ーオストレオン帝国 某所ー
「ここは?」
自由連合軍、つまり、アベルに連れられて、収容所を脱出した者達は、人気のない、廃村らしき場所へと来ていた。
「帝国によって住民全てが連れ去られた村の一つさ。地図からも消されたこうした廃村は、一時的な隠れ家には持ってこいなんだ」
アベルは、家、とは言っても、扉は破壊され、窓も失われ、無数の弾痕と、近くの家が燃やされたのだろう、微かに焦げのついた壁、の建物を苦々しげに見つめながら、そう説明する。
「一時的ってことは本拠地は別にあんのか?」
「ああ、だが、今はまだ君たちを連れていくことは出来ない。まだ我々の仲間になると決まったわけではないからね」
「そらそうだ。俺達は、まだあんたを信用しちゃいない」
それを聞いたアベルは、脱走者達の方へ向き直り、不敵な笑みを浮かべ直した。
「そう、そこで、だ。私は、君達に、少なくとも我々の想いと行動力は本物であると信じさせたいわけだよ」
だから、と続ける。
「我々は今日、総帥の参加する行事にお邪魔しようと思っている」
驚きが聴衆に広がる。
「んなこと出来るわけないだろ」
「警備もどれだけ厳重か分かったもんじゃない」
次々と否定的な意見が噴出し、そして、誰かが尋ねた。
「仮にそれが出来るとして、総帥を殺すということか?」
「まさか。総帥が参加する行事といっても、ご指摘の通り、彼のいるタイミングを狙っては警備が厳重過ぎる。それに、仮に総帥のいるタイミングに行き、彼を殺したところで、帝国が崩壊するわけじゃあない。一時的に大きく混乱するだろうが、国防軍は総帥と対立気味なんだ。その辺りもあって、前線の混乱は比較的早期に収まると思う。まあ、内戦になる可能性も否定は出来ないが、我々はまだ弱小、そうなったところで勝者にはなり得ない」
「ではどうするか?簡単だ。総帥が参加していた所に押し入り、彼の面子に傷を付けるのさ。それならば、少人数で実行可能だし、総帥への宣戦布告にもなるだろう」
聴衆を見渡したアベルは、アハハと声を上げる。
「それだけ?って顔だね。安心してくれ。それだけじゃないさ。ただ、そこはお楽しみというやつさ。成功すれば、直ぐに分かるよ」
「ラジオ電波もここならギリギリ入ることも確認しているしね」
ボソリと付け足した後、アベルは、全員を見渡し、言った。
「帝国にケンカを売ることには変わりない。もし、どちらにせよ参加したくないと言うなら、この村に護衛を幾らか残していくからそいつらに言ってくれ。君達の故郷まで送り届けるよ」
そうして、アベルは聴衆の前から離れ、少し離れた位置にいたジャックの元へ行き、小声で語りかけた。
「ジャック、君に頼みたいことがあるんだ」
ーオストレオン帝国 ウルフェンシュタットー
この街は、総帥と国防軍が執政政府を打倒した際に、総帥陣営に協力した貴族が治める都市である。
先の大戦の後、多くの貴族は、自身の特権を守るために列強や執政政府に阿って来たが、一部の反抗した貴族や、クーデターに際して即座に総帥支持を表明した貴族は、今でも特権を認められているのだ。
このウルフェンシュタットは、そんな貴族の一人、ウォルフガング=フォン=マッケンゼンが治めている。
そして、この街では今日、マッケンゼン家の主催で、ウェスティンレオーネ首都制圧を記念した催しが開かれていた。
陽が傾き、空も赤く染まった夕暮れ時に、帝国総帥であるトイフル=シュナイダーもやって来て、挨拶や、参加している総帥派の貴族達に日頃の協力への感謝を述べるなどした。そうして、日が沈んだ頃、総帥は貴族達の敬礼を受けながら、会場となっているマッケンゼン邸を去っていった。
そこから、一時間程が経った頃のことだった。
「異常ないか?」
「は。問題ありません」
「そうか。"隅々までしっかりと"調べろよ」
