「拠点の移動だって?」
ローベルトは、アベルから打ち明けられた今後の予定を聞き、驚いていた。
「ええ、現状、メンバーも1000近くなって、ここは手狭になりつつあるし、いつ奴等に嗅ぎ付けられるとも分からないですから。現に奴らは今血眼になって我々を探している」
「なら下手に動かない方がいいんじゃないか?」
ローベルトが尤もな反論をする。
「うん。普通は。でも、状況は変わりつつあります。恐らく、数週間、もしかしたら数ヶ月、それぐらい経てば、捜査に避ける人員は少なくなるでしょうから」
居合わせていたエミリアが、ああ、納得した声を出した。
「そろそろウェスティンレオーネ全土が制圧されそうですものね」
「そういうこと。今、合同帝国の支配下として維持されている地域も、全てオストレオンの統治下になるはず。そうなれば、親衛隊はそうした新たな占領地の安定化の為に、多くの人員が割かれることになります」
アベルの説明を受け、ローベルトは暫く考えて、再び口を開いた。
「やはりそれなら、わざわざ移動する意味は薄いのでは?捜査能力が限られてくるならば、こんな辺鄙な洞窟そうそうたどり着かないだろう」
「手狭になったと言ったでしょう。そして、ここからが本題です」
アベルは少し楽しそうに、彼の計画を話し始めるのだった。
ーウェスティンレオーネ合同帝国 ラスブルク平野ー
ここは、戦場になっていた。
フラグクラト-カリエスブルクの防衛ラインが破られたことによって、前線になっていたのだ。
塹壕も掘られており、ある程度の防衛は可能な状況ではあるものの、ここを守る合同帝国軍は、追い詰められていた。
武器弾薬が足りていないのだ。
連合王国は、もはやウェスティンレオーネ本土の陥落は避けられないものと見ているのだろう、彼らからの武器支援が減少していた。
当然、ウェスティンレオーネは、領土を喪失し、工業力も資源も失っているので、自前の兵器生産量も落ちている。
故に、既に連合王国などの同盟国軍が撤退した地域の合同帝国軍の武器弾薬が欠乏しているのだ。
そんな状況の戦線で、塹壕に籠る兵士が一人、ハルケル=ハインリヒは、絶望のただ中にあった。
彼だけでなく、この戦線全体に、その絶望感は共有されており、特段珍しいものではない。しかし、ハルケル自身にとっては異常なものだった。
さほど裕福でない、どちらかといえば貧乏な家庭とは言え、優しく、良い両親の下に生まれ、大きな困難にも、命の危機にも接することなく、19年間を生きてきたのだ。
もはや、死へと刻一刻と誘われていくばかりの戦場など、想像もしたことがなかった。
徴兵されてから暫くも、ウェスティンレオーネが優勢であった頃は、戦争を軽く考えていた。
少々戦況が怪しくなってからも徴兵期間の2年が終わって、家に、帰れるだろうと、そうぼんやりと信じていた。
だが、もうそんな淡い希望も抱けなくなってしまった。
オストレオン帝国軍は、目の前に迫って来ている。
このウェスティンレオーネにとって最後の防衛線、どうにかフラグクラト-カリエスブルクのラインが突破される前に急造したこの戦線、ここを突破されるわけにはいかない。
しかし、突破されるだろう。誰も口には出さないが、そんなことは分かりきっていた。
ハルケルもよく分かっていた。
魔導士でもない彼は、ただ塹壕で死を待つことしか出来ないと。勝ち目もないと。
何故、ここにいるのか、彼は、そう、考えてしまう。
そんなことを考えてもどうしようもない。帰れるわけでもないのに。
仲間の中には、一秒でも長く時間を稼いで、家族が逃げる時間を作りたいと言う者もいる。
祖国のために死ねるなら本望という者もいる。
ハルケルは、そのどれでもなかった。
ただ、死にたくなかった。
家族が逃げるなんて望めやしない。
金がないのだから。
祖国のため。そんな気持ちが全くないわけではないが、死への恐怖が勝る。
そんなハルケルの頭上を容赦のない鉄の雨が行き交う。
合同帝国軍に残された僅かな装甲車両、火砲が投入され、オストレオン軍に果敢に挑み続けているのだ。
そんな勇敢な鉄の怪物達は、真っ直ぐに放たれる、強大な光線、オストレオン軍の魔力戦車が放つ魔導砲によって消し炭にされていく。
ハルケルらの頭上を飛ぶ、なけなしの航空機は、今や無敵の代名詞となった、"グラディエーター"によって堕とされる。
オストレオン軍が、塹壕にまでたどり着くのも、時間の問題だろう。
空中の航空機が全てやられれば、グラディエーターは、塹壕を狙うだろう。
敵に一矢報いることもなく、死の時を待つばかり、吹っ切れた者達が塹壕を飛び出し、突撃していく様子が見えたが、ハルケルにはそんな勇気もなかった。
それに、殆どの者は、塹壕を飛び出した瞬間、鉄の雨に撃ち抜かれるか、光線によって消し炭となっていくだけだった。
人生の終幕は、刻一刻と迫っていた。
ーオストレオン帝国 帝都 レオンスブルクー
ウェスティンレオーネの陥落が決定的となったことで、帝都には再び浮かれ気分が戻ってきていた。
総帥の怒りも一先ず鎮まったようで、今の間に反乱組織、"自由連合軍"の尻尾を掴んでしまいたいと、親衛隊は、ぽっと出の規模感すら掴めていない組織のために、随分の人員を割いていた。
しかし、それももうすぐ終わり。
直ぐに占領地の治安維持の為に、多くの人員が引き抜かれことになるだろう。
その時が近付いている。
そうなる前に成果を挙げ、失態を挽回する為にも、親衛隊上層部は必死になっていた。
しかし、殆ど情報は掴めない。
上手く行方を眩まされ、マッケンゼンが囚われていたという廃村から殆ど痕跡を辿れずにいたのだ。
ならば近場かと付近の岩場や山、果ては小さな洞穴まで捜索が行われたが見つからなかった。
そうして、彼らは、一つの結論に、しかして、それを実行することは躊躇われる結論に達しつつあった。
総帥は、本土以外の植民地や占領地に隠れている可能性が高いと判断した。
しかし、そこからは痕跡すら見つかっていない。
そう、総帥の判断を覆し、本土を、他エリアと同じくらい徹底的に捜索するべきではないか。という考えが、親衛隊上層部の中に沸き上がりつつあったのだ。
徐々に、だが、確実に、その考えは彼らの中で支配的になっていく。
それでも、誰が総帥にこれを告げるか、報告するのかという問題、そもそも総帥の判断を疑うような真似をすることへの抵抗感から、彼らは動けずにいた。
まだ、暫くの間、彼らに成果がもたらされることはないだろう。