エルンスト=ヴェルナーは、いつも通り、眠る前の日課として、ラジオを付けていた。
夜も遅いこの時間は、プロパガンダ色の薄い番組が多く、聴いていて楽しいのだ。
この日も、クラシック音楽が流されるだけの番組を聴いていた。
すると、突然、優雅なクラシック音楽に雑音が混ざり始め、数秒と経たぬ内に、ザーという雑音だけとなった。
「なんだ?」
ヴェルナーは、周波数が少しずれていたのだろうか。それとも、放送側の問題か。と考えながら、ダイヤルを回す為にラジオへと近付く。
彼がダイヤルに手を掛けた時、僅かに雑音の向こうから何やら声がすることに気が付いた。
『.....帝ーー。....する...』
そうして、また数秒程かかって、その声がはっきりと聞き取れるまでになっていった。
『我々は..ザ..自由連合軍。悪逆非道なる統一国家党の政権を打ち倒す者なり』
ヴェルナーは、その言葉に、目を見開いた。
まさか、電波ジャックか!?
彼は驚きと共に、微かな期待が胸に湧くことを実感する。
『自由連合軍は、全ての市民の味方である。統一国家党に虐げられし、全ての民族を解放することが、我らの目指すところだ。故に、我らは宣言する。統一国家党、その支配者たる、トイフェル=シュナイダー総帥、貴様に、宣戦を布告する。貴様だけは、なんとしても倒されねばならない。覚悟せよ。虐殺者よ。侵略者よ...ザザ...ーー』
放送はそこで途切れた。
そして、一分程ノイズが続いた後、今度は帝国人にはお馴染みの、キャスターの声が聞こえてくる。
『えー。ただいま、何者かによる怪電波によって、放送に混乱が生じました。全帝国臣民の皆様はーー』
ヴェルナーは、ラジオを消した。
「明日は忙しくなりそうだ」
彼は、そう独り言ち、寝室へと向かうのだった。
ーオストレオン帝国 とある廃村ー
まだ陽の昇りきっていない、薄明の空の下、アベルらの帰還に、脱走者達は沸き立っていた。
昨夜の放送で、充分過ぎる程であったが、それに加え、帝国貴族でも有名なマッケンゼンを拐ってきたのだ。
驚きは勿論、彼らがアベルに対していた疑念、理想はともかく、それの実現へと向かえる実行力があるか、ということが、大きく払拭されたからだ。
「さあ、諸君!我らが本気であること、力があることは、理解して貰えたと思う」
縄で縛られたマッケンゼンを聴衆に見せつけるようにして、アベルはそう宣する。
「まさか、本当にやっちまうとは..」
「電波ジャックと、有力貴族の誘拐を同時にやるなんてな」
あちこちから感嘆の声が漏れ出る。
「さて、改めて、皆に問おう。我らと共に、戦ってくれないか?」
断る者は、いなかった。
「ありがとう。諸君。では、今日から君たちは仲間だ。共に理想を目指そう」
アベルは最後にニッコリと笑いかけ、演説を締めくくった。
「ジャック。上手くいったみたいだな」
アベルは、そう、友人に話しかける。
「ああ。まあ、お前の渡してくれた資料のおかげだよ。にしても良かったのか?いきなり俺をあんな重要任務に参加させて」
「問題ないよ。さっきまで俺達はあの日別れた時のメンバーが殆どだったからな。ラジオ局側は全員そうだったから、皆、君のことはよく知っている」
「仮面で分からんかったが、どうりで懐かしい雰囲気のやつらが多いと思ったよ」
「改めてよろしくな。ジャック。君がいてくれると心強い」
アベルとジャックは頷き合う。
そして、アベルは、演説場所に放置していたマッケンゼンの元へと戻る。
「さて、マッケンゼン卿。お待たせしました。貴方が必要な用事は全て済んだので、解放しますね」
アベルはそうマッケンゼンに言い、部下に馬車を持ってこさせる。
「この馬車もお返しします。これに乗ってお帰りになられると良いでしょう」
アベルが、マッケンゼンの縄を解き、猿轡も外した。
「.....覚えていろよ」
マッケンゼンは、そう捨て台詞を残し、さっさと走り去って行くのだった。
「よろしかったのですか?」
部下にそう尋ねられたアベルは、笑いながら答える。
「問題ないよ。向こうも必要以上にベラベラと親衛隊に話すことは出来ないからな。あれはただの負け惜しみだよ」
そんなことより、とアベルは振り向き、言う。
「俺達がいない間にどれくらい去っていった?」
「三人程です。彼らを送り届けに行った者達には、各々、基地へと戻るよう命じておきました」
「そうか。思ったより少なかったな」
少し意外といった顔をした後、アベルは関心したように頷いた。
「やはり、抵抗の意志は強いのだな」
そうして、アベルらは、新たな仲間達を加え、基地へと案内する旨を伝え、廃村を後にするのだった。
ーオストレオン帝国 帝都レオンスブルクー
帝都の中心に聳え立つ、ロイヒテンダー宮、帝国最高評議会も開かれる会議室に、閣僚や軍部の代表、親衛隊幹部らが集っている。
彼らは、侃々諤々の議論を交わしていた。
いや、議論というよりも、責任の擦り付け合いと言った方が正確かもしれない。
誰が、昨夜の警備担当者であったのか。
何故、電波ジャックを、それも大々的に行われてしまったのか。
閣僚も軍部も親衛隊も、お互いがお互いに、責任を擦り付けるべく、延々と唾を飛ばし合っていたのだ。
そこに、衛兵の声が響く。
「総帥閣下のお成りです!」
瞬間、静寂が訪れた。
全員が、先程までの醜い対立が嘘のように、ほぼ同時に起立する。
「座りたまえ」
そう言いながら、どかりと自身の椅子へ乱暴に座り込んだ総帥の様子は、不機嫌そのものであった。
着席。
全員が座ったことを確認すると、総帥は、ゆっくりと口を開く。
「昨夜のことは皆、聞いていると思う。さて、まずは、事実確認から始めようか」
その、怒気、呆れ、不快感が滲む声色は、会議室にいる面々を震え上がらせるには充分であった。