Unser Kampf   作:ライト鯖

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番外編です。
いじめ描写があります。
苦手な方はご注意ください。


番外編
光を見た日に


 僕は、光の中にいた。

そこで、僕は思い出していた。

昔見た、光のことを。

 

 水。びしょ濡れの服。

「キレイになったか?帝国野郎」

嗤い声。

 

 ゴムの匂い。痛み。土。血の味。

「帝国野郎を駆除しろ!」

 

 羽音。黒い。口。最悪の味。

「お前なんかにはこれが丁度良い食事だろ」

 

 あれは、10年前、僕が7歳の頃だった。

その日も、僕は、いつもの連中に、虐められていた。

そこは、人通りの少ない川に架かった橋の上だった。

殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ、僕はもうボロボロだった。

身体も、心も。

 帝国系というだけで、人に避けられることが多かった。

 でも、こいつらは、避けるだけじゃなく、僕の全てを、踏みにじろうとしてきたのだ。

「おい、帝国野郎。お前さ、ちょっと汚れてるよな。キレイにしてこいよ」

僕を虐める集団のボス格の男子が、そうニタニタと笑いながら言った。

周りの奴らは、それで察したようで、僕の身体を持ち上げた。

 

 「そこの川で洗え」

ボス格の言葉と共に、僕の身体は欄干の方へと持っていかれる。

深く、大きく、黒っぽい川。

こんなところに投げ出されれば、無事ではすまなかっただろう。

奴らは、何やら笑いながら口々に叫んでいた。

でも、僕は抵抗しなかった。

もう、どうでも良かった。

でも、その時、声がしたんだ。

 

「止めろ」

僕からは姿は見えなかった。

でも、確かにそう聞こえたんだ。

「帝国人を庇うのか!?」

ボス格の奴がそう言うと、周りの奴らも「裏切り者!」ってシュプレヒコールを上げた。

そして、僕は投げるように橋に落とされた。

どうやらその誰かを全員でリンチすることに決めたみたいだった。

 僕は背中を強く打ち付けたことと、それよりも前から暴行を受けていたことで、意識が朦朧とした。

あいつらは、何か言いながら、何かを蹴り付けたり、殴り付けたりしているようだったが、ぼんやりしていてよく覚えていない。

 そうして、どのくらい時間が立ったのだろう。

ぼんやりと、殆ど意識を失っていた僕だったが、誰かの声がするのに気が付いたんだ。

目を開けると、見覚えのない男の子の顔が見えた。

誰だろう。

そう思っていると、視界のぼやけも徐々に戻ってきた。

そして、僕は驚いた。

男の子の顔を知っていたからではない。

その顔には、幾つもの青アザが出来ていて、目を腫らし、歯が折れたのだろう、口から血を流していたからだ。

そして、彼は、僕が反応を示したことに気が付くと、ホッとしたように笑った。

 

 「良かった。目を覚ました~。大丈夫か?」

本当に、驚いた。彼も、ボロボロだったのに、僕の心配をして、僕が目を覚ましたことに、心の底から安堵しているようだったから。

輝いて見えた。

光に包まれているように見えたんだ。

 「大丈夫。ありがとう」

僕は咄嗟にそう答えていた。

なんだか頭がふわふわとしていた。

そうして、僕は立ち上がろうとしたけど、案の定ダメだった。

彼は、僕をおぶってくれた。

家まで送ると、そう言って。彼もボロボロだったのに。

そうして、家まで送ってくれたのだが、そこで僕達は、お互い名乗っていなかったことを思い出したんだ。

彼は笑って、名乗った。

僕も、包帯に包まれた顔で名乗り返した。 それが、アベル=オイゲン、僕の人生の恩人であり、一番の親友と、僕、クラウス=バーナーとの出会いだった。

 

 

