シュヴァルツ=フォン=クルシュヴィッツは、グラディエーターのパイロットになってから既に一年近くを過ごしていた。初期のパイロットであり、今も生き残っている、所謂エースパイロットだ。
グラディエーターという兵器は、無敵かと思える程に強力であったが、実戦配備されたばかりの頃は、操縦に慣れていない者も多く、グラディエーターの性能を十全に活かしきれないまま、あえなく死んでいった者達も多くいた。
そんな中、生き残り続けた彼は、その健闘と功績を称えられ、貴族の称号をも得ていたのだ。
そんな彼は、今日も前線にて、その無敵の機体を操り、敵と戦闘を繰り広げている。
彼の操るグラディエーターは、彼を落とそうと襲いかかって来る、数機の航空機に向かって魔力砲を放つ。
10機やそれ以上の航空機の編隊に囲まれると、グラディエーターの機動力では対処することが出来ない。
故に、航空戦力と併用して出撃することが基本なのだが、この戦線はウェスティンレオーネが単独で守っている戦線であり、既に兵器が枯渇、当然航空機も殆ど失われている状況であるのだ。故に、グラディエーター単独でも問題なく出撃が可能な程度しかウェスティンレオーネは航空機を出せないでいた。
「さて、次は下だな」
敵戦車に狙われない様に上空に留まったまま、彼は砲口を下に、敵歩兵や戦車が防衛戦を繰り広げている地点に向けた。
独特の駆動音で機体を唸らせながら、グラディエーターは、機体に積まれている燃料から魔力を抽出し、砲口に集中させていく。
そして、一瞬の衝撃の後、砲口の先にある地面から轟音と共に、巨大な土煙が立ち上る。
旋回し、少し位置を変えて、同じように再び砲口を地面へと向ける。
そこに、ウェスティンレオーネの放った対空砲が、掠めた。
続いて衝撃。
「やば」
恐らく大丈夫だとは分かっていても、被弾すると焦ってしまうな。
そんなことを考えながら、彼は息を整える。
あの程度の対空砲なら、落とされることはない。
「よし」
彼は再び砲を撃つ。
轟音。煙。
一方的な蹂躙だった。
これさえあれば簡単に戦争に勝てる。
クルシュヴィッツは、そう確信していた。
今は、量産体制が完全に整っておらず、機体数が少ない。だから、全戦線に投入して、ということは出来ていないが、いずれそれが可能となれば、オストレオンが世界を征することも出来るんじゃないかと、彼は、浮かれた気持ちで考えながら、蹂躙を続けていくのだった。
ーオストレオン帝国 上空ー
「後少しだな」
アベルは、窓外の景色を見ながら、そう呟いた。
飛空船は、魔力を使って出来る限り浮上し、地上から見た場合に、遠近法でその巨体をカモフラージュ出来るように飛んでいるところだった。
飛空船には、帝国軍のマークが付けられていたので、それもカモフラージュに役立つだろう。
「飛行船...?」
そんな思惑を持って飛行しているアベルらの真下で、畑仕事をしていたその男は、上空を飛ぶ、帝国では余り目にすることのない飛行船を見つけたので、作業の手を止めて、物珍しそうにそれを見つめた。
「一応報告しとくか」
彼は鍬を置き、"連絡員"の下へと向かうことにしたのだった。
ーオストレオン帝国 某所ー
「とんでもないもんを持って帰ってきたな」
ローベルトは、アベルらが乗って来た飛空船を見て、同じく出迎えに来ていたエミリアと共に、唖然としていた。
大きな木々が生い茂り、山々が聳え立つその土地に、自由連合軍は新たな拠点を構えていた。
「それにしてもよくこんな場所を見つけたな。ギリギリで飛空船を収容出来る洞穴がある場所なんて」
「この一年、帝国の監視が緩い場所を徹底的に洗い続けてきましたから」
隣に立つエミリアが、そう説明する。
アベルら、飛空船から降り、出迎えに来ていたローベルトらの下へと向かう。
「やあ。ローベルトさん。エミリア。首尾はどう?」
「問題なく、構成員の移動は終わりました。アベルさん達で全員ですよ」
「そうか。ありがとう。ローベルトさんも無事で良かった。金は売れましたか?」
