ウェスティンレオーネは降伏した。
全土をオストレオンに占領され、抵抗が不可能となったからだ。
首脳陣は、首相を除いて、ジェルト=ケッチ連合王国へと退避し、亡命政府を形成。首相であるエルヴィン=フォン=リッテンバウムは、最後まで臨時首都に残り、軍と共に戦った。
そうして、彼は捕縛され、オストレオンによる"裁判"にかけられることとなった。
他の首脳と共に、ある程度の軍部隊も退避したが、殆どは、国と運命を共にした。
オストレオン帝国は、レオン亜大陸の大部分を制圧したのだ。彼らは、近い内に、1500年ぶりに、レオン亜大陸を統一する国家となるだろう。
東西レオンの統一を機に、トイフル=シュナイダー総帥は、宣言した。
オストレオン帝国の国号を、かつて古代に、レオン亜大陸を統一し、亜大陸の地名の由来となった国の名へと変更することを。
"レオン帝国"
1500年前に、東西、そして幾つかの国へと分裂し、それ以来統一されてこなかったこの地に、再び古代の帝国が、復活したのだ。
ただ、この新たなレオン帝国は、古代レオン帝国と大きく違うことがあった。
それは、異民族に寛容か否か。
古代レオン帝国の、世界市民主義的価値観は忘れ去られ、人種主義と、排外主義的ナショナリズムだけが支配する、国土だけが似ている、空虚な帝国が、誕生したのだった。
そして、オストレオン帝国、いや、レオン帝国は、1ヶ月の間、祝賀ムードに沸いた。
初めの一週間は、国の何処でも毎日の様に祭りが開かれ、多くの祝賀会が開かれた。
その後も、国民の多くには、楽観的な気持ちが広がり、直ぐに戦争は終わるだろうという見通しが大半となっていた。
しかし、一月経っても、戦争は終わらなかった。
それどころか、ジェルト=ケッチ連合王国は、新たに宣言を出した。
決して降伏しない、と。
徹底抗戦を、彼らは覚悟したのだ。
そうして、国民の間に広がった祝賀ムードは萎んでいき、帝国の勝利に水を差した、ジェルト=ケッチへと怒りの矛先が向くこととなった。そもそもが、オストレオン帝国の侵略活動が招いた事態なのだが、それを指摘する者は、殆どいなかった。当然、公然と指摘した者は、逮捕される、という事実もあるのだが。
その怒りを元手に、トイフル=シュナイダー総帥は、とある作戦を実行に移す。
かねてより、計画していた、レオン帝国、一世一代の大海上作戦を。
【ヴァルクレイ作戦】
古代レオンにおいて崇拝されていた14柱の神の内、勝利を司る神、の名を冠したその作戦は、レオン帝国の海上戦力を占領したウェスティンレオーネの港に集結させるところから始まった。
集められた戦艦、開発されたばかりの航空母艦、駆逐艦、そして、大量の輸送艦。
そう、ジェルト=ケッチへの上陸を、レオン帝国は狙っているのだ。
まずは、第一段階として、別途集められた航空戦力による、連合王国本土への爆撃が始められた。
これは、おおよそ成功を収めた。
港湾設備、航空基地、軍需工場、多くの施設の破壊に成功した。
工場を狙う過程で、連合王国市民にも大きな被害が生まれたが、レオン帝国は気にしていなかった。
そこから暫く、連合王国の継戦能力を奪い、市民の抗戦意思を削ぐために、連日、一月近くに渡って爆撃を続けた。
だが、連合王国市民は折れなかった。
むしろ、彼らもついに、直接的な被害を被ったことで、士気は高まった。
継戦能力も、ある程度はダメージを受けたが、連合王国は南方の大陸や、その他の地域に、幾つもの植民地を有しており、持ち前の海運能力もあって、致命的なダメージとはならずにいた。
そこで、レオン帝国は、総帥の指示に基づき、連合王国艦隊と決戦を挑むこととした。
これに勝利すれば、連合王国はジリ貧となる。
新造されたばかりの航空母艦一隻を加え、空母四隻、戦艦十二隻、駆逐艦三十隻の大艦隊でもって、レオン帝国海軍は、連合王国艦隊の待つ、ウェスティンレオーネと連合王国本土を隔てる、バーラト海峡へと向かうのだった。
ーバーラト海峡ー
「司令長官殿」
部下に呼ばれたレオン帝国海軍、ヴァルクレイ作戦臨時艦隊司令長官の、バレル=フィッシャーは、睨んでいた海図から顔を上げた。
「どうした?」
「偵察機が、敵艦隊を発見しました。種々の報告を総合すると、航空母艦七隻、戦艦十三隻、駆逐艦二十八隻であるとのことです」
「!....距離は?」
「40海里とのことです」
「間もなくだな..総員に配置命令!現在の速度を維持しつつ、直進!艦載機は即時発進!」
「はっ!」
フィッシャーは、再び海図に目を落とす。
「さて、敵さんの方が数は多いな。だが、戦艦と、駆逐艦の数では勝っている。勝機はあるはずだ」
彼、いや、レオン軍の殆ど、連合王国を除く世界の殆どは、まだ空母の威力を確信してなどいなかった。
本格的に使用された事例のないまま、この大戦が始まったからだ。