 アベルはその日以降、学校の休憩時間には、必ず僕の元へ来てくれた。

虐めっ子達は、暫くの間はおとなしかった。

どうやら、アベルは相当抵抗したようで、彼らにも傷が付いてたりした。

それで、暫くは様子見をしていたのだろう。

 でも、それは長続きしなかった。

奴らは、仲間を増やして、僕達を囲んだのだ。

そうして、二人とも動けなくなるまで、暴行を受けた。

その時は、さすがに教師も注意していたが、全く効果はなかった。

 それ以降は、服で隠れる位置を重点的に狙われ、水をかけられるなど、暴行以外の虐めが増えた。

アベルは、何度も教師に訴えていたが、聞き入れられることはなかった。

何せ、虐めっ子のボスは、地元の有力者を親に持っていたからだ。

 教師は、さすがに死人が出かねない程の暴行はとめたが、それも、ケンカが行き過ぎたという形で処理していた。それ以外では、当然まともに対応しなかった。

僕が帝国系だったのも影響していただろう。

帝国系とそれを庇う子供、なんてそれだけでよく思われなかったのだから。

 

だけど、僕は辛くはなかった。

アベルがいてくれたから。

それ以前とは比べようも無いほどに、楽しいと感じる瞬間が多くなっていた。

僕にはアベルがいた。

でも、アベルには僕しかいなくなっていた。

その事は、申し訳無く思っていた。

でも、ある時、彼は言った。

 

「お前が悪いわけじゃないだろう。それに、俺が好きでやってることなんだ。俺は、君と友達になれて良かったと思っているよ」

嬉しかった。

僕は、アベルに恩を返せる気がしなかった。

余りにも大きく、光輝いていた。

いつからか、僕は彼の為なら命も惜しくないと思っていた。

その下地は、この時既に、出来上がっていたのだろう。

そうして、一年が経った頃、ボス格の奴が死んだ。

交通事故と聞いた。

正直、嬉しかった。言い表しようもない、不快な快感が沸き上がった。

でも、それで終わりはしなかった。

直接的な暴力は無くなったが、それ以降も、無視は続いた。

ヤゲノ王国に蔓延っている、帝国系への差別が無くなったわけではなかったからだ。

 

 そうして、そこから4年が経った。

いつも通り、アベルと僕は僕の家で遊んでいた。

突然、外からけたたましいサイレンが鳴り響き、ラジオから、緊迫したアナウンサーの声が聞こえて来た。

オストレオン帝国が、ヤゲノ王国へ侵攻を開始した、というものだった。

 両親は青ざめ、父さんは、彼の家に送ると言ってアベルと共に、出ていった。

僕は、何が何だかわからない内に、母さんから言われた通り、荷物を纏めていた。

爆音があちこちから響き、悲鳴がサイレンと共に、こだまし続けていた。

 

 一時間ほど経ち、父さんが戻ってきた。

泣きじゃくる、アベルを連れて。 

後で彼の家族は、空襲によって亡くなったのだと聞かされた。

僕は、自身が帝国人の血を引いていることに、恥ずかしさを感じた。

こんなことは始めてだった。

恩人の家族を殺した奴らと同じなのだと思うと、どうしようもない、不快感を、居たたまれなさ感じてしまったのだ。

ここでも、また、アベルに救われた。

ずっと暗い顔をしていた僕に、アベルは言った。

「君は、僕の友人だよ」

僕が何を気にしているのか分かっていたのだろうか。

家族を失っていた彼に元気付けられた僕は、その直前まで抱いていたものとは別の、恥ずかしさを感じていた。

そして、決めていた。

絶対に、彼に恩を返すと。

アベルは、僕の家で匿うことになったが、結局、食事の用意だったりは、両親がしてくれたので、僕自身は何も返せていないと思っていた。

そうして、暫く経ち、ヤゲノ王国は降伏した。

 

 そこから半年程は、上手く行っていた。

だけれど、何処から漏れたのか、ついに、バレてしまった。

親衛隊が家にやってきて、アベルを連れ去ろうとした。

両親と僕は必死に懇願した。

見逃して欲しいと。

両親は、奴らに金を渡した。

奴らは気持ちの悪い、心底不快な笑みを浮かべ、恥も心も知らぬ様子で言った。

 「お前達が劣等を匿っていた罪は見逃してやろう」

そうして、アベルは、扉の向こうへと連れ去られていった。

僕は、扉が閉まる前に、叫んだ。

「必ず、助けてみせるから!絶対に、生きててくれ!」

 