「ああ、あれから一週間も経ったんだ。さすがに売れたさ」
「ありがとうございます。後で成果を見せてくださいね」
二人をそう労ったアベルは、そのまま彼らと共に、新たな拠点となった洞穴の奥へと向かう。
「うん。やはり思った通り、悪くないね」
アベルは、奥へ到着し、構成員がそれなりにスペースを持って過ごせていることを確認し、満足そうに頷いた。
「さて、アベル。これが金を売り払って出来た現金だ」
着くなり、ローベルトが金を換金した成果をアベルに渡した。
「お、思ったより高く売れたんだね。そんなに大きくはなかったのに」
「質が良いんだとよ」
ローベルトの説明に頷きながら、アベルはケースに並べられた分厚い札束を数えていく。
「しかし、全部換金して良かったのか?残しておくべきだったんじゃ」
「勿論、現物もある程度残しているよ。これから直ぐに入り用になるだろうから、半分程換金したのさ」
「ほう?」
「うん。よし。じゃあこれ、半分はローベルトさんが管理してくれ。あの飛空船もそうだし、我々が所持している武器もある程度整備しなきゃならんから」
「なるほどな。了解した。他に技術者はいるか?」
「エミリアにリストアップをお願いしといたから、悪いが彼女と一緒に探しにいってくれ」
アベルは、もう半分の札束を再び仕舞いながら、指示を出す。
「ローベルトさん。此方です」
エミリアは、リストアップした紙を彼に手渡した。
「OK。じゃあ、お願いするよ。エミリア」
「ええ、行きましょう」
そうして、エミリアとローベルトは拠点内にいる、技術者達を探しに奥へと向かっていった。
それを待っていたように、シモン=カドロフスキが書類の束を携えてやってきた。
「アベルさん。ナジェルノスクの件、アベルさんがマッケンゼンから手に入れた情報含め、調査結果を纏めました」
「ああ、ありがとう。他に報告はあるか?」
「今のところはありません」
シモンは答えながら、書類をアベルに差し出す。
「読んでおくよ。すまないね。わざわざこんなことを」
「いえ、私達も気になってたことですから」
では、これで。と、シモンは再び持ち場へと戻っていった。
それを見届けたアベルは、彼から手渡された書類を、ゆっくりと手にし、【ナジェルノスク及び、ヤゲノ解放軍幹部、最高司令官に関する情報】と題された表紙を捲り、その文章を読み始めた。
書類の内容を要約すると、こうだ。
ナジェルノスク、ヤゲノ解放軍本拠地であった街は現在、大部分が解体され、奴隷を使った"工場"とそこの燃料と奴隷を収容する収容所へと作り替えられている。
残った街の一部は、親衛隊らの宿舎として利用されており、帝国式の宿舎へと順次建てかえが行われていること。
そして、それら工場や建設の労働力、燃料として使われている者の多くは、旧ヤゲノ解放軍メンバーであること。
最後に幹部達の一部の消息は不明であり、V.Bは死亡が確認されている。
等といった内容であった。
アベルは、改めて突き付けられていた。
自分が逃げ出したことが大勢に影響を与えたわけではない。
しかし、彼らを見捨てたという事実を、改めて突き付けられたのだ。
「分かってはいたが...キツいな..」
彼はそう独り言ちる。
書類には、ナジェルノスクの警備体制は他の工場よりも強力であり、帝国に仇なした者達への報復の姿勢と、そこを再び帝国にとっての汚名の地としないための覚悟を感じられる程のものであることが読み取れた。
襲撃は、現実的ではなかった。
それに、元仲間だからといって優先的に助けようというのもおかしな話だ。
他にも何万、何十万という人々が奴隷とされているのだから。
だが、せめて、知っておくべきだと彼は考えたからこそ、ヤゲノ解放軍の末路を調べさせたのだった。
アベルは、書類を閉じて、近くにあった椅子へと腰かけた。
「本当は、俺もここにいたのだろうな」
そして、噛み締めるようにして呟いた。
「俺は、俺の選択の責任を取るだけだ..」