ーオストレオン帝国 某所ー
アベルらは、脱走者、新たに仲間となった者達を引き連れ、現在本拠地としている、山間部にある山の一つ、巨大な岩肌に僅かに空いた穴から入れる洞窟へと戻ってきていた。
「アベル!」
洞窟に入って直ぐに、エミリアがアベルに声をかけた。
「留守中、何も問題はなかったか?」
「ええ。言われていた通り、"準備"も万全よ」
「そうか。ありがとう。とりあえず、一旦新たな仲間達を休息させたい。案内を頼んでもいいか?俺の方は三日後までには戻る」
「分かった」
エミリアは、頷き、アベルの後ろに待機していた仲間達の方へと歩み寄る。
「さあ皆さん。お疲れ様です。今日はゆっくりお休みください」
にこやかに微笑み、エミリアは、彼らを奥へと誘導していく。
それを見届けたアベルは、「よし」と呟き、再び洞窟の外へと歩みだすのだった。
二日後
ーオストレオン帝国 レオンスブルク MdV帝国本社ー
MdVは主に帝国に対して軍事兵器の取引などを行っている企業だが、他国とも軍事やそれ以外の部門で取引を行っている国際企業である。
そのため、各国にある拠点を統括する本社が国ごとに設置されている。
ここは、そんなMdV社でも総本社に次いで最も巨大な本社であり、その機密性故に深い森の中、人里離れた場所に鎮座する帝国本社ビルである。
MdV社のオストレオン軍用兵器開発主任研究員であるエッケハルト=ハルトマンは、今日も、そんな本社ビルにある自身の研究室に隣接された、彼個人が特に軍に頼んで連れてきて貰っていた人物を収容している部屋へと足を運んでいた。
「ローベルト」
彼は、扉越しに数ヶ月前から収容されている人物、彼のかつての旧友、に声をかける。
返事はない。
「...うん。と言ってくれるだけでいいんだ。そうすれば君を解放してやれる。このままだと処刑されるかもしれんのだぞ」
今度も何も反応はない。
「俺は、君の様な頭脳がむざむざ失われるのが我慢できないんだ。頼むよ。俺達に協力する、と言ってくれれば、特例で恩赦に出来るんだ」
「殺すなら殺せばいいさ」
いつもと同じ返答。
「俺なら君にある程度のポストも用意してやれるんだ」
ハルトマンは、いつもの様に粘るが、どうせダメだろうなという思いも抱いていた。
そして、その予想は当たっていた。
「断る。帝国に協力する気はない」
「何故だい?帝国が残虐だからか?君達を差別しているからか?」
「奴らの非道な兵器を開発したのはお前らしいな」
扉の向こうから、怒りの混じった声が返される。
「変わってしまったな君も。学生の頃は、君もそんなこと気にしなかっただろう。自分の興味の赴くままに何でも研究していたじゃないか。帝国に協力すれば、あの頃の理想が実現するというのに」
ハルトマンは心底残念そうに溜め息混じりでそう言う。
「お前は変わらないな。何も」
「ああ、俺は変わらないよ。君は技術者としても、研究者としても、弱くなってしまった」
ハルトマンの言葉に、ローベルトは扉越しにどうにか聞こえるくらいの呆れた笑いを送った。
「何が可笑しい?当然のことだろう。科学者に倫理観やナショナリズムなど不要さ。そんなものに拘泥したところで発見にも発明にも辿り着けない」
「それを弱さと言うなら、俺は弱くて良い」
その言葉を最後に、ハルトマンが何を言っても、ローベルトは言葉を返さなくなってしまう。
それでも暫く頑張っていたハルトマンだったが、来客を知らせるブザー音が響いたことで、諦めざるを得なくなった。
「誰だ?アポイントは三時間後まで無かったはず..」
不審に思いながらも、ハルトマンは、ブザーの主を確かめるべく、研究室から受付へ連絡を入れる。
「来客ブザーが鳴ったのだが」
『はい。なんでも、"ローベルト"と言ってくれれば、分かる。と』
「ローベルト..?」
ハルトマンは眉を潜めた。
今、正に自身が拘束している者の名を騙られたのだ、当然だろう。
『はい。どういたしましょう。お帰り頂きますか?』
「いや、通せ。それと、この事は他言無用だ。いいな?」
彼の威圧するかのような声色に、受付嬢は震え上がったようで、「は、はい」と怯えた声になってしまった。
そうして、数分ほど経ち、研究室の扉がノックされる。
「どうぞ」
ハルトマンの声と扉が開かれ、ハルトマンに取っては見たこともない男、しかし、彼にとっての懸念材料が、入ってきた。
「突然失礼致します。エッケハルト=ハルトマン博士」
そう挨拶した男は、軍服ともスーツともつかない、それでいて親衛隊の制服とは正反対な真っ白な色をした服に身を包んでいた。
「率直に聞こう。君は何者だ?」
ハルトマンは、男にしっかりと目を合わせ、そう尋ねた。
「私は、"自由連合軍"の司令官、アベル=オイゲンと申します」
アベルは慇懃に礼をしてみせ、ニヤリと笑った。
「自由連合軍..?反乱組織か..?」
「"帝国"から見ればその通りですね」
アベルは、どかりと勧められた椅子に腰掛け、ハルトマンの疑問に答える。
「何故、ローベルトの名を知っている?」
ハルトマンはストレートに尋ねることにした。
「伝手がありましてね。勿論、ここにいることも知っていますよ」
伝手だと。バカな。帝国軍の上層でも知りようがない程の限定された情報をどうやって知ったのだこいつは。誰が漏らした。いや、何処から漏れるというのだ。
アベルの言葉に、ハルトマンは困惑した。
彼が私情で囚人を、それも反乱組織に所属していた者を釈放させたことなど、余程の情報網が無ければ知りようがないことだからだ。
「会わせて頂けますか?」
ニッコリとまるで敵意などないかのように振る舞う目の前の男に、ハルトマンは空恐ろしい思いを抱いていた。
「....分かった」
彼は立ち上がり、アベルをローベルトの収容室へと先導する。
下手に逆らわない方が良いと判断したのだ。
そうして、ハルトマンは扉の前に立つと、口を開いた。
「ローベルト。お客さんだ。アベル=オイゲンだとさ」
ガチャ、と驚き立ち上がりでもしようとしたのだろう、ローベルトに付けられている手錠と思わしき金属音が扉を越えて聞こえてくる。
ハルトマンは、扉を開き、アベルの姿が室内からも見えるようにした。
「アベル..!?何故...」
短く整えられていた髪も伸びきり、すっかり窶れた様子となっていたローベルトだったが、アベルを目にした途端に声を張り上げた。
「久しぶりだね。ローベルトさん」
アベルは、そう言って、ハルトマンに向けていた不敵な笑みとは全く違った、純粋な笑顔でそう語りかけるのだった。