 そこから、三年と少しが経ち、15歳となった僕は、帝国軍に志願し、入隊していた。

何も、恩を忘れたわけではない。

よく聞く噂があったのだ。

軍のお偉いさんは、気に入った奴隷を好き勝手している、と。

 そして、それはただの噂でないことも分かった。

時折、ニュースになるのだ。帝国軍人の不正が。

そうした時、贈収賄や、機密漏洩などに続き、公有財の私物化や、違法情交といった罪状が挙げられていたのだ。

恐らく、奴隷を違法に私物化したことを指しているのだろう。

奴隷の存在は公にはされていなかったが、皆、うっすらと認識していることだった。

ニュースにもなんにでも、それに関連した情報はかなりあったからだ。

だから、奴隷の私物化のことを指している、と直ぐに気付いた。

自身が捕まることなどどうでも良かった。

彼に、恩を返したい一心だったのだ。

仮に奴隷の私物化が捕まりやすい不正なのだとしても、問題はなかった。

アベルを逃がすことさえ出きれば、それで良かったから。

だから、軍に入ってそれなりに昇進することを、僕は目指したのだ。

 

 だが、軍に入って僕は知ってしまった。

燃料奴隷の存在を。

労働奴隷の存在は、公然の秘密であったが、燃料奴隷は、本物の秘密であった。軍機。口外は許されない。帝国の本当の暗部。

最悪の予想が過った。

アベルは、もう、この世にいないのではないか、と。 

だけど、僕はその考えを振り払った。

生きていると考えるしかなかった。

当然だ。そうでなければ、自分のすることは全くの無意味となってしまうのだから。

しかし、ずっと、その可能性を頭から払い続けることは難しかった。

そして、僕は、燃料奴隷のことを、工場の有り様を知った。

僕は、別の目標で、その不吉な考えを振り払うことにした。

軍で出世し、影響力を持ち、仲間を集めて、国を変える。

帝国を内部から変えて、奴隷達全てを解放するのだと、そう、目標を立てた。

時々、酷い醜さを感じた。

心の底から抱いた目標ではなかったから。

本気で実現出来ると心から思っていたわけでもない。

ただ、アベルがもうこの世にいないかもしれないという不安を打ち消すためでしかなかったから。

それでも、憤りを覚えたのは事実だ。

だから、そこそこの地位に着いたら、金と地位の力でアベルだけを救い出す計画をプランBとし、帝国をひっくり返すことをプランAに据えた。

罪悪感を誤魔化すための、ささやかな抵抗だった。

そうして、僕は、軍で着々と任務をこなしていった。

最悪なことだったが、僕はノルテンブルク進駐軍にも加わった。

ローズベル協同国との戦争にも。

危険を伴う任務に積極的に志願し、幾らかの活躍をした僕は、入隊から僅か二年程度で、二等兵から曹長にまで昇進していた。

 ただ、純粋な帝国人でない僕の、早い昇進を気に入らなかった者がいたようで、国防軍系の総督が死去し、親衛隊の者が総督となっていた不人気な土地、つまり、ヤゲノ総督府に僕は、転属となった。

 帝暦1930年7月29日のことだった。

ヤゲノ到着後、直ぐにオストレオンは、列強を巻き込んだ戦争を始めた。

僕は喜んだ。

これで帝国は滅ぶと思ったからだ。

そうすれば、きっとアベルも他の人々も解放されると考えた。

 直ぐに、ヤゲノにも戦火は及んだ。

ヤゲノ解放軍が蜂起したのだ。

そうして、僕は、首府の防衛任務に就くこととなった。

彼らは機敏な動きで帝国軍を翻弄し、あっという間に首府へと侵入してきた。

 僕は、民間人を逃がす部隊から彼らの目を逸らす為の陽動任務に就かされた。

志願という名目だったが、実質的な強制だった。帝国系の者、つまり、帝国に併合された土地に住んでいたレオニカ人ばかりが集められ、殿部隊が形成されていた。

 

