レオン帝国は、レオン亜大陸の統一による興奮冷めやらぬ内に、アグロムノイ連邦へ、侵攻を開始した。
緊張の高まりは、それを予感させてはいたが、現実に実行するとは、信じられない類いのものであり、世界を震撼させた。この戦争の口実となったリストニック共和国は、直ちにレオン帝国に占領されてしまい、開戦から僅か一週間の内に、アグロムノイ連邦と、レオン帝国の一騎討ちの様相となる。
レオン帝国は、目的であるリストニックを制圧しても、進軍を弛めることはなく、アグロムノイの奥地へと侵攻していった。
グラディエーターを初めとする魔導戦力と、レオン亜大陸統一までの過程で、練度が高まった軍勢。これが、革命後の混乱で弱体化していたアグロムノイの軍とぶつかり、当然の如く勝利していく。アグロムノイの軍勢は、開戦直後の段階では、カルメリアや、連合王国からの支援が行き届ききっていなかったこともあり、連敗に連敗を重ねることとなった。
ーレオン帝国 某所ー
そんな、世界情勢が激変する状況下、アベルら自由連合軍の運命もまた、激動に呑まれようとしていた。
「.....どうやってここを嗅ぎ付けたんだ」
アベルは、目の前の男に、不機嫌そうにそう詰問する。
露骨な態度。普段のアベルならば、基本的には、そんな態度を、来客に対して見せることはない。
しかし、今回は仕方のないこであった。
「そう不機嫌にならないでください。アベル議長?」
アベルは、多くの同盟者を抱えるようになってから、当初構想通り、様々な民族の代表が参加する、民族横断評議会を設立し、議長となっている。
「不機嫌にもなるでしょう。どうして、レオン帝国軍の軍人、しかも、査閲本部長などという高位の人間が、我々との協力を申し出るのです。その上、我々の本部の場所まで知っていると来たものだ。ようこそ、と歓迎など出来るわけがないですよ」
そう、アベルの目の前に座っているのは、レオン帝国国防軍少将、ヨアヒム=ドーペルトなのだ。
突然、国防軍という、アベルらにとっては明確な敵が、突然訪ねて来たのだ。
しかも、本部に直接。敵視するなという方が難しいだろう。
「先程も申し上げた通り、私は、もう総帥に帝国を任せているわけにはいかないと考えている。故に、帝国に反旗を翻す貴殿方の協力関係を構築したいのだ」
尊大な調子で、ヨアヒムは、アベルに語る。
「何故、総帥を見限った?」
「親友を、殺されてね。それも理不尽な口実で。ついでに私は左遷された」
僅かに目を伏せ、ヨアヒムはそう答えた。
「どうやってここを知ったんです?」
アベルは矢継ぎ早に質問を重ねる。
もし、自由連合軍を陥れようとする帝国の策略ならば、ボロを出すかもしれない、と思ってのことだ。
「そのことも、警告しておかねばな。親衛隊、帝国軍、つまり、国防軍には既に噂が出回っている。君らが最近活発に動いているとね。そして、その噂から、私が仲間に独自に築かせた情報網やら、色々と活用して、目星を付けた地域を調べさせたら、当たったというわけだ。まあ、帝国軍か親衛隊がここを嗅ぎ付けるのも時間の問題だよ。私の情報網でも当たりを付けることが出来たのだから」
さすがに、どれも規模はさほど大きくはないが、あれだけ多くの組織と交渉を持てば、何処かから情報が漏れるだろうことは分かっていたので、そこにはアベルは余り驚かなかった。
むしろ、そんな噂レベルの情報からここを嗅ぎ付けたヨアヒムの情報網に、驚くばかりであった。
益々、不信感が募る。
帝国軍全体を代表しているわけではなさそうなことは分かる。もしそうならば、当にアベル達は死んでいるだろう。
だが、本当に総帥に反対する者なのかは確信が持てずにいた。
「もし、貴方が本当に、総帥に反対する帝国軍グループの首魁ならば、何故、わざわざ我々と協力を?軍事クーデターでも起こした方が早いのではないですか?」
「ああ、それなら簡単だ。二つ理由がある。まず、一、我々は国際的な正統性が欲しい。今のまま、クーデターを起こし、成功させたところで、国際的に信用されること難しいでしょう。しかし、他民族である君たちの支持もあれば、最小限のダメージでこの戦争を終わらせ、帝国を生き残らせることも出来るだろう。そして、二つめ、単純にまだ戦力が少ないこと。クーデターを起こすにしてもまだ規模が小さすぎる。故に、君たちと協力をしたいのだ」
