ーオストレオン帝国 某所ー
「私は反対です」
10人近い人々が集った、その部屋を包んでいた静寂を破る声。
エルンスト=ヴェルナーは、その声がした方に目をやった。
「理由を聞かせて貰おうか?」
ヴェルナーは、反対の声を挙げた者に問う。
「はい。まず、何ら実績のない連中と手を結ぶことはリスクであると考えます。それに、奴らがどの程度の規模を有しているのかも分かりません。むしろ、何故、手を組むべきというお考えに至ったのか尋ねたいくらいですよ」
その反論に、ヴェルナーは、どう答えたものか思案していた。
正直なところ、突き詰めれば、彼は、ただ彼ら、自由連合軍の思想に共感しただけだった。
それも、電波ジャックによって垂れ流された彼らの宣伝文句を信じただけ。
ただ、他の民族主義レジスタンスとは違い、[全ての市民の味方]と彼らは、言ったのだ。つまり、"帝国人"である自分達と敵対することはないということだ。
総帥政府の打倒、それを目的としている我々と協力することが出来るはず。
ヴェルナーは、そう考えていた。
そして、これだけでは、仲間達を説得することなど出来ないだろう。
彼らは、総帥、統一国家党による現オストレオン帝国政府の打倒を目指す、"民主レオニカ"という秘密結社の幹部達だ。
そして、エルンスト=ヴェルナーは、そのリーダーである。
先の帝国が占領した国々の人々が蜂起した大規模反乱において、彼らは傍観を決め込んでいた。
ヴェルナー自身は、蜂起を主張したが、多くの幹部は恐怖が勝ったのだ。
帝国人という民族を憎悪する他民族主義勢力を。もし、彼らが勝利すれば、帝国人が迫害されてしまうのではないか、と。
だからこそ、蜂起し、彼らと協力することで戦後の地位を有利なものとしておくべき、という主張もあったが、大部分の恐怖によってかきされてしまっのだ。
そうして、今は強化された取り締まりをやり過ごすべく、大きな活動を行わず、潜伏している。
ヴェルナーは、この現状を打破したいのだ。
だからこそーー。
「少なくとも、"自由連合軍"の名は、一躍、人々に知られるところとなった。少なくとも、今まで、大きな事件となることで取り締まりが強化されないように立ち回り、最近では潜伏ばかりとなった我々よりも、有名だ」
意を決したヴェルナーは、そう威厳の籠った声で話し始めた。
「そんな奴らと手を組めば、我々が弾圧の標的とされます」
「それがどうした」
弱気な幹部の反論を、彼は一蹴する。
「いつまで、地下で、細々と息を続けるだけ、という日常を繰り返すつもりだ?何の為の反乱組織だ。誰かが帝国を倒してくれるまで自己満足をするためにここにいるのか?」
誰も反論はしない。
「私は、いい加減打って出るべきだと思う。"自由連合軍"が小規模な組織であろうと構わない。今、最も影響力のある反乱組織の一つであることに違いはないのだ。そして、我々は、人数だけはいる。詳細は私でさえも分からないが、細胞の構成員全てを合わせれば、40万は下らないだろう。他の我々と協力している地下組織を含めれば、もっと増える。つまり、"自由連合軍"の数は大した問題ではないのだ」
ヴェルナーの言葉に、室内は静まり返っていた。
しかし、先程も反対した男が、再び口を開いた。
「ネームバリューならば、我々が大規模に活動すれば手に入るではないですか。わざわざ"自由連合軍"と協力なぞせずとも」
ヴェルナーはすかさず反論する。
「我々が幾ら活動したところで得られぬ名があるのだ。劣等、とされている人々が、我々"帝国人"組織の活動を見て、喝采を送ってくれるだろうか?」
「それは...」
今度は反対意見を出すことが出来ないようだった。
ヴェルナーは畳み掛ける。
「"自由連合軍"の名は、"帝国人"にとっても、劣等と蔑まれる人々にとっても、都合が良い。恐らく、彼らはそれを狙っていたのだろう。我々のような"帝国人"でありながら、オストレオン帝国を否定する者と、オストレオン帝国によ支配、隷属に抗う者、その双方と協力の余地が生まれている。その名を利用しない手はない。私は、そう確信している」
ヴェルナーの即興劇は、彼の威厳と、今までの実績によって、効果を最大限に発揮した。
一から数十万規模の組織を、大きな弾圧を受けることもなく秘密裏に作り上げた彼の、実績に裏打ちされた自信に満ちた物言いは、会議に居合わせる者達を動かすには充分だった。
彼は何も、今更、安っぽい理想論に感動したわけではない。
今の状況で理想論を語る姿勢に敬意を抱き、その思想に共鳴するとかろがあったことは、事実ではある。
しかし、テロをも厭わない活動を行っている以上、理想ばかりではいられない。
そんなことは百も承知。
彼はただ、今まで何度も窮地を救ってくれた自身の直感を、信じているのだ。
放送を聞いたときに感じた、刺すような感覚、自由連合軍との協力が不可欠であるという直感を。
ーウェスティンレオーネ合同帝国 臨時首都 ベルクラストー
オストレオン帝国によって帝都、メイナスブルクを陥落させられたウェスティンレオーネ合同帝国政府は、海岸に近い、南東の地にあるベルクラストという地方都市に行政機能を移していた。
ヤゲノ王国亡命政府も、合同帝国政府と共にこの街に逃げてきている。
しかし、ヤゲノ王国亡命政府の管轄していた軍隊は、先のオストレオンによる大攻勢によって壊滅させられ、数個師団を抱えていた彼らは、今や数個中隊を残すのみとなっていた。
そんな状況で、影響力など維持出来るはずもなく、亡命政府とは言っても、実態としては、合同帝国臨時政府の言いなりになっている。
