アベルら自由連合軍がヨアヒム一派と協力するかという問題に向き合っていた期間に、レオン帝国とアグロムノイ連邦の戦争は新たな局面に入っていた。
当初敗退続きだったアグロムノイ連邦が、徐々に建て直して来たのだ。
カルメリアと連合王国の支援がアグロムノイ軍全体に行き渡ったこともあり、後退が止まったのだ。
既に南部の多くの都市は、レオン帝国に占領されているアグロムノイ連邦だったが、開戦からおよそ半年、アグロムノイ連邦は初めて、村落の奪還に成功する。
そこから、猛反撃が始まった、わけではなく、膠着することとなったが、レオンの快進撃に、ついに待ったがかけられたのだった。
ーレオン帝国 リベラシュタットー
エルンスト=フォン=ヴェルナーは、この街の市長となってからというものの、その権限を活かして、民主レオニカ、最近では自由連合軍等の援助を行ってきた。
勿論、国の予算を横流しするのはリスクが高いため、彼の家の私財を擲って、だ。
だが、当然、貴族の家とは言え、財産は無限ではない。
それに、彼の家族、妻や一部の者以外は、総帥に忠実な、彼の父の方針を受け継いでいるため、余り自由に使えるわけでもなかった。
その為、彼は、投資や、民主レオニカや自由連合軍でかつて経営者をしていた者達に元手を渡して商売をさせ、その利益を組織に回してきたのだ。
現状、自由連合軍と合流してからは、陣頭をアベルに任せているため、基本的に彼の仕事は、協力組織との交渉や経理等、裏方に徹している。
しかし、彼もアベル程ではないにせよ、元々はそのカリスマ性でもって民主レオニカを発展させてきた、陣頭指揮を取るタイプの人間である。それに加えて他の職務もこなせる、反乱軍にとって無くてはならない人材なのだ。
そんな彼自身のカリスマに惹かれた民主レオニカの幹部達等は現在の彼の状態に不満を感じており、まだ自由連合軍を信用しきれていない同盟組織の代表達と、野合し、ある会合を秘密裏に開いていた時等は、それを嗅ぎ付けた彼自身の説得によって解消させた。
ヴェルナー自身は良く分かっていた。
ある程度のカリスマ性があるものの、自身の本分はこうした調整等の裏方にあるのだと。
組織が大きくなってからは殆ど表に出ていなかったこともあり、其方の方が性に合うようになってもいた。
そんなヴェルナーだが、アベルのことを盲目的に支持しているわけでもない。あくまで、適任が彼であると考えているのだ。もし、ヴェルナーがトップなら、彼が帝国人であることから、他の面子から反感を持たれていただろう。
帝国人でないアベルが彼らから反感を持たれやすい提案をし、それに対する冷静な批判や意見をぶつける役目をヴェルナーが担うことで、他組織の代表達が持つ、帝国人への反感を和らげてもいる。
矢面に立つ、アベル。
それを宥め、調整する帝国人のヴェルナー。
この形が、尤も帝国人と非帝国人の軋轢を解消するのに適当だと、アベルとヴェルナーは考えたのだ。
そうして、樹立された今の体制はつつがなく回っており、ヴェルナーは、自身の見立てを内心誇っていた。
やはり、自由連合軍と組んで正解だった、と。
そんなことをヴェルナーが考えていると、彼の執務室の扉がノックされた。
「はい」
答えながら、ヴェルナーは思い出していた。
アベルとの会合の時間だったな。
アベルを迎え入れたヴェルナーは、応接用の机を挟み、椅子に腰かける。
「早速で申し訳ないが、ヴェルナーさん。次の作戦のことで詰めたいことがありましてね」
「ああ。確か、次はヨアヒムも絡むんだったか」
「ええ。そう何度も同じ手は使えませんが、一度限りなら有効かと思いまして」
「いいと思う。付近の基地の部隊を査閲の対応に追わせて、出動を遅らせるわけだな」
「そうです。精々数分しか変わらないでしょうが、その僅かな時間が惜しいですから」
「それで、詰めたいこととは?」