アベルの、疑念を隠さない表情にも何ら感じる様子はなく、ヨアヒムは淡々と語っていく。
「つまり、貴方の目的は...」
アベルがそう投げ掛け、ヨアヒムは頷く。
「帝国を生き残らせること、だ。今のままでは、帝国は破滅にまっしぐら。今度こそ、レオン、いや、オストレオンという国が無くなってしまうだろう。それだけは、避けたい」
筋は通っている。
アベルは、ヨアヒムの話を聞きながら、そう考えていた。
だが。
「話は分かりました。ただ、私一人で、それを判断することは出来ない。少し時間を貰うことになります」
「構わない。元よりそのつもりだ」
鷹揚に頷くヨアヒムに向かって、アベルは最後にこう忠告する。
「ヨアヒム少将。我々を見下し続ける様なら協力は出来ない、ということをお忘れなく。貴方の帝国での地位など我々には知ったことではないし、我々は人種の平等を掲げている。貴方の態度を許容する理屈は存在しなません。これを、お忘れなきように」
驚く様子のヨアヒムを他所に、アベルは「次はありませんよ」と言いながら、連絡用の、何種類もある暗号の内の一つ、を、ヨアヒムに伝え、そのまま去るのだった。
会談の翌日、アベルは、ヨアヒムの忠告もあり、再び本部を移転することを決めた。
仮にヨアヒムが敵対的であったとしても、その情報だけは間違いは無さそうだからだ。
スパイやその類いは真実を巧みに混ぜる。
アベル自身、帝国に嗅ぎ付けられても可笑しくはないと思う程には兆候もあった。
それらから、実際に帝国が自由連合軍に近付いているという情報は信頼が置けると、そう判断したのだ。
まず、三日程かけて、本部の半数に、最重要の機密文書等を新しい本部や、ヴェルナーのいるリベラシュタットに設置した支部に分散して運ばせる。そうして、アベルら残った半数の自由連合軍メンバーは、こういう時のために手に入れて置いた飛空船で、飛び立つという計画を立てた。
だが、三日目、まだ、最初の半数が移動しきれていない時に、見張りから、親衛隊が近くに部隊を展開させている情報を持たらしてきた。
「早かったな」
「やはり、ヨアヒムは、我々の情報を手に入れる為にきたスパイだったのでは?」
シモンの言葉に、アベルは首をふる。
「もしそうなら、奴が去って直ぐにでも来てだろうさ。そもそも、爆撃でもしちまえば済む話だ。わざわざヨアヒム少将がここまで出向く理由はない」
「とすると、彼は信用出来るのですかね」
「さあな。とりあえず、これを乗りきってから考えよう」
話ながら、アベルは拳銃をホルスターにしまい、出立の準備を整えていく。
「Freiheitは?」
「稼働準備は終わっています」
「では、魔導士を中心にFreiheitへ乗り込ませろ。囮だ。我々で、親衛隊の注意を引き、その隙に今日出立予定で残っている者達を逃がす」
「直ちに!」
シモンを見送ったアベルは、自身も、飛空船Freiheitが隠されている場所へと向かった。
Freiheitに乗り込んだアベルは、点呼を取らせた後、直ぐにFreiheitを発進させた。
「もうしばらくは秘匿しておきたかったんだがなあ」
苦笑しながらアベルは自身の腕を、魔力抽出を行う機械に置く。
「さあ、行こうか。初陣だ」
魔力の力を借り、一気に浮上したFreiheitはそれだけで充分、敵親衛隊を驚かせることに成功したようだった。
眼下に望む森林地帯の少し開けた場所場所に、黒い人影や、戦車らしき影が幾つも認められたが、それらは、空に突然巨大飛空船が現れた途端、右往左往し始めたのだ。
「はっはは。さすがに予想外だったか」
報告を聞いたアベルは、そう愉快そうに笑う。
「笑ってる場合ですか」
共に乗り込んでいたエミリアも、呆れたように言いつつ、顔は笑っていた。
今まで散々な目に合わされて来た親衛隊に一泡吹かせた事実は、彼らにとって、痛快事だったのだ。
「さて、囮として、暴れなくっちゃな。この飛空船は、ストレンベルの趣味が詰まっている。例えば、どう考えても飛行船には不要な、対戦車砲、とかね」