その合同帝国臨時政府も、どんどんとオストレオン帝国によって領土を喪失させられて行き、日に日に戦力も、権威も弱まってきていた。
大陸と海を隔てた同盟国、ジェルト=ケッチ連合王国が、他の亡命政府も纏めて、強大な影響力を振るっているのが現状だ。
ウェスティンレオーネ合同帝国軍も殆ど壊滅状態で、他亡命政府は言わずもがな、連合王国だけが頼りであり、連合王国の指示が絶対、僅か半年の間に、大陸諸国のパワーバランスは戻し様もないほどに、ダイナミックに変化したのだ。
そんな、連合王国に頭の上がらなくなった合同帝国臨時政府は、臨時の政府庁舎で、会議を開いていた。
国家の行く末を左右する、そして、出来れば考えたくもない、最悪の未来についての。
「二日前、最終防衛線と決めていたフラグクラト-カリエスブルクのラインをオストレオン帝国軍に突破された。この事は皆聞き及んでいることだと思う」
議長を務めるのは、ウェスティンレオーネ合同帝国臨時政府首班、合同帝国宰相である、エルヴィン=フォン=リッテンバウムだ。
彼は、豊かに蓄えた顎髭をさすりながら、言った。
「恐らく、合同帝国はあと一月も持たないだろう。帝国軍は、破竹の勢いで迫ってきている。対して我々は、凄まじいスピードで戦力が失われていくのみ。敗北は避けられない」
リッテンバウムは、やり場のない憤りを、押さえ付けながら、冷静に話を続けていく。
「我々に残された選択は2つ。このまま、臨時首都が落ちるまで、徹底抗戦を続けるか、それとも、連合王国に亡命政府を樹立するか、だ」
降伏という選択肢は挙げなかった。
挙げる必要等ないからだ。
オストレオン帝国に降伏するということは、レオニカ人以外の命を諦めることと同義だ。
多民族によって合同し、協力しているという建前を、国家の礎としてきた合同帝国が、それを出来るはずがなかった。
もし、降伏したとして、そして、いつの日かオストレオンが崩壊したとして、そうなった時に、ウェスティンレオーネ合同帝国が再生することはないだろう。
何せ同胞を見捨てた国、となってしまうのだから。
故に、そんな選択肢は無かった。
ただ、あるのは2つだけ。
祖国の土と運命を共にするか、"政府"だけでも生き残らせるか。
「私は祖国に踏みとどまり、抗戦すべきと思います」
ある閣僚が言った。
「国民を見捨て、我々だけ逃げたとして、残るものはなんでありましょう。軍のいない政府という名の形骸化した組織だけ。そうなるくらいならば、いっそこの地で、国民と共に最後まで運命を共にするべきではないでしょうか」
その意見に、別の閣僚が反論する。
「私は亡命すべきだと思う。オストレオン帝国が崩壊した後のことを考えれば、我々だけでも逃れておくべきだ。我々が合同帝国という国家の象徴として残らねば、戦後、如何にして再びこの国を統治出来ましょうか。確かに、オストレオン帝国の支配が永遠のものとなるならば、我々はここで潔く散るべきでしょう。しかし、私は、奴らの支配が永遠に続くとは思わない」
国民を見捨てて逃げるべきではない。戦後のことを考えればこそ、むしろ、合同帝国政府は国民を守るために戦ったという印象を付けるべき。
残留抗戦派とでも言うべき意見は、概ねその様に収斂した。
そして、亡命派は、オストレオン帝国が崩壊した後に、統治の空白を生まない為にも
亡命するべき。今は勝ち目が見えない戦いに殉じたところで自己満足でしかない、反撃の時を伺うべき。形だけでも合同帝国の健在をアピールすることが、オストレオン帝国の侵略行為と、非正統性を強く印象付けられる。
そうした意見に纏まった。
会議は長引いた。殆ど意見が真っ二つに割れてしまったからだ。
亡命派は、オストレオン帝国が永遠ではないと言い切るが、それは今のところ根拠が薄い。
今、正に、列強国の一つを呑み込もうとしている国の消滅を、どうして簡単に信じることなど出来るだろう。
だからこそ、潔く散るべきという意見にも多くの賛同が集まったのだ。
結論は、宰相たるリッテンバウムに委ねられることとなった。
彼は、すんなりと決まってくれることを願っていた。
出来れば、亡命の方に。
しかし、そうはならなかった。
だから、彼は覚悟を決めた。
彼の意見は変わらない。
亡命政府を樹立するべきだ。少なくとも、合同帝国政府を名乗る組織が生き残ること、これが重要だと考えている。
故に、彼は提案した。
両者の意見を折り合える、出来れば言いたくはなかった案を。
「私だけがここに残る」
その言葉に、室内はざわめいた。
「宰相たる私が、最後まで残れば、国民への義理は果たせるだろう。陛下を輔弼する行政府の長として、祖国と運命を共にする。そして、諸君らは、連合王国に亡命するのだ。ウェスティンレオーネ合同帝国を存続させるために。例え書類上の存在になろうと、例え形骸化しようと、合同帝国が生きている、これだけで、国民の希望となれると、私は信じている」
彼は死にたくはなかった。だが、こうすることが最良だとも分かっていた。
宰相とは言っても、戦争が無ければとうに任期満了を迎えていた身だ。後継もいる。
彼自身が若手の育成に力を入れてきたこともあって他の閣僚にはまだ若い者も多くいる。
だからこそ、自分一人が残ること、これが最善だと、考えていたのだ。
「判断を委ねたのは君たちだ。如何なる反対も受け付けない。また、共に残ることも許さない」
彼は、覚悟がぶれることのないように、敢えて、強権的に、威圧的に、そして、勇気を振り絞るようにして、言い放つのだった。