「お断りします」
アベルの答えに、会議室に居合わせた全員が驚いた。
誰の目に見ても、乗り気であったからだ。
「い、一体何故でしょう..?」
Falkeは、困惑しながらも、どうにかそう尋ねることが出来た。
その様子を見たアベルは少し申し訳なさそうに、笑った。
「申し訳ない。半分は冗談です」
「冗談?」
ジャックが呆れたように言う。
「半分、とはどういう..?」
Falkeは、尚も困惑した様子だ。
「其方の案をそのまま呑むことは出来ない、ということです」
アベルの言葉に、Falkeは、嫌な想像を脳裏に浮かべた。
まさか、権力を分け合う形でなく、完全にトップ、独裁でなければ、満足しない、ということか?
いや、そんな身の程知らずには見えない。権力欲が強いようにも。ならば、何故。
Falkeは、脳をフル回転させたが、答えを出すことは出来なかった。
しかし、考えずとも、アベルは、答えを話し出すのだった。
「非帝国人の代表として、私、でしたね?」
「ええ」
「私一人が、帝国人以外、全ての人の代表、ですか」
Falkeは、ハッとした。
どうやら、彼は、アベルの言わんとこしていることを察したようだった。
「帝国人、レオニカ人は、レオニカ人だけの代表がいるのに、他にはいない。これでは、非帝国人全てが合わさって漸く、帝国人と対等だと言っている様なものではないですか?」
「.....!!」
他の者達も気が付いたようだった。
「ごもっともなご指摘です...」
Falkeは、恐縮すると同時に、安心もしていた。やはり、身の程知らずなどでも、独裁者となることを望む者でもなかった、と。
「どうでしょう。帝国を倒すまでは、実質的に、私と、其方のボスが組織を動かすことに異存はないです。ですが、形式上のトップは、別の機関を作る、というのは」
「と、もうしますと..?」
「各民族の代表一名ずつによって構成される、民族を横断する評議会、を、組織の頂点に置く、というものです」
貴殿方の、とアベルは続ける。
「戦後の、帝国打倒後のビジョンがどの様なものかは存じ上げませんが、役に立つと思いますよ、民族の代表を集めた合議機関は。少なくとも、私の、我々の描く戦後には、必要な存在です。貴殿方が接触してこなくても、いずれ設置するつもりでしたから」
今度は、Falkeが思案する番だった。
此方の案の問題点を改善した良案だ。
その上、元から構想していたと来ている。
設置もスムーズにいくだろう。
断る理由もない。しかし...
さすがに、これは、私の一存では決められない。
Falkeは、アベルにしっかりと目を合わせながら、言った。
「申し訳ありません。これは、私の一存では判断しかねます。持ち帰り、検討させて頂けないでしょうか?」
「勿論です。しかし、貴殿方のボスなら賛同してくださると信じていますよ」
アベルはニッコリと笑いかけ、席を立って、Falkeへと歩み寄る。
そうして、手を、彼に差し出した。
Falkeは、それを握り返し、二人は、固く握手を交わすのだった。
一週間後
アベルは、再びやって来た民主レオニカのFalkeに案内され、オストレオン帝国本土のリベラシュタットという街に来ていた。
正式に協力体制を構築する会合のために。
この一週間、アベルは、共に話を聞いていたエミリアらと共に、メンバー達への説得に費やしていた。
合流には難色を示す者達も多かったが、先ずはお互い信頼を醸成するために同盟関係となる、という点には殆ど反対は出なかった。
今のままでは戦力不足であることなど、皆、分かりきっていることだったからだ。
Falkeの側も、他の幹部達や、ボスである、エルンスト=ヴェルナーに、アベルの出した条件を提示し、組織内で議論を行っていた。
それらに決着が付き、こうしてアベルを呼んだというわけだ。
「この街に本拠があるので?」
「ええ。我々が長い時間をかけて作り上げた拠点です」
Falkeに先導されながら、街を歩くアベルであったが、歩く内に幾つもの違和感を覚えた。その内の一つ、喫緊の懸念となった違和感を口にする。
「街の中心部に向かっていませんか?」
「よくお気付きになりましたね。その通りです」
「危険では?迂回しないのですか?」
「必要ありませんよ。目指す場所がそこなのですから」
アベルは背筋に冷たいものを感じていた。
騙された?
