつ、彼らはパルケンブルクの拠点都市付近までたどり着いた。
そう、拠点都市付近までたどり着いてしまったのである。
事態は最悪だった。
彼らを待っていたのは、パルケンブルクと戦闘を続ける帝国軍部隊などではなかった。
そこには、ヤゲノ解放軍の側にしっかりと照準を向けた、オストレオン帝国軍の大部隊と、トラックキャビンの左右に銀色の砲が、下にはキャタピラが、前後には噴射口が付いた、一目で、噂のそれと分かる、新兵器、"グラディエーター"達が待ち構えていたのだった。
更に悪いことに、帝国軍は、パルケンブルクの反乱軍が使っていたと思わしき塹壕を利用し、既に簡易的な陣地を築きあげていた。
最早、グラディエーターの有無に関わらず、どちらが優勢かなど、素人目にも明らかであった。
しかし、解放軍は撤退するわけにはいかない。
追撃されることは分かりきっているし、仮に逃げたところで、未来はないのだ。
アベルは、背筋に冷たいものを感じていた。
スパイが複数いることは、分かっていた。
だが、そのスパイらは、エミリアや借金の片に潜入して来た男の証言から、総督府が主導していたことも分かっていた。
総督府を陥落させた今、奴らにまともな連絡手段はないだろうと高を括ってしまっていたのだ。
奴らは、どうやったのかは分からないが、本国に連絡したのだろう。
そうでなければ、このタイミングの良さはあり得ない。
首都の治安維持、そして解放軍による帝国人への蛮行。
これらによってアベルは、すっかりスパイのことなど頭から抜けていた。
余りにも、色々なことが一度に襲ったのだ、仕方のないことではある。
しかし、解放軍の幹部達も全員、スパイの危険性を軽視してしまっていたのだ。
それが、今、この状況を作り出していた。
アベルは、悔やみきれない思いであったが、最早そんな余裕もなくなってしまう。
敵が、オストレオン帝国軍が発砲を始めたのだ。
解放軍は塹壕などない。
その上、元ヤゲノ王国軍に所属していた一部の者を除けば、会戦など経験がなかった。
アベルもそうだ。
解放軍の蜂起後も、今まで、奇襲に次ぐ奇襲で殆ど会戦はしたことがなかったのだ。
市街戦の経験はあったが、それも大規模なものではない。
広い平地での戦闘となれば、全く経験がなく、軍と軍がぶつかり合う本格的な会戦は初めてであった。
銃弾の雨。
周辺の歩兵が次々とやられていく。
魔導士兵達が、銃弾の雨を打ち消す様に魔力を射出し、対抗する。
しかし、銃弾の数と、彼らの魔力残量、どちらが上かなど、比べるべくもなかった。
ジリ貧。
そう感じ取ったアベルは、咄嗟に近くの木に身を隠し、そこから魔力でもって跳躍した。
そうして、落下しながら、塹壕の方に向かって、照準を付け、魔力を放つ。
爆音と共に、解放軍主力の正面にあった塹壕は煙に包まれる。
煙の端から飛び出るようにして逃げ惑う帝国軍兵の姿が見えた。
もう一発。
そう思い、再び構えたアベルの頭上を、光線が掠め飛ぶ。
アベルが前方を見ると、グラディエーターが、彼の方に照準を合わせているのが見えた。
落下していく人を狙うのは難しかったらしく、上手く外れてくれたのだ。
更にどうやら、グラディエーターの操縦士は出来たばかりの新兵器故、連度が未熟であるのか、再び地面に魔力を照射して上昇したアベルを照準は、追いかけることが出来ていなかった。
アベルの側からすれば、簡単だ。
図体のデカイ的に向かって最大火力で、放つだけ。
そして、彼の魔力放出の技術は解放軍一であった。外れるはずもない。
アベルから一直線に放たれた光線は、グラディエーターに直撃する。
アベルの膨大な魔力による、彼の出せる最大火力の攻撃を受けた機体は、装甲を破られ、噴射口が破壊されたようで、みるみる内にバランスを失い、地面へと落下していく。
それを見た他の機体全てが、アベルに照準を合わせてくる。
どうやら、最優先で排除することを決めたようだった。
アベルはさすがに不味いと、地上へと急いで退避する。
とはいっても、地上も最悪であった。
劣勢、いや、敗走というべきだろう。
初の会戦に戸惑い、恐怖してしまい、そのまま敵にやられる者。
塹壕から浴びせられる銃弾の雨に倒れる者。
見ると、折角の魔力戦車も、既にアベルが一機のグラディエーターと戦闘をしている内に、他の機体にやられていたようだった。
衝突してから一時間と経たずに、誰の目から見ても、勝敗が明らかな情勢となってしまっていた。
今まで、小規模な戦闘ばかりであった解放軍は、初の大規
模戦闘で、その能力の限界を示してしまったのだ。
「くそ!」
アベルは残っている魔力を全て使うかのような勢いで、塹壕に向けて魔力を発射する。
殿として戦うつもりだった。
とはいっても秩序ある撤退は望めそうになかった。
既に多くの解放軍兵がちりぢりに、逃げ惑っているほどだ。
その上、後から後から、パルケンブルクの拠点都市があった方向から、帝国軍の援軍が押し寄せてくるのだ。
更に、グラディエーターもある。
アベルは、彼らの相手もせねばならなかった。
いくら連度の未熟な操縦士達でも、何機も集まれば、とてつもない脅威である。
それでも彼は、自身の的の小ささを活かし、逃げながら、時折、高威力の魔力を発射する方法で戦い、更に二機を撃墜した。
だが、ついにそれにも限界が来る。
帝国軍の航空機が編隊を成して此方へやってきたのだ。
さすがに戦闘機相手には戦えない。
アベルは地上に降り、どうにかある程度の秩序を維持しながら撤退していく、司令官が直接指揮している部隊の後衛を勤める形で、撤退に合流する。
ヤゲノ解放軍は、完全に、敗北したのだった。