飛空船を入手してから3日経ったが、特に大きなニュースになるわけでもなく、帝国の新聞に、小さく、【MdV本社で事故?航空機炎上か】という記事が掲載されたのみで、帝国軍や親衛隊に特異な動きもなく、平穏そのものであった。
アベルも、警戒は続けつつも、エミリアやシモン、ジャックらと、次の計画を練り始めていた。
「今のままだと戦力不足が否めない。戦力、特に人員の確保を優先したい」
アベルの提起に、エミリアらは頷く。
「ですね。1000人程度ではさすがに少なすぎます」
「そこでだ..」
アベルが口を開いて直ぐ、会議室の扉がノックされた。
「どうした?」
アベルが応えると、ガチャリと扉が開けられ、連絡係の男が少し困惑した様子で入ってきた。
「その、アベルさんにお会いしたいという人が、来ています。見張りから連絡がありまして..」
「私に?」
アベルもその言葉を聞き、困惑したようだった。
当然だ。誰も知らない筈の場所に、アベルを訪ねてくる者などいるはずがないのだ。
帝国軍や親衛隊ならば、強襲すれば良い話。丁寧に訪ねてくる必要はない。
誰だ。
アベルは、正体不明の来客にどう対処すべきか思考を巡らす。
「.....会おう」
少しの沈黙を挟み、アベルはそうポツリと言った。
「よろしいのですか?」
連絡係が不安そうに確認する。
「構わん。ただ、何人か武装させて、この部屋に呼べ。来客もここに来てもらう」
「直ぐに伝えます」
連絡係が走り去ったのを見届けたアベルは皆に向き直り、言った。
「悪いね。勝手に。だが、丁度良い。俺だけで来客の判断を下すのも難しいかもしれないし、協力してほしい」
「それは勿論良いけどよ。いいのか?いきなり拠点に呼び込んじまって」
ジャックが怪訝そうに言う。
「どうやってここを知ったのかは分からないが、帝国軍では無いだろうし、何かしら帝国とは折り合いの悪い連中の可能性が高い。だから、大丈夫さ」
そこに、丁度、アベルが命じた通りに数人の武装したメンバーが入室する。
「こうして、一応警戒もしてるしね」
そこから、二、三分程経過した頃、会議室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「お客様をお連れしました」
先程の連絡係は、そう丁寧に扉を開けた。
そして、その後ろから、連絡係に案内される形で、農民の様なラフで、フォーマルとは程遠い服装をした、青年とも中年とも言えそうなくらいの年齢だろう男が、入ってきた。
「この様な格好で申し訳ありません。帝国軍に目をつけられないようにするには必要なカモフラージュでして」
服装からは全く想像も出来ない程に、慇懃な調子で、男は、アベルらにそう謝罪した。
「さて、名乗るのが遅くなりました。仮名、いや、コードネームで失礼致しますが、私、Falke(鷹)と申します。本日は、さるお方の命を受け、自由連合軍の皆様とコンタクトを樹立するために、やって参りました」
男の自己紹介が終わったことを確認し、アベルは男、Falkeに席を勧めた。
「では、失礼して」
Falkeが着席し、数秒、アベルが口を開いた。
「まず、お尋ねしたい。Falkeさん。貴方は、何処の組織のお方ですかね?」
「民主レオニカ」
Falkeの答えに、室内はざわめいた。
「民主レオニカ..というと、帝国人による反帝国組織では最大規模の..?」
「ご存知でしたか」
驚いた様子のエミリアに、Falkeはニッコリと笑いかけた。
「民主レオニカともあろう大組織が、我等に何用なのでしょうか?」
シモンは、そう怪訝そうに言ったが、険しい顔をしたアベルにジェスチャーで押し止められる。
「その前に、聞いておかねばならないことがあります」
「何でしょう」
「何故、ここが分かった?何処からの情報だ?」
室内にいる者達は、ハッとした表情で、Falkeへと視線を向けた。
「ああ、それですか。簡単に言うと、我々の協力者が、皆さんの飛行船が飛んでいるところを見つけ、飛んでいった方角を連絡してくれたんですよ」
「それには、帝国軍のマークが着いていた筈だ。簡単に、ではなく、しっかりと答えて頂きたい。これは、我々にとっての死活問題なのです」
飄々とした、Falkeの答えに対して、アベルはものがものだけに、少し苛立ちを漏らしながら問い詰める。
「簡単なことです。我々は反逆者ですから、当然、各地に協力者がいて、帝国軍の動きを逐次監視しています。勿論、空もね。そこに、見覚えのない飛行船が飛んでいるのを見つけた。だから、見つけた協力者は、連絡をした。新兵器かもしれない、とね。そして、飛んでいった方角から協力者の目撃情報を辿り、後は、しらみ潰しですよ。巨大なものを隠せそうで、帝国の施設が近傍にない場所を探させ、見つけた。というわけです」