航空機発艦命令をフィッシャーが下したのは、あくまでも作戦で事前に決められていたからであり、彼自身の判断ではなかった。
彼は航空機の役割は、偵察や、せいぜい艦隊決戦の補助が、関の山だと踏んでいた。グラディエーターを搭載すべき、という意見もあったが、海戦には不要であるという意見が多かった。海戦の行方を決定するのは、あくまでも戦艦であり、砲。その主張が通り、無意味に積載量を増やすグラディエーターは必要なし、と結論付けられたのだ。
しかし、先見の明を有していたのか、はたまた研究によるものかは分からないが、空母を推した将軍と、それに賛同した幾らかの将校の要望で、接敵前に航空機を発艦させることで合意もしていた。
それ自体には軍事的合理性があると判断されたのだ。
その航空機と空母が、決戦の行方を制するとは、夢にも思わない人が大半であっただけであった。
そしてそれが、海戦の命運を決したのだ。
「航空機発艦しました」
「よし。まあ、駆逐艦の数でも減らしてくれれば上々だろう。後は敵戦闘機の排除と」
フィッシャーは、来るべき艦隊決戦に備えて、準備を整えつつあった。
彼の艦隊も、彼と連動するかのごとく、決戦の準備を整えていく。
彼が、司令塔へと向かおうとしたタイミングで。報告がもたらされた。敵艦隊の接触の報などではなかった。
「長官殿!緊急です!敵航空機が、我々の艦隊へと向かってきます!!」
「何!?」
彼が、艦長室から飛び出し、甲板へと向かおうとした時、腹の底から響くような、腹を食い破るかのような、轟音が、艦内に響き渡った。
「なんだ!?」
続いて大きく艦が揺れる。
「敵による爆撃の可能性があります...!」
部下の報告を、彼は信じることが出来なかった。
今の音は、どう考えても砲弾が直撃した音だった。
バカな。飛行機ごときが、戦艦を?
第一、滞空兵装は施してある。
そこまで近付かれたのか?
フィッシャーは、纏まらない思考と共に、司令塔へと出た。
「何があった!?」
彼は、艦長に、尋問するように詰めよった。
「隣を併走していた、戦艦"グロースブライト"が、ご覧の通り、大破!恐らく、このまま沈没するでしょう!」
艦長の指が示す先を見たフィッシャーは、混乱を隠すことが出来なかった。
「旗艦であるこの"ヴィクトーリオ"と同規模だぞ..?一体何があった。爆撃機か?」
「はい!しかし、驚くべきは、奴らは直接戦艦に爆弾を叩き込んだわけではないのです!」
「魚雷か!?」
「はい仰る通りです!...我々の対空兵装では届かない距離から、発射されたようでして...!」
「航空機に魚雷など聞いたことがない...」
フィッシャーは頭を抱える。
「第一、航空機を発艦させたはずだ。あれらはどうなった?何故爆撃機の突入を許したのだ!」
そこで、再び轟音。
「二機目!?」
「く、駆逐艦"ユーラシオン"大破...!」
「護衛戦闘機は何をしている!」
「空をご覧ください閣下...!」
艦長に指差され、彼は空を見た。
どうやら、先程の轟音で、彼は少し耳をやられていたらしい。
聞こえていなかったのだ、上空で繰り広げられている、蹂躙の音が。
「なんだあれは...」
なんとか空母や戦艦を守ろうと飛び回る、四十に満たない航空機に対して、敵は、六十は越えているであろう数で襲いかかっていた。
「バカな!?戦闘機を150は発艦させていたはず。どうやってあれほどの数が突破したのだ!!」
そこで彼は、先程の部下の報告を思い出した。
空母七隻。
子供でも分かることだった。
レオン海軍の空母は四隻。
絶対数が違いすぎたのだ。
「では、我々の航空機は...」
フィッシャーは、誰に尋ねるでもなく、そう呟く。
そうして、次々と爆撃機が襲いかかってくる。
フィッシャーは、思い知った。いや、思い知るしかなかった。
空母の優位性を。
そして、自らの敗北を。
「戦艦"ラインベルク"撃沈!」
「空母"ストレンベル"大破!」
「駆逐艦"リッテンハイム"小破!」
次々と届く報告は、自軍の被害。
そんな、絶望的な状況で、レオン海軍の艦隊は、連合王国艦隊とついに接敵する。
結果は、惨敗。
しかし、最後までフィッシャーは戦い抜き、撤退時も、殿として抵抗した。
最終的に、旗艦の喪失、司令長官の死亡。四隻の空母二隻の撃沈。駆逐艦隊の半壊。戦艦四隻の沈没、三隻の大破、一隻の中破、艦載機の九割を喪失という結果になった。
だが、連合王国も無傷ではなかった。
航空機の損耗は、四割、空母一隻の大破、後自沈。戦艦二隻の大破、駆逐艦三隻撃沈という、彼らにとっては想定以上の被害を受けたのだ。
こうして、バーラト海戦は終結し、レオン帝国はその海上戦力の多くを失うこととなった。
この敗北がきっかけとなって、レオン帝国が企図していた、ジェルト=ケッチ王国への上陸作戦、【ヴァルクレイ作戦】は、中断されることになったのだった。