「街が...?」
「ええ、確かヤゲノ解放軍という組織は、一から街を作り上げたりしていたらしいですが、それともまた違います」
ピクリと、アベルは解放軍の名に反応したが、無反応を装った。
「私の先代、父は、総帥の熱狂的支持者でした。故に、奴が政権を握ってからも、この街の支配権は、我が家のものであり続けたのです。しかし、私は総帥が、奴が嫌いでした。その思想も、やり口も、奴の作った体制も、全てが。そして、父は、10年前に死にました。その頃には、私は既に反乱組織を作り上げていました。父によく従い、総帥の支持者のふりをしていたので、無事に後継にもなれた。そして私は考えました。この街を全て、奴から解放された場所にしてしまおう、と。それからは、帝国に目を付けられないよう、組織には大規模な活動を控えさせ、代わりに、じわじわと街へと構成員を浸透させて行きました。信頼の置ける構成員を選ぶ必要があり、多くの時間を費やしました。親衛隊や国防軍の面子も、異動させましたよ。余り大きな街ではないので、数百人程度でしたが、あれは本当に大変だった。人事に何度も何度も介入したわけですから、一つ間違えば、全てが終わっていました。しかし、賭ける価値はあった。成功すれば、我々の行動に大幅な自由が生まれると考えたからです」
ヴェルナーの語りを、アベルは驚きを持って、受け止めていた。
「しかし、前から住んでいた住民はどうされたのです?」
「一部は勧誘し、一部には、色々細工をしましてね。"移住法"も制定されてた時期だったので、長く住んでいる住民は、出ていかせやすかったですから」
「それで、全住民が構成員になった、と?」
「いえ、全人口3万7698人の97%までしか完了はしていません。とはいっても、残る住民も、帝国を無条件に信奉している人間でないことは分かっていますが」
「凄い..」
アベルはそのスケールに圧倒されるばかりであった。
ヤゲノ解放軍は、一から街を作り上げたが、彼らは、街を入れ替えたのだ。
自分達の構成員へと。
そんなことがあるのだろうか。
だが、そうであるならば、全ての筋は通る。
街中で見かけた親衛隊員は、みたこともない程、住民にフレンドリーであったし、Falkeに案内されている、どう見ても余所者なアベルを警戒している様子もなかった。
そういうことだったのか。
にわかには信じがたい話だったが、この街で経験した全てが、それを裏付けていた。
「アベルさんらも、いつでもこの街へお越しください」
「しかし、さすがに非帝国人が入るのは不味いのでは ..」
「帝国人かそうじゃないかなんて見た目じゃ分かりませんよ」
ヴェルナーはそうアベルの懸念を笑い飛ばした。
「ありがとうございます。ヴェルナーさん」
「こちらこそ、アベルさん」
二人はもう一度握手をした。
そうして、その後も暫く情報交換等を行い、アベルが市長室を後にしようとした時だった。
ヴェルナーは、最後に一つお願いが、とアベルを呼び止めた。
「アベルさん。私の本名は、組織でも、一部の幹部にしか明かしていません。アベルさんの、自由連合軍で私のことを共有される際には、本名を伝えないようお願いします」
「勿論。では、コードネームがあるなら其方を教えて頂いても?」
「Mensch」
「人、ですか?」
「ええ。意外ですか?」
「少し。私を案内してくれた方はFalkeでしたし、動物に関連したものかと」
率直な感想をアベルは告げた。
「人間も動物ですから」
ヴェルナーは、そう笑った後、アベルにこう尋ねた。
「アベルさん。獅子の天敵は何だと思いますか?」
「ハイエナ、ですかね?」
「そうですね。野生動物ならそうだ。しかし、それも絶対的な天敵ではない。獅子が撃退してしまうことだってある」
しかし、とヴェルナーは続ける。
「人間は、人間が、数多く集えば、あるいは道具を用いれば、獅子に勝てる。人間が積極的に獅子を狙えば、奴は一溜りもない。故に、私はMenschなのです」
この名には私の信念を籠めたのです。と、彼は語気を強める。
「仲間を募り、計略や、自身の権力、ありとらあらゆる道具を使い!必ず、オストレオン帝国を、ふんぞり返った残虐なる獅子を、引摺り降ろす、という信念を!」
ヴェルナーと別れたアベルは、市役所を去り、再びFalkeに案内され、街を歩いていたのだが、信念を語るヴェルナーの気迫が彼の脳裏に焼き付いていた。
強い想い。怒り。
正直、燃料とされ、奴隷とされてきた非帝国人の怒りに、帝国人反乱組織が敵うはずがない、と彼は考えていた。
しかし、アベルに負けない、いや、もしかするとそれ以上の怒りを、強い想いを、ヴェルナーは抱いていた。
一体何故、あそこまでの想いを抱くことになったのか、そう、思わず聞いてしまいそうになるほどだった。
だが、当然、それ程の想いを抱いているのだ、相応にプライベートな問題でもあるだろう。
まだ、それを聞けるほどお互いを信頼しあってもいないし、そこまで図々しくもない。
だから、理由はわからない。
分かることはただ一つ。
彼は、本気で、今の帝国を倒す、いや滅ぼすつもりだということだ。
そして、アベルにとっては、それだけで充分なのであった。