「ふざけるな!」
未だ状況を呑み込めていないのか、貴族の誰かがそう叫ぶ。
「どうやらまだ状況がお分かりになっていないようですな」
アベルは、やれやれといった調子で言う。
「まず、貴方方は、私の仲間達に命を握られていることをお忘れなく」
仮面を着けたアベルの部下達が、わざとらしく銃で音を立て、威嚇する。
いきり立っていた貴族は、その威嚇に震え上がり、大人しくなった。
それを見たアベルは、咳払いをし、ニヤリと笑う。
「さて、我々が今日、ここに来たのは他でもない。ウォルフガング=フォン=マッケンゼン伯爵。貴方を拐いに来たのです」
「何...?」
アベルの言葉に、マッケンゼンは、眉を潜める。
「少々、お尋ねしたいことがありましてね」
「そこまでだ!」
マッケンゼンが口を開きかけた時、会場の扉が勢い良く開け放たれた。
「動くな!反逆者め!これを見ろ!」
突入してきたのは、親衛隊員であったが、見ると、アベルの仲間が、頭に銃口を突き付けられていた。
「舐めやがって...少しでも動けば、こいつの頭を吹き飛ばす」
「そうなれば、私達は、ここにいる貴族様達を撃ちますよ」
アベルは事も無げに言った。
「...っ!」
「無駄なことは貴方も分かっているでしょう?もし、貴方が仲間を殺してしまえば、我々に対するカードを失う。その上貴族様達にも危害が及ぶ。そして、貴方は私の命令に従うことになるでしょう」
悔しげに親衛隊員は唇を噛んだ。
「彼を解放し、武器を置け。さもなくば、ここにいる貴族に二人ほど犠牲となってもらう」
その脅しが覿面に効いたのは、親衛隊員ではなく、貴族達だった。
「君!今すぐその男を離したまえ!」
「そうだ!我々を殺す気か!?」
親衛隊員は、一瞬逡巡したようだったが、結局、アベルの命令に従った。
「さて、邪魔が入ってしまいましたが、マッケンゼン卿、我々と共に来ていただけますね?」
アベルは、再びマッケンゼンに向き直り、言った。
「断ると言ったら?」
「残念ながら選択権はありませんよ。貴方のご家族や、お仲間達がどうなっても良いと言うならば、好きにすればいいですがね」
「...分かった。行こう」
マッケンゼンは、堂々とした態度を崩さず、ゆっくりと頷いた。
「よし。では、皆さん。我々はこれにて失礼させて頂きます」
アベルはそうお辞儀したが、はたと動きを止め、再び話し始めた。
「そうそう、忘れてました。皆さん、隣の部屋に爆弾を設置してあるのでお気を付け下さい。もし、私達を追おうとしてくれば、私の魔力を部屋にドカン!と撃ち込みますので。まあ、マッケンゼン卿が人質になるわけですし、一々忠告せずとも分かっていただけているとは思いますがね」
アベルはそう朗らかに言い残し、「では。お先に」と、自身は背後にある窓から颯爽とバルコニーに出て、階下へと消えた。
そうして、彼の部下達は、何人かがマッケンゼンを拘束し、何人かは未だに貴族らに銃を突き付けながら、慎重に会場を後にしていく。
その場に残された貴族達は、彼らの足音が遠ざかっていくと、漸く元気を取り戻したのか、口々に怒りの声を上げ始めた。
護衛についていた親衛隊員らは、今にも爆発しそうな貴族達を宥めることに注力せねばならなくなってしまった。
そうして、誰かが隣の部屋を確認しにいったのだが、その結果は、貴族らの怒りに油を注ぐこととなった。
「ハリボテだと!?」
「バ、バカにしおって!!」
そう、爆弾と思わしき物体は、ハリボテだった。火薬はおろか、危険なモノは何も入っていない。ただ、空っぽの木箱があるだけだった。
こうして、主を失ったマッケンゼン邸では、プライドだけは一丁前の貴族らの怒号が、一晩中響き続けるのだった。
「それで、私を何処に連れていこうと言うのかね?」
マッケンゼンは、アベルらに馬車へと載せられ、森の細道を通っていた。
「直ぐに解放しますよ。ただ、聞きたいことがあるだけです」
隣に座るアベルの言葉に、マッケンゼンは小さく、「犯罪者に話すことはない」、そう、ボソリと言うだけだった。
アベルは、クスクスと可笑しそうに笑う。
マッケンゼンは、それにも反応せず、窓の外へと顔を向けていたが、次にアベルの口から発せられた言葉に、彼は、目を見張り、驚き、アベルの側に顔を急旋回させざるをえなくなった。
「では、貴方は口を開くことが出来ませんね。ウォルフガング=フォン=マッケンゼン、いや、"群狼"のボス、ウルフェールと言った方が良いのかな?」
「何故、その名を...」
「さあ?何故でしょうね」
「何処で知ったか知らんが、その名は捨てた」
マッケンゼンは再びそっぽを向いた。
「そうですか。まあそれならそれで構いません。ただ、貴方の知っていること、全部話して頂きますよ」
「話す訳がないだろう」
マッケンゼンは、冷静になったわけではなく、表情をアベルに見られないようにするために外へ向けていたようで、顔には苦渋の色が浮かんでいた。
「残念だ。では、貴方の素性を親衛隊にでもリークしますかね」
「.....」
マッケンゼンは何も言わない。
「貴方が非帝国人、帝国人に関わらず、反政府組織に情報をリークしていたことや、物資の横流し、それを現地の親衛隊と協力して揉み消していたことを、親衛隊本部以下各地支部にでも送るしかないですね」
マッケンゼンは、更に苦虫を噛み潰したような表情で、小さく歯軋りする。
「親衛隊は、狂信者が多いですからねぇ。何ヵ所にもリークすれば、貴方がどれだけ揉み消そうと、あれよあれよという間に逮捕されるでしょうね。対して、もし話して頂ければ、この事は当然誰にもばらしません。誘拐されたということは不名誉になるかもしれませんが、他の貴族を守るために、大人しく従っただけの貴方が逮捕されることはないでしょう」
「.....!」
ギュウという音が聞こえてきそうなぐらいに、強く、悔しそうに拳を握りしめたマッケンゼンだったが、まだ、口は開かなかった。
その様子にアベルは小さく溜め息をつく。
「質実剛健、愛国者、領民に優しい良主君。マッケンゼン伯爵のこんな評判と、売国上等、金の亡者、不正の王様。そんな"群狼"のウルフェールの評判、まるで真逆だ。さて、貴方の素顔はどちらなんでしょうね。どうです?お互いペルソナを外し、腹を割って話し合いませんか?」
マッケンゼンは諦念したのか、大きく息を吐き、ついに、口を開いた。
「私が貴様に情報を話したとして、貴様らがそれを活用すれば、今日のことを怪しまれるだろう。どちらにせよ時間の問題ではないかね?」
「決定的な証拠にはならないでしょう。貴方の腕の見せ所ですよ。亡命なりなんなりをする時間的余裕も生まれますしね」
「.....選択肢はない、というわけか。腹立たしい」
マッケンゼンは憎々しげにそう吐き捨てた。
「貴方が、どういう理由で帝国を裏切っていたのかは知りませんが、何れにせよ、覚悟はあって然るべきでしょう。こういうことになる、ね」
アベルは涼しい顔でそう返す。
「.....分かった。話そう。私の知る限りのことをな」
マッケンゼンは、最後の抵抗とばかりに、アベルを睨みつける。
そうして、観念したように、帝国の情報をアベルに話し始めるのだった。