-レオン帝国 帝都 レオンスブルク-
ハルトマンは、突如、総帥に呼び出され、生きた心地のしないまま、帝都のロイヒテンダー宮へと来ていた。
自身の不正が知られるところとなってしまったのか、それともMdVが一度自由連合軍に屈服したことを知られたのか、何も分からぬまま、ハルトマンが応接室で待っていると、扉が開かれ、彼の運命を握っている男、トイフル=シュナイダー総帥が、にこやかな笑みを浮かべながら入ってきた。
「やあ。ハルトマン博士。久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
震えそうになる声を律しつつ、彼は総帥に挨拶をする。
「急な呼び出しをしてしまってすまないね。実は、頼みたいことがあるんだ」
総帥の口から出た予想外の言葉に、ハルトマンは驚き、思わず顔を上げた。
「どうした?」
「い、いえ...その、私に頼み、とはどの様なご用件でしょうか」
少し不自然な調子ながら、ハルトマンは話題を戻しつつ、誤魔化すようにして言った。
「君は、魔力に関連した技術にかけては、帝国随一と見込んでいる」
「ありがとうございます..」
「そこで、だ。そんな君に、是非開発に携わって欲しいものがある」
総帥は言いながら、ハルトマンの前に二枚の図面を広げて見せた。
「これは機密だ。君にだから見せている。分かるね?」
有無を言わさぬ迫力に気圧されつつ、ハルトマンは頷き、図面に視線を落とす。
「これは...」
図面を見たハルトマンは目を見開いた。
「この2つを開発せよ、と..?」
「その通りだ」
総帥は頷いたが、ハルトマンには疑問があった。
「お言葉ですが、総帥。図面が完成しているならば、私でなくとも問題ないのではないですか?」
MdVという一応帝国の企業だが、外国とも取引のある会社の技術者をわざわざ引っ張ってくるほどでもない。ハルトマンにはそこが疑問だったのだ。
「この図面通りでは、上手く機能しなかったんだ」
総帥は残念そうに肩を落とし、言った。
「といいますと...」
「何処かに間違いがあるはずなんだ。設計ミスかもしれない。しかし、うちの技術者連中はお手上げだと言うんだ」
総帥は、親衛隊との問題を話さずに、はぐらかしつつハルトマンの疑問に答えていく。
「なるほど。それで、私に間違いを見つけて欲しい、と?」
「簡単に言えばそういうことだ。ただ、出来れば理論から、つまり、設計の根本から全てを見直して貰いたい。できる限り、早く」
「期間はどのくらいをお望みでしょうか?」
「1年、最大でも、2年だ」
「...因みに、なんですが、この図面は完成までどのくらいかかったのですか?」
2年という期間に気後れしつつ恐る恐るハルトマンは、そう尋ねた。
すると、ハルトマンに取っては絶望的な数字が返ってきた。
「5年。君がグラディエーターを開発していたころからだ」
「.....」
恐らく、断る選択肢はない。図面を見せられた時点で、関わることは確定している。
だが、5年かかったものを、一応基礎が出来ているとはいえ1年から最大で2年で一から見直し、完成まで持っていく必要がある。
出来るはずがない。よしんば出来たとして、果たしてまともに動くかどうか。
完成に間に合わなければ、どうなることか。
ハルトマンは、震えを抑え込むのに必死であった。
「やってくれるかね?君が理想としている技術にも関わるものだ。快諾してくれると期待しているよ」
確かに、総帥の言う通り、2つの技術の内一つは、ハルトマンも完成を目指していた、魔力を完全に貯蔵する装置、技術だ。
これさえあれば、多くの魔力兵器を小型化出来る上、上手くすれば全ての軍部隊に魔力兵器を供給できるようになるかもしれないのだ。
是非欲しい技術。
だが、帝国の独裁者、絶対権力者たる総帥から殆ど不可能に思える期間での完成を命じられる。これほどの恐怖もない。だが、最早ここで返事を渋ることも出来ない。やるしかないのだろう。
「.....やらせて頂きます」
ハルトマンは、覚悟を決め、そう口を開いた。
「やってくれると信じていたよ。では、ストレンベルCEOには私から話を通しておく、君は明日から、ノルトクライムにある研究施設に勤務してくれたまえ。案内はつけるし、住居もこちらで全て用意する。不自由のない生活を約束しよう」
歓待。優遇。ますます重圧が増していく感覚を、ハルトマンはひしひしと感じていた。
「さて、今日はありがとう。ハルトマン博士。次は視察にでもいくから、その時に会おう。良い報告を楽しみにしているよ」
ハルトマンの気持ちを他所に、総帥はそう笑いながら立ち上がる。
そして、ハルトマンの横を通りすぎ、出口へと向かう、かと思われたが、ハルトマンの真横でピタリと止まり、未だ固まるハルトマンの耳に口を近づけ、囁いた。
「君が何を隠しているのか知らないが、余程のことがない限り、君を捕らえたりはしないよ」
ビクリ、と身体を震わせたハルトマンを見て、総帥は笑った。先程の不自然な態度で彼は、ハルトマンがなにかを隠していると察していたのだった。
ハルトマンの肩に手を置き、彼は、続ける。