「既に照準は下方に合わせてあります」
操縦員の一人がそう報告する。
「さすがだ、では、いくぞ」
アベルは、言葉と共に一気に魔力を、機械へと流し込んだ。他の、魔力を自在に扱えない者達は、少しずつ魔力を抽出していく機械に自身を繋いでいるのだが、アベル以下、自在に操れる数名は、別の、飛空船の武装にも魔力を行き渡らせることの出来る、任意で送る魔力量を調節可能な機械に自身を繋いでいるのだ。
「撃て!」
一瞬、船体が僅かに揺れる。
そして、下方から届く、爆発音。
「命中!」
「よし。次々行くぞ。撃て!」
船体に幾つも付けられている砲を駆使し、Freiheitは、眼下の森に構えていた親衛隊を、次々粉砕していった。
時折、下方から、砲弾や、魔力砲が飛んでは来たが、砲弾は当たらず、魔力砲も、距離が離れており、船体の底面も頑丈に装甲されているため、殆どダメージは無かった。
しかし、一時間ほど経過した頃、最も近くの基地にいたのであろう、グラディエーターが四機応援にやって来てしまう。
面倒だな。気球部分に当てられたらたまったもんじゃない
そう考えながら、アベルは、乗組員に指示を出す。
「砲の照準を前方に合わせろ!奴等を優先的に叩き落とす!」
「既に三門、前方に照準を合わせています!」
「ならばそれを発射する。いくぞ!」
帝国、いや、世界のどこにも、未だに魔力を貯蔵する方法は存在しない。
だから、人間燃料が使われているのであり、帝国以外の国は、魔力兵器の開発を行わなくなったのだ。
この飛空船とて例外ではなく、燃料奴隷を使わないアベルらが、飛空船の武装を使おうと思うと、魔力を砲に送るタイミングと、発射のタイミングを上手く合わせなければ、砲が発射出来ず、魔力は魔力を伝導する機械の中で徐々に衰弱していってしまうのだ。
アベルは、再び機械に魔力を送り、タイミングを合わせる為に、号令する。
「撃て!」
前方に三本の光線が発射され、前方にやって来たグラディエーター一機に直撃する。
「一機撃墜!」
「よし。交代!」
アベルは、交代要員として準備させていた、そこそこ魔力のある仲間と交代する。
そして、船体の最前方にある操縦席の両脇に設置された上に向かう階段を駆け上った。
「どこにいくのですか!?」
気付いたエミリアが、慌ててそう尋ねる。
「前方のバルコニー!私の魔力で船体を守る!」
叫ぶようにして船体の前方、屋上の様になっているバルコニーに飛び出したアベルは、直ぐに魔力を発射し、丁度グラディエーターによって気球部分に向け放たれたばかりの光線を打ち消す。
「もういっちょ!」
直ぐ上にある気球に当てないよう細心の注意を払いながら、アベルは魔力を再び発射する。
「狙いにくいな」
そうボヤいたアベルは、バルコニーの欄干に足を載せて、後ろに何もないことを確認してから、魔力を射出し、飛び出した。
そうして、飛空船から空中に飛び出したアベルは、邪魔の無くなった空で、心置きなく、高威力の魔力を、グラディエーターに向けて放った。
それが上手く当たり、一機撃墜される。
そこから、今の行動の間に落下した分再び上昇し、飛空船に衝突しないよう注意を払いながら、バルコニーへと戻る。
今度は飛空船が砲を発射し、また一機に当てる。
直撃はしなかったが、飛行能力を奪えたようだった。
最後の一機は、全滅を避けるためか、下方へと退避していった。
「よし」
アベルは満足そうに頷き、船内へと戻っていく。
そして、飛空船が飛び立ってから二時間ほど経過してから、陸路で別途退避していた、仲間から暗号での無線が入った。
「退避、完了したそうです!」
報告を聞いたアベルは、ニヤリと笑い、乗組員に命じる。
「よし!私達も退避だ!とっとと親衛隊をふりきるぞ!」
飛空船は、逃亡の準備に入る。
「武装との切り替え、終了。直ちに発進出来ます」
報告に合わせて、アベルが、残る魔力の大部分を、機械に送り込む。
「発進!」
号令と共に、飛空船Freiheitは、一気に加速し、その場に残ったグラディエーターや、どうにか撃墜しようと、地面から躍起になって攻撃していた親衛隊らを置き去りにして、飛び去っていくのだった。