V.Bは後悔していた。
会戦に敗北したという報告を聞き、アベルや指揮官らに激怒してしまったことを。
分かっていた。自分の判断が招いた事であると。
残っているであろうスパイのことを過小評価していたのは自身も同じであったことも。
分かっていたのだ。
しかし、彼はアベルに、そして、逃げ帰ってきた指揮官らに、怒りをぶつけた。
どうしようもない、やり場のない憤りを、絶望を、力関係を利用して、部下達に、怒りという形でぶつけたのだ。
なんと言ったのか彼自身、覚えてなどいなかった。当然だ。正当な怒りなどではなく、ただヒステリックにわめき散らしただけなのだから。
何故、こうなってしまったのか。
V.Bは今になって後悔が襲ってきていたのだ。
全く理不尽な怒りを部下にぶつけたことを、ではない。
それは一部に過ぎない。
何故、攻勢を断行した?何故、功績を立てようと必死になっていた?
防衛するばかりではジリ貧だった。
だから攻勢の必要があったことは事実。
彼は、それだけはまだ、自信を持っていた。
しかし、新兵器の登場、ブーグリアの降伏という状況の変化に合わせて、作戦の変更を少しも考えなかった。
作戦の実施を優先してしまった。
戦後の自分の立場?
バカな。ヤゲノの解放が一番の目標だったではないか。
何もしていない亡命政府に手柄を横取りされる?
自惚れるな。
彼らの交渉や存在があってこその諸国からの支援だろう。
何故、こんな簡単なことが分からなかったのだ。いや、忘れていたのだ。何故...
V.Bは、最早、自身に戦後など存在しないであろう段階に至って、漸く目が覚めたのだ。
手遅れだったが、ヤゲノスルカを奪還して以降、ここに至って、全てを失って、漸く、権力の魔法から自由になれたのだった。
ヤゲノ解放軍の解放地域には、早くも噂が広まっていた。解放軍敗北の噂が。
V.Bは箝口令を敷いていたのだが、やはり、人の口に戸は立てられぬもので、次々と、不安が、伝播していっていた。
彼らは、その不安を、やはり、と言うべきか、V.B率いる臨時執政評議会へと向けた。
敗北が必至ならば、帝国はいずれ、ヤゲノへ戻ってくるだろう。
そうなった時、臨時執政評議会に積極的に協力した者は、どうなるか、考えるのも恐ろしい。
その恐怖は、やり場のない怒りとなったのだ。
何故、無謀な攻勢を行ったのか。何故、作戦が読まれていたとしか思えない敗北をしたのか。V.Bは市民からも、蜂起後に合流した他組織の面々からも責められた。
そして、解放軍の幹部は、殆ど彼を庇いはしなかった。
下手に彼を庇えば、自身も攻撃に晒されることとなるばかりでなく、V.B個人に責任の所在が求められている状況を崩すことになりかねず、そうなれば、解放軍全体に市民の不満が及ぶだろうからだ。
アベルは、そんな中で、組織の帝国人の扱いに反対を訴えていたため、ついには、V.Bだけでなく、幹部からも、そして同僚の隊長達からも疎まれるようになってしまった。
当然だ。今、解放軍組織のやり方に抗議などすれば、解放軍のやり方に問題があったのだと、どんな些細なことでも、認めることになれば、それを皮切りに、市民の抗議が解放軍に向きかねないのだから。
アベルもそれは、分かっていた。
しかし、もう、見て見ぬふりをすることが出来なかったのだ。
理想論だろうと、彼は自身の罪の責任を取るために、貫き通すと決めたのだ。
とはいっても、もう解放軍という組織そのものに余裕がなくなりつつある今、帝国人の扱いは、酷くなることはあっても、改善されることはないだろう。
更に悪いことに、攻勢の失敗によって、大きな被害を受けたため、各地の防衛に回せる部隊が少なくなっていた。
ヤゲノ解放軍に打撃を与えた帝国軍は、戦線に再配置され、既に解放軍と交戦している部隊の応援として入る。
これによって、形勢は僅かの間に完全に逆転してしまったのだ。
ヤゲノ解放軍は、どんどんと押し戻されていき、攻勢計画から一週間と経たずに、多くの解放地域を失ってしまっていた。
最早誰の目にも、蜂起の失敗は明らかであった。
アベルは、再び部下達を集めて、会議を開いていた。今後の方針を決める会議だ。
「俺は、やれるだけのことはやったつもりだ。幹部にも訴えた。同僚にも。ボスにも、だ。しかし、賛同は集まらなかった。それどころか、状況は悪化するばかりだ。前回の攻勢計画の影で帝国人を逃がす試みは見事に成功した。予想外に帝国軍の数が少なかっただけでなく、解放軍の数も少なかったからだ。だが、これは、解放軍の余裕の無さが現れている。全く、何のアクシデントもなく、誰に見られるでもなく、数千人の移送に成功したのだ。余程多くを攻勢に回したのだろう。そして、攻勢計画で、多くの部隊が壊滅した。つまり、今、防衛線の大部分は、君たちが帝国人を移送した時とそう変わらないわけだ」