嫌な想像が否が応でもよぎってしまう。
帝国軍や親衛隊の戦力なら、わざわざ迂遠方法を使わずとも、自由連合軍を殲滅出来る。
故に、その可能性はほぼないと排除していた。
しかし、もし、その迂遠な方策で、我々を追い詰めに来ていたのだとしたら。
「......」
アベルが急に黙りこくり、神妙な面持ちとなっていることに気が付いたFalkeは、笑いながら、言った。
「安心してください。貴方の想像している様な状況ではないですよ」
アベルは、それを鵜呑みには出来なかった。
逃げるか。いや、今更遅い。もし嵌められているならば、ここで逃げることなど出来ない。ならば、一か八かに賭けるか。
どうするべきかをぐるぐると考え続けるアベルと少しいたずらっぽい笑みを浮かべているFalkeは、その後も街の中心へと向かっていき、ついには、街の中心広場、そこに建てられた威厳を感じる設計の、市役所の前へとたどり着いたのだった。
「さ、此方です」
Falkeは、堂々と役所へと足を踏み入れる。
そして、受付の女性に、「市長に例の客を連れてきたと伝えてくれ」と伝えた。
「承知しました」
女性は、受付の電話機を回し、Falkeに言われた通りに伝えたようだった。
「では、市長室へどうぞ」
「ありがとう」
女性に手を振り、Falkeは、アベルを手振りで誘導する仕草をした。
「此方です」
アベルは、頭がこんがらがってしまっていた。
市役所?市長?客?何がどうなっている?
やはり、罠だったのか?
いや、罠にしては...
「市長、お連れしました」
Falkeの声に、アベルは思考を引き戻される。
「入っていただきなさい」
Falkeが声を受けて、扉を開ける。
アベルは、覚悟を決めた。
「失礼します」
いつでも動けるように、警戒しながら入室したアベルだったが、それは杞憂に終わる。
室内を見ると、スーツを着込んだ、壮年の男性が一人、立っているだけだった。
武装した親衛隊も、国防軍もおらず、そこには、ただ一人の男が、立っているのみだったのだ。
「ようこそお越しくださいました。私は、エルンスト=ヴェルナー、民主レオニカの代表です」
アベルの警戒は、そのまま驚きへと変換された。
「貴方が...?いや、市長だと...ええ..?」
Falkeはその様子を可笑しそうに見ていた。
「Falkeくん。君、伝えてなかったのかね?」
怪訝そうにヴェルナーは、言う。
「ええ。すみません。インパクトは大きい方が良いと思いまして」
「はあ。まったく」
溜め息をついたヴェルナーは、ニッコリと笑い、アベルに手を差し伸べた。
「驚かせてしまって申し訳ない。私は、この街を治めている貴族で、エルンスト=フォン=ヴェルナーが本名だ」
「じ、自由連合軍のアベル=オイゲンです」
おっかなびっくりな様子で出されたアベルの手を、ヴェルナーは固く握りしめる。
「さあ、お座りください。早速本題に入りましょう」
アベルはまだ驚いてはいたが、、どうやら親衛隊や国防軍の罠では無さそうだとも感じ、冷静さを取り戻しつつもあった。
「さて、Falkeが持ち帰ってきた貴方の提案ですが、我々としてもそれが望ましいという結論に達しました」
「本当ですか!ありがとうございます」
「いえ、礼を言うのは此方の方だ。我々は反省しましたよ。あれだけ総帥共を嫌っていながら、心根では差別感情を抱いていたのか、とね」
「民族横断評議会を設置して頂けると言うのであれば、私にはもう拒む理由はありません」
「では、決まりですな」
ニヤリと、ヴェルナーは笑う。
「ええ、先ずは同盟の締結といきましょう」
二人の話が纏まったので、部屋に恐らくヴェルナーの秘書が、書類を持ってきた。
「これに署名をお願いしたい」
「ええ。しかしその前に条文を読ませて頂きますよ」
「勿論です」
アベルは、慎重に条文を読み進め、全て読了すると、満足気に頷いた。
そして、二人が順に、その書類、同盟を定めた条約文に署名し、"民主レオニカ"と"自由連合軍"の同盟は成立したのだった。
「ところで、市長と反乱組織のボス、二重生活でお身体は大丈夫なのですか?」
条約締結後、休憩を、とヴェルナーに茶を勧められたアベルは、今まで飲んだこともない高級茶葉を味わいながら、ふと、尋ねてみた。
「ああ、そうでした。Falkeのやつが話してなかったんでしたね」
同じくカップを持ち、寛いだ様子のヴェルナーは、そう言って立ち上がった。
そして、窓へと近寄り、ブラインドをさっと引き上げる。
「この街全てが、我等のテリトリーなのですよ」