「ええ。それがここでして。軍関係の施設を襲う以上、戦闘が予想されるわけですが、戦力配置がどうにも上手く纏まらず」
「ふむ...まず、ローズベル共和連合は強い。正門前の部隊との交戦に当てるべきだ」
「なるほど...」
「それからーー」
その後も、彼らは細部を議論し、作戦を完成させていく。
「これで終わりか?」
書類を見返しながら、ヴェルナーはアベルに尋ねる。
「ええ、終わりです。ありがとうございました。いつもすみません。細かい所を頼りにしちゃって」
「構わんよ。そういう分業で同意したわけだしな。それに、私の性に合ってる」
恐縮した様子のアベルに、ヴェルナーはそう言って笑う。
「助かります。またお願いしますね」
「ああ」
完成した作戦書類を巧妙にバッグや服の中に隠し、変装したアベルが去った後、静寂が戻った市長執務室で、ヴェルナーは一人、レオン帝国の地図を眺めていた。
「そろそろ、かもな。アベルと私の思案した、理想を皆に知らせる時は」
半月後
ーレオン帝国 帝都 レオンスブルクー
「貴様。どういうことだ?親衛隊が警護していた、帝国軍研究施設が襲撃されるなど、何をしていたのだ?」
レオン帝国総帥、トイフル=シュナイダーの、静かな、しかし怒りに満ちた声が、突き刺す様に響く。
親衛隊長官の、ハインリヒ=ホフマンは、その少々贅肉の付いた顔から吹き出る冷や汗を拭うことも出来ず、立ち尽くしていた。
「は...その...」
どう答えるべきかとしどろもどろになりながら、彼に、シュナイダーは更に畳み掛ける。
「MdVだけに我が国の軍事研究を任せるわけにはいかない、という君たちの意見には賛同した。確かに、企業に任せるには機密性の高いものもあった。だから、私は君たちの責任で、研究施設建設を許可したのだ。警備も、全て親衛隊で行える。そう、豪語していたよな?」
「....はい..」
「なんだ?この報告書は、近くの国防軍基地で査閲が行われており、軍到着が遅れたことが、被害拡大の一因?責任を全て国防軍に擦り付けるつもりかね?」
「そ、そういうわけでは...」
シュナイダーはホフマンに冷たい視線で、淡々と、怒りの刃を、細く研ぎ澄ませた言葉を、次々と浴びせる。
「警告しておこう。確かに、私は余り国防軍を好いてはいない。だがな、全ての失敗を国防軍に押し付ければ私が許す、等と下らんことを考えるな。お見通しなのだよ。余り、私を舐めない方が良い」
「.....」
ホフマンは、完全に黙り込んでしまった。
何も、反論出来なかったのだ。
「...はぁ。もう良い。お前達に研究させていたものは私が指定するものを除いて停止。残りも全て、私の預りとする」
「そんな...」
「なんだ?貴様、反乱分子に機密を盗られた重要性を理解していないのか?」
殆ど呆れた、いや半分哀れむ様な声を向けられたホフマンは、ただただ拳を握りしめることしか出来なかった。
「君を信用しすぎたようだ」
失望の声に見送られ、ホフマンは総帥執務室を去っていった。
ホフマンを見送ったシュナイダーは、小さく舌打ちをし、執務室にかけられた世界地図の前へ移動する。
「"あの研究"は、私の野望のために、世界を手にするために、絶対に必要で、漏れてはならないものだった...。それを、あのバカは...!」
ドン!と壁を殴り付ける。
「何処かに先んじられれば意味がないというのに!!」
一頻り苛立ちをぶつけた彼は、再び机に戻り、被害報告を見直していく。
「...2つの内、"あれ"は漏れていないのか。ならば、まだ、希望はある、か」
トントンと机を指で叩きながら、彼は呟く。
「何処かに優秀な研究者は...」
彼は手を止め、尤も現在の帝国に貢献しているであろう研究者の顔を思い出していた。
「エッケハルト=ハルトマン...。そうだ、彼なら」
シュナイダーは、そう言うなり、早速、机に備え付けられた受話器に手を伸ばすのだった。