アベルの分析は当たっていた。
攻勢計画前に、新たに解放軍に志願した者は、当然訓練も何も受けていない素人であり、会戦の経験も無かった解放軍メンバーよりも使い物にならない。そればかりか、かなりの数が志願を取り下げたり、逃亡したりしている。
もう、見限られつつあるのだ。
ブーグリアの降伏後、ウェスティンレオーネの戦線も、オストレオン帝国軍が優勢となっていたため、参戦を検討していた周辺国も、再び中立へと戻ってしまっていた。
ヤゲノ解放軍にとって、良い情報は一つとして無かった。
「私は、やはり、解放軍から去ろうと思う」
アベルは言った。
「やれるだけのことはやった。これ以上は、良くて解放軍から追い出されるか、精々前線に飛ばされ、使い潰されるかだろう。昨日なんて、カミンスキーに言われたよ、"君の魔力は前線でこそ輝く"ってね。だが、私は、今のこの解放軍の為に、捨て身になりたくはない。V.Bや幹部達には恩がある。しかし、だからといって犬死にに付き合うつもりもない。劣勢となってから離脱するなんて、逃げでしかないのかもしれない。しかし、私には、やり遂げたいことがある。ここで死ぬわけにはいかない」
一呼吸置いて、アベルは、集まっているメンバーの方をしっかりと見据えた。
「もし、私と共に来てくれる者がいるなら、明日の夜中、12時までに、ヤゲノスルカの西端にある公園に来てくれ」
彼はそう言って、静かに部屋を後にするのだった。
その日の夕方、ヤゲノスルカを中心に、オストレオン帝国軍の爆撃機が襲来してきた。
街には爆弾が次々と落とされていき、街の周辺に作っていた防御の為の陣地や塹壕等は酷い被害を受けた。
民間人は、余りまだヤゲノスルカにいなかったことが幸いし、ヤゲノスルカでの犠牲者は少なかった。
しかし、近くの街では大きな被害が出て、民間人も多く死傷した。
帝国軍は、迫って来ている。
その事実を、ヤゲノの人々は、まざまざと見せ付けられる格好となったのだった。
翌日。
帝国軍が北西部の防衛ラインを突破したとの情報が入る。
その近くにある街の幾つかでは、解放軍が市民の集団に、殺害、捕縛されるということも起きた。
こうなれば、帝国軍に阿ろう、とする人々によるものであった。
たった数日で、ヤゲノ中から楽観論が消え去り、悲観論が全てを覆ってしまったのだ。
そして、その夜。
アベルは静かな、整備された、小さな公園で一人、ベンチに座っていた。
あの夢みたいだ。
彼は、そんなことをぼんやりと考えながら、待っていた。
恐らく来ないだろう仲間達を。
時刻は11:53分。
エミリアも来てくれていないことは、さすがに少しショックを受けたアベルだったが、もう、受け入れつつあった。
「思ったより人望ないんだなあ」
ポツリと彼が呟くと、後ろの暗闇から、小さく笑い声が聞こえてきた。
「貴方に人望が無かったら、私達は貴方に協力なんてしてませんよ」
振り向いたアベルの視線の先には、シモンと、数人の部下達が立っていた。
「来てくれないかと思ったよ」
アベルは弾けるような嬉しさを感じたが、照れ隠しか、少し顔を伏せて、嫌味っぽくそう言った。
「遅くなったのには理由がありましてね」
シモンがそう言って後ろを向く。
アベルがシモンの視線の先を見ると、そこには、エミリアと幾人かの部下達に率いられたジャック=コワルスキーとその隊員達が此方に向かってくる様子が目に入った。
「ジャック..!?」
アベルは思わず立ち上がる。
「おう。アベル。久しぶりだな。エミリアから話は聞いてるよ」
ジャックは、何でもないことのように、言う。
「聞いたって、それで、何で...」
アベルは信じられない思いだった。
「あー。悪いけど、俺がお前に付いていくわけじゃないぞ」
ジャックは両手を振りながらそう断る。
「じゃあ、なんで..?俺を捕まえにきたのか?」
その言葉には、ジャックは笑って応える。
「まさか。友達を捕まえるわけないだろう。俺は、ただ、エミリアから話を聞いて、何人かお前に付いていくってやつがいたから、頼みに来たんだ」
彼はそういって、後ろにいる彼の隊員達の方を見る。
その視線に反応するように、何人かの隊員達が、歩み出てきた。