マッケンゼンの邸宅は、親衛隊により警備されており、今も、玄関前で親衛隊員が入り口の警備と、周囲のパトロール要員が交代をしているところであった。
交代が終わり、新しく持ち場についた者と、先程までいた者が、丁度一瞬息を入れたその瞬間のことだった。
突如、月が雲に隠れた時の様に彼らの視界の明度が落ちた。
彼らは全員邸宅に背を向けていたので、直ぐには気が付かなかったのだ。
違和感を感じ、振り向いた誰かが叫んだ。
「停電だ!」
邸宅を煌々と照らしていた光は、全て失われていた。
マッケンゼンの邸宅は、自然を愛する当主の趣味で、街から少し離れた森の中に建てられていたので、邸宅から光が失われると、月明り以外に、彼らを照らすものは無くなってしまう。
その上、突如として背後にあった光を奪われたのだ、親衛隊員らは、視界の混乱によって、数メートル先も曖昧にしか見えなくなっていた。
足音。
それも、10人以上が走っているであろう音が彼らの耳に届く。
何人かは、咄嗟に腰に差す拳銃を抜いたが、遅かった。
パン、パンと乾いた金属音が響き、どうにか暗闇に目を慣らそうと苦心していた親衛隊員らから、永遠に視界を奪い取っていった。
「よし。急ぐぞ」
足音の主の一人、アベル=オイゲンは、仲間達にそう声をかけ、邸宅の扉を開け放った。
仲間達は、真っ暗になった邸宅へと雪崩れ込む。
先に暗闇に目を慣らしていた彼らは、窓から僅かに差し込む月明かりで充分に見通すことが出来るようだった。
スムーズに邸宅内を制圧していく様子を見届けたアベルは、「よし」と呟くと、扉から離れ、一人、邸宅の外壁に沿って身を屈めつつ小走りで駆け出した。
ウォルフガング=フォン=マッケンゼンは、困惑していた。
邸宅が突然停電したかと思えば、外からは発砲音らしき音が聞こえてきたのだから、当然だ。
パーティーに参加している他の貴族も混乱しているようだった。
軍人らはどうにか現状把握に努めようと、部下を走らせたりしていたが、まだ何も分からないままだ。
そうして、皆の目が突然訪れた暗闇に、漸く慣れてきた頃、会場の扉が、乱暴に開け放たれ、幾人もの人影が、雪崩れ込んで来た。
「動くな!」
闇に紛れて見えなかったが、ジャキ、という独特な金属音でその人影が銃器を構えている事が分かり、マッケンゼンは反射的に両手を挙げた。
「全員、我々の指示に従ってもらおう」
そんな人影の命令は、会場のパニックによって打ち消される。
暗闇で銃が見えなかったことも手伝ったのだろう。曖昧な恐怖心が勝り、あちらこちらで悲鳴が上がり始めたのだ。
不味い。マッケンゼンがそう感じた瞬間、ドオンという重低音が響き渡る。
「大人しくしろ」
冷たく言い放たれたその声は、彼らから曖昧な恐怖心を消し去り、明確な恐怖、身の危険を感じさせるには充分であったようだ。
一瞬で場は静まり返る。
そうして、人影、この頃には顔も見えるようになっていた。妙な、鳥や狼を模した仮面を着けた連中、の指示に従い、人々は、幾つかのグループに分けられた。
グループごとに数人の仮面が付き、彼らを見張る形を取る。その作業が終わると、仮面の一人が、窓に向かって発砲した。
再び小さく悲鳴が上がったものの、仮面に睨み付けられたのか、直ぐに収まる。
そして、発砲音が合図であったかのようにして、窓の向こうで大きな影が飛び上がる様子が見えた。
その影は、会場は天井を高くするために、二階部分はバルコニーに通じる通路だけがあるのだが、そこに、バルコニーに着地して、窓を割り、侵入して来る。
月を背にしたその影の顔はよく判別は出来なかったが、マッケンゼンには、若い青年の様に見えていた。
そして、その青年らしき影は、芝居がかった様子で礼をして、こう言った。
「皆様、お邪魔致します。今宵はどうぞ、我等のショーにお付き合い下さい」