Falkeはそこまで一気に語り、あ、と思い出したように、更に付け加える。
「帝国軍にバレる心配はないですよ。彼らは、部隊や軍同士の機密を詮索しないことが鉄則ですからね。見覚えのない軍の紋章の付いた飛行船も、どこかの部隊の所属だと判断するでしょうから」
その事はアベルも分かっていた。だが、もしそれに効果がなかったのだとしたら、という嫌な想像がよぎったのだ。
そして、それは思い過ごしであったようだ。
「しかし、よく手に入れられましたね、軍の紋章なんて。今申し上げた特性のこともあって、軍は軽々に紋章を発行もしないですし、相当な汚職家でも融通してくれないものですのに」
「それは、機密です」
アベルは、最大の懸念が解決し、少し余裕を取り戻していた。
「そうだ。悪いね、君たち、今からは外で待機しておいてくれないか?」
もう大丈夫だろうと判断したアベルは、室内に待機させていた武装構成員らを下がらせた。
「お待たせしました。では先程、遮ってしまった質問のことですが」
「ああ、我々、民主レオニカが何用か?ということですね」
Falkeの冗談めかした言葉に、アベルは少し笑いながら頷く。
「勿論、協力のお願いですよ」
「協力?」
想像もしていなかった申し出に、アベルらは皆、驚きを隠せなかった。
「協力というと...」
「同盟のようなものです。最終的には、合流も視野に入れています」
「合流!?」
ますます彼らの驚きは大きくなる。
「何故、我々と?」
アベルは驚きつつも怪訝さの浮かぶ顔で尋ねた。
「一重に、貴殿方の理念です」
「理念、というと、民族関係なく、帝国に虐げられし全ての者を解放するというところに、ですか?」
「ええ、正直に申し上げますと、我々に必要なのは、諸民族の支持なのです。帝国人、レオニカ人の数だけは揃っています。しかし、それ故に、他の民族からは信頼されていない」
Falkeの説明に、アベルは得心が行ったというように頷いた。
「なるほど、だから、我々の名前が欲しい、と?」
「言ってしまえばそうなります」
「ふうむ。しかし、我々にそれほど支持が集まっているのですかね?確かに夜中に電波ジャックはしましたが、夜中ですし、聞いていない者の方が多いでしょう。恥ずかしながら、我々は組織の人員に余裕がないので、まだその辺りの調査は出来ていませんでしてね」
「噂は広まっていますよ。間違いなく。少数ながらですが、帝国人でない者も我が組織にはいますが、非帝国人にもある程度噂が広まっていることは確認済みです」
アベル以外の面々は、それを聞き、少し嬉しそうにした。
「それだけ噂が広まり、ある程度支持が集まっているのならば、今の状況での合流は、貴殿方にとっても、我々にとっても、良くないかもしれませんね」
「なんでだ?」
ジャックが、思わずといった調子で口を挟んだ。
「人数比の問題がある。今、合流したとして、ほぼ間違いなく、民衆には、我々が民主レオニカに吸収された様に映るだろう。そうなれば、帝国人への嫌悪、憎悪が増しかねないし、我々は帝国人に屈したと受け取られかねない」
アベルのジャックへの説明を、Falkeは、満足そうに聞いていた。
「さすがは、ボスの見込んだ組織の長だ」
誰にも聞こえない声で、Falkeはそう呟いく。
「民主レオニカ側は、その辺りをどうお考えになられているのですか?」
アベルは、再びFalkeに向き直った。
「勿論、吸収、と受け取られることは我々も望んでいません。故に、まずは同盟関係となることを提案させて頂いたのです」
「なるほど。同盟なら問題はないですね」
「ええ、そして、まあこれは先の話ではありますが、ご懸念を払拭するためにお話させて頂きます。合流の際には、名目上のトップは、貴方に、アベル殿に勤めて頂きたいと考えています」
「名目上は?」
「はい。勿論、トップの一人となってもらうのですが、アベル殿と権力を分け合う形のもう一人のトップとして、現在の我々のボスが着く、という構想です」
「つまり、非帝国人代表の私と、帝国人代表の其方のボス、というわけですね」
「ええ、これならば、吸収とは受け取られないでしょう。如何ですか?」
Falkeの問いかけに、直ぐには答えず、アベルは目を閉じ、考え込む様子を見せた。
「...お断りします」
ゆっくりと目を開いたアベルの口から出た言葉は、Falkeを、いや、会議室にいる全員を驚かせる一言であった。