アベルは、拠点に戻る道すがら、ローベルトに今後のことを話していた。
「ローベルトさん。どうやら貴方は奴らに顔が割れていない」
「何?だが、私は数ヶ月前までは囚われていたのだぞ?」
「我々が襲撃した収容所で、名簿が見つかっのですが、そこに貴方の名前はありました。しかし、写真はなかったんですよ。他の者も、どうやら幹部クラスの人間でない限り写真に写されることはなかったようなのです」
アベルの説明に、ローベルトは、暫く考えてから口を開いた。
「まあ、私は技術者でしかなかったからな。処刑したかどうかさえ判別出来れば良かったのだろう。ハルトマンが私を引き取れたのも、重要性が低いと判断されたからこそだろうし」
「うん。その通りでしょうね。そして、だからこそ、貴方にお願いしたいことがあるんです」
アベルは、ローベルトと目を合わせ、そう言った。
「なんだ?」
「実は、我々が現在拠点としている洞窟で、幾らか金を発見しまして」
「金?廃鉱か何かか?」
「いえ、未だ未発見の鉱山と思われます。人の手は入っていませんでした」
「ふむ。その金を売り捌いて欲しい、と?」
「話が早くて助かります。信用出来る人に預けたかったのですが、ジャックは顔が割れてますし、他の元からのメンバーも割れてないとは限らないので」
「その為だけに解放したのか?」
ローベルトは幾分意地悪な笑みを浮かべ、アベルに言う。
「まさか。技術面でも頼りにしていますよ。其方が本命ですからご安心を」
アベルは笑いながらそう返す。
「それで?今後の計画は?」
「ああ、それなら拠点に着いてからお話した方が都合が良いので、また後で」
ーオストレオン帝国 親衛隊全国総司令部庁舎ー
帝国の首府に建設された、その巨大で無機質さが際立つ白いコンクリートのビルディングは、親衛隊の威厳と、恐怖を視覚的に現すべく設計された建物であった。
そこの内部、最上階には、親衛隊全国総司令、親衛隊長官と通称されている。の、執務室がある。
その親衛隊長官執務室に、正にその親衛隊長官であるハインリヒ=ホフマンの怒号が響いていた。
「あの事件から3日だ!3日も経過していながら!何の成果も得られていないだと!?」
たった3日、そう言いたい気持ちを抑えながら、リカルド=ワグナーは、静かに親衛隊長官の怒りを受け止めていた。
長官も本心では分かっているだろう。とワグナーは考えていた。
恐らく、総帥の怒りに触れて、狼狽しているのだ。ただ、そうであったとしても余りに理不尽な気もするが。
何せ、反乱組織の犯行と思しきことは分かっても、それ以外、痕跡も滞在していたであろう廃村から暫くで途絶えていたのだから。
それに、マッケンゼン伯爵を襲った連中は、自由連合軍と名乗っていたが、そんな組織の情報もない。
指導者のアベル=オイゲンという男も、恐らくかつてヤゲノ解放軍に所属していたであろうこと以外は不明なのだ。
むしろ、たった3日でアベル=オイゲンという名が偽名でない限り、ある程度の正体までは突き止めたのだから上出来と言えるだろう。
つらつらとそんなことを考えながら、ワグナーは、ホフマンの説教を聞き流す。
「くそ..。早く何か掴まねばならんのに..」
総帥は基本的に、親衛隊には甘い。
しかし、今回は、収容所を襲撃され脱走を許し、その上、総帥も参加した行事が襲撃もされ、その両者の警備担当が親衛隊であったことで、大きな怒りを買ってしまったのだ。
故に、ホフマンが焦り、八つ当たりをしたくなる心情自体はワグナーにも理解出来ていた。
ただ、普段は良い上司かと言えばそうでもないので、真面目に相手をしてやる義理もない、とも考えている。
それが、今の態度の所以である。
「ワグナー。貴様の私見で構わん。奴らはどんなところに潜んでいると思う」
ホフマンに突然そう問われ、ワグナーは意外な思いを抱いた。余り人に意見を求めることのないホフマンが私見を述べろとまで言うとは、考えもよらないことだった。
それほど、追い詰められているのだろう。
「そうですね。恐らく自然の要害となる場所に潜伏しているのではと予想します」
「つまり、山地や渓谷にでもいると。何故そう思う?」
「まず、当然、人目の着く場所にはいないでしょう。そして、奴らは廃村を一時的な潜伏地にしていたとのことですが、それならばそうした廃村が重点的に捜索されることは簡単に予測出来ます」
「なるほど。確かにお誂え向きのある程度整備された場所が何十とあるのだ。わざわざ不便かつ危険な場所を選ぶというのは一定程度のカモフラージュになるな」
ワグナーの説明を聞き、ホフマンは頷く。
「捜索対象を広げさせるべきだろうな」
ホフマンはそう呟き、ワグナーに指示を出す。
「廃村だけでなく、あらゆる場所を可能な限り捜索する様に全国へ命じろ」
ワグナーは、心底驚いていた。
追い詰められて、どうやら一周回って頭が柔らかくなったらしい。
しかし、これで仕事はやり易くなる。
利用しない手はない。
ワグナーは微笑を浮かべ、敬礼する。
「直ちに。閣下のご期待に沿える様、奮励致します!」
ーオストレオン帝国 国防省庁舎ー
ヨアヒム=ドーペルトは、苛立つ気持ちを抑えながら、書類を処理していた。
総帥が彼の友人であったルドルフ=ゲーベルを処分してからと言うもの、ルドルフと関係の近かったことが周知されていたヨアヒムも、実質的に左遷されていたのだ。
元々は、参謀本部に席を並べていたのだが、今や、何やら"帝国国防軍全軍査閲本部長"という肩書きを与えられ国防省の庁舎に繋がれている。
職務は、軍事演習の実施に伴う諸々の調整や、名前の通り軍の査閲、つまり、練度等を実地検査する役目、である。
それだけ聞くと、それなりの地位であるように思うが、元が参謀本部という軍令の実質的な頂点とも言える場所にいたことを踏まえると、やはり左遷と言えるだろう。
彼のライバル達がルドルフの失脚をここぞとばかりに、追い落としを計った結果であった。
元々、ヨアヒムは総帥に批判的であったが、今回のことで完全に総帥への僅かな忠誠さえも消え去っていた。
彼には、未だに彼を慕う多くの部下達がいる。
ルドルフを慕っていた者達も、彼の潜在的な仲間となるだろう。
そう、ヨアヒムは、考えているのだ。
現政権、トイフル=シュナイダー総帥の打倒を。