最悪だった。

こんなところで死ぬわけにはいかなかった。

何も叶っていない。

アベルの手掛かりすら掴めていない。

僕は必死になって戦った。

生きて帰れれば、昇進できるはずという淡い希望に縋って戦った。

 そうして、部隊最後の生き残りになった。

その後は、ヤゲノ解放軍が首府を制圧したようで、巡回するヤゲノ解放軍から身を隠しつつ、首府から脱出するタイミングを伺っていたのだ。

 だが、そこで僕の運は尽きた。

ヤゲノ解放軍の人間に見つかったのだ。

そうして、僕は捕らえられた。

彼らは、激しく帝国人を憎んでいた。

当然だろう。僕だって帝国は憎い。

そうして、彼らは、笑いながら、僕を跪かせた。

誰が撃つかで少し揉めた後、その役に決まった男が、僕に銃口を突き付ける。

死にたくない。

そう思っていたが、もう、どうすることも出来なかった。

罰なのだろう。

親友を助けるためとは言え、帝国の侵略に、引いては虐殺や、奴隷化に貢献してしまったことの。

そうして、心の整理を付けつつあった僕の頭に、懐かしい声が、いや、声は変わっていたが直ぐに分かった、彼の声が、響いた。

生きていたのか。

僕は、嬉しさで涙がこみ上げてきた。

そして、彼は、僕を助けようとしてくれているようだった。

やっぱり、君は変わってない。

何処の誰とも分からない、しかも、敵である僕を、助けようとするなんて。

彼の気配を感じた。

僕の顔を彼は覗き込み、心底衝撃を受けたようだった。

 

「クラウス..?」

震える声で、彼は言った。

僕は、嬉しさで一杯だった。

「ア..ベル..」

無事で良かった。そう、言葉を繋げる前に、彼は僕から目を離した。

僕をどうにか解放させようと、解放軍の者達を説得してくれているようだった。

ああ、帝国軍人になっている僕を、彼はどう思っているんだろう。ああして助けようとはしてくれているが、もう、友達とは思われてないのかな。

そんな心配が過った。

やがて、彼らの責任者らしき者が来て、アベルはそちらの説得にかかっていた。

銃声。

直ぐには気が付かなかった。

自分が撃たれたことに。

だが、一瞬の後に、やって来る。

痛み。熱。血の感触。

どうやら僕は彼らに殺されたようだ。

 彼らは、僕が倒れると、直ぐに去っていったようだった。

 

 

アベルが僕を抱き抱えていた。

「クラウス!すまない!すまない!守れなかった...」

君が謝ることじゃないのに。

伝えたい。僕の方こそ、すまないと、感謝を....そして、言い訳を...。

「無理をするな!直ぐに俺の隊のところに連れていって治療する」 

ああ、眩しいなあ。

僕の目は、あの時と同じ光に包まれていた。

「無駄だよ」

君の気持ちを無駄にしてしまうことが悲しい。

「もう死ぬみたいだ」

だから、話をしたい。

「嫌だ。嫌だよ。君には、君たちにはまだ、恩を返してない!」

 僕は君に、何も返せてない。

なのに、君は。

「恩ならこっちの方があるさ。あの時、君は自分が虐められてもお構い無しに、僕を助けてくれた」

だからせめて、言い訳をさせてくれ。

「そして、今日も、助けようとしてくれた。結局、僕は君に恩を返せなかった。その為に、帝国軍にまで入ったのに」

 僕は話した。アベルを助けるために帝国軍に入ったことを。

無理をするなと彼は止めたが、話さなければならかった。いや、話したかった。僕は正直に、帝国軍にいた言い訳をさせて欲しいんだと伝えた。

「そんなもの必要ない!俺はお前を信じている!」

彼はそう言いきった。

そうだろうな。君はそういうやつだ。

それでも僕は話した。

せめて、親友にだけは、彼にだけは、知って欲しいと思ったから。

ああ、でも駄目だ。

もう声も出なくなってきた。

目も殆ど見えない。

なら、言わなくちゃ。

一番伝えなきゃいけないこと。

「君が元気で、無事で、良かった...」

身体から力が抜けていくのが分かる。

光が、僕を満たしていく。

ああ、最後に会えたのが、君でーー。

 

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