「俺達、アベルさんの話をエミリアから聞いて、共感したんです。正直、解放軍の帝国人に対する扱いに嫌気が差していて...」
代表して、その内の一人が、そう打ち明けた。
「だ、そうだ。俺は、正直、分からん。帝国人は俺達を苦しめた連中だ。でも、だからといって殺していいのかと言われると、何か違う。でもな、それよりも俺は、部下を見捨てたくないんだ。最初は付いていこうかと思ったんだが、ここに残るって奴らの方が多かったから、俺は残ることにしたんだ」
ジャックは、小さな声で、後ろにいる部下達には聞こえないようにアベルにそう伝えた。
「そうか。そうだよな。ありがとうジャック」
礼を言われたジャックは、破顔する。
「礼を言われるようなことはしてねぇよ」
あ、と彼は思い出したように続けた。
「もし、お前んとこの部下で、ここに残るやつがいるなら、俺が面倒を見るよ」
「...!」
そうだ。全員がここに来ているわけではない。
誰にも漏らすことが出来ないと思っていた彼は、そのことを、どうしたものかとギリギリまで思案していたのだが、良い案は出ないままだった。
簡単なことだった。ジャックなら他所に漏らすはずもなかったのに、どうして最初に思い付かなかったんだろう。
ジャックは自分を友達だと言ってくれたのに、自分は彼を信じきれていなかったのではないか。
そんな考えがアベルの脳裏を過り、ばつの悪い思いを感じていた。
「すまないジャック。君のことを始めに頼るべきだった」
「何を言ってんだよ。話せないのも当然じゃねえか。気にすんな」
ジャックの真っ直ぐな言葉に、アベルは笑みをこぼす。
「そうだな。言葉を間違えた。ありがとう。恩に着る」
「いいってことよ」
アベルはジャックと、固い握手を交わす。
恐らく、今生の別れとなるだろうことは、お互い、口には出さなかった。
「じゃあ、またな」
「ああ、また、いつか」
時計は丁度、12:00を指していた。
アベルは、集まってくれたメンバーの方へと歩みだし、ジャックはそれに、背を向けるようにして、彼の部下達と共に公園を後にするのだった。
公園から去り、部下達を先に自身の担当地域へと戻した後、ジャックは、アベルが司令部としていた建物に、向かっていた。
残ったアベルの部下、元部下達と合流するためだ。
その途中、旧市街、つまり、ヤゲノの建築物が多く残る地区で彼は人影を認めた。
慎重に近付いたジャックだったが、人影の正体を知ると、飛び上がるようにして人影にかけよった。
「ボス!こんなところで一人で何をされてるんですか!」
廃れ、古びているその場所に、ヤゲノ解放軍のボスであり、ヤゲノ王国臨時執政評議会議長でもあるV.Bが、一人静かに立っていたのだ。V.Bはチラリとジャックに視線を向け、言った。
「ああ、君は、ジャックくん。だったかな」
ジャックは驚いた。ボスが名前を覚えていたことに、ではない。
目の前に立つ、ボスと仰ぐその男は、かつて見た時とは全く違った、その時からは想像も出来ない程、静かな、目をしていたからだ。
「何故、こんなところに..庁舎からはかなり離れていますよ..」
「ああ、私達のヤゲノが誇る、懐かしい、首都を見たくなってね。庁舎の周りは、帝国の建てたものばかりだから」
ここに来た。そう、静かに言いながらも、V.Bの視線は、尚も、ヤゲノの建築物達へと注がれていた。
「お一人では危険です」
ジャックは困惑しながらも、そう言って周りを見回した。もしかしたら護衛がいるかもしれないと思ったからだ。
しかし、護衛はいなかった。
「そういえば」
そんなジャックの様子をV.Bは気にも止めていないようだった。
「君は、アベルと親しいんだったね」
「..!...はい。そうですが。それがどうかされましたか?」
ジャックは一瞬びくりとする。
「なら、今、アベルが何処にいるか知らないか?」
「い、いえ、その、存じ上げません」
ジャックは正直な男であった。
彼の泳ぐ目を見たV.Bは小さく笑い、呟いた。
「そうか、残念だ」
そうして、彼は視線を空へと向ける。
星々が美しく、真っ黒な空に瞬いている。
それ以外は、何もない。
「新月か」
V.Bは静かに、何かを懐かしむ様に、そう小さく、呟いた。
ー第一部 完ー
第一部最終話です。次回から二回、番外編を投稿します。
再来週から続きを投稿していきます。
次回からもよろしくお願いいたします。
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