「それに、安心したまえ。この研究が上手く行けば、どんな罪だろうと不祥事だろうと、全て精算出来るほどだ」
言い終えた総帥は応接室の扉を明け、最後に総帥を震える目で見るハルトマンにニヤリと笑いかけ、爆弾級の重圧をハルトマンにかける一言を残すのだった。
「期待しているよ」
ーカルメリア連合 首都ニュージェラルニア
カルメリア独立大学 ー
カルメリア連合は、レオン帝国らの大戦が発生している大陸の東隣に位置する、カルメリア大陸にある大国である。現在、大戦に本格手には関与しておらず、外交的には連合国寄りではあるが、東にある島国との対立に集中しているのが現状である。
とはいっても、レオン、旧オストレオンから島一つとはいえ、先の大戦の後に割譲し、支配下においているので、警戒はしている。
そのため、アグロムノイ連邦という、イデオロギー上の対立を抱える国に、武器支援等を行っているのだ。
経済大国であり、ジェルト=ケッチ発の大恐慌に際して、大きく不況の嵐が吹き荒れたものの、戦争によって特需が発生し、殆ど不況からは回復していた。
そんな国の首都にある国一番の大学であり、国で最も設備の充実した研究施設でもあるここに、とある研究チームが存在していた。
ジェームズ・スミス率いる魔導研究チームである。
ジェームズ・スミスはカルメリア連合で最も魔力に精通しており、今次大戦が発生するまで、見向きもされなくなりつつあった魔力兵器や関連技術の研究を、殆ど交付されない予算の中で研究し続けてきた男である。
彼は、オストレオン帝国の、魔力をエネルギー、動力源として使う技術を開発した男の下で、学んだことのある人間でもあった。
つまり、魔力のスペシャリストである。
そして、オストレオン帝国が、魔力兵器でもって、大躍進したことを受け、カルメリア政府は彼を招聘し、十分な施設と、人員を与え、帝国に対抗しうるような魔力兵器の開発を命じたのだ。
オストレオンが、今、カルメリアに攻撃をしていないからといっても、彼らの旧領を有している以上、いつか衝突することは不可避であり、更には、友好国であるジェルト=ケッチも危機的状況であり、大国の一つ、アグロムノイも陥落の危機に晒されたのだ。危機感を抱き、オストレオンの魔力兵器に対抗する手段を探るのは当然だろう。
当然、魔力方面以外での対抗策も研究されているが、それまでとは考えられない程に、魔力研究は優遇され、優先されるようになった。
ジェームズ・スミスは、それを喜んではいなかった。
人を燃料とし、当時実用化は現実的ではない、と半ば諦められていた技術を、最悪の形で解決した、かつての学友によって、多くの悲劇がもたらされた結果だからである。
「ハルトマン...お前を、私は許さない」
研究室で一人、図面を睨み付けながら、呪詛の言葉が漏れでる程に、彼は、怒りに燃えていた。
ハルトマンは、私達のことを友人だとは思っていなかったのだろうか。
ローベルトも、私も帝国系の血は引いていない。にも関わらず、奴は、非帝国人を犠牲にするやり方を、選びとり、悲劇を産み出した。
「ローベルト、君は、無事なのだろうか」
レオン帝国にとって、差別の対象であり、搾取の対象、殺戮の対象となってしまった、友人を心配しながらも、何一つしてやれることがない自身に憤りをぶつけながら、彼は、研究を続けていた。
魔力に関連した技術で、頭一つ抜きん出た帝国を追いかけるだけでは意味がない。
故に、彼は、かつての恩師が、友人が、開発することが出来なかった技術の開発を目指していた。
魔力を貯蔵する技術。
「これさえ完成すれば、魔力兵器を、人を燃料とせずとも、運用出来るようになる。早く、完成させねば」
だが、どうにも上手くいかない。
何かを間違えているのか、何か特殊な素材が必要なのか、それとも、不可能なのか。
そんな、日々、図面や、試作品と格闘しながら戦っていたジェームズの下に、カルメリア連合の諜報機関から、一つの図面がもたらされる。
「これは...!」
魔力の貯蔵を狙った装置の図面であることは一目で分かった。
ジェームズは、まさか帝国がもう完成させていたのかと慌てながらも、同僚を緊急で召集して、再現を試みる。
結果としては、失敗。
どうやら、不完全な図面だったようで、上手く動作はしなかった。
安堵と、落胆、両方を感じながらも、まだ余裕があることを知ったジェームズは、もたらされた帝国の図面を吟味することとした。
それなりの時間をかけ、カルメリア当局の催促を躱しながら、じっくりと。
「.....!」
ある時、彼は気付いた。
その図面の問題点に、ではない。
いや、それだけではない、といった方が正確か。
彼自身が研究によって作り上げた図面の問題点と、同時に見つけ出したのだ。
双方、アプローチの仕方が若干異なっており、それぞれ別の場所で、理論の一部や予想される動作、材料などが少し異なっていたのだ。
そして、ジェームズの図面では上手く機能していなかった部分が、帝国の図面では上手く機能していた。
逆もまた然。
帝国の図面は、魔力を凝縮し、貯蔵電池を小型化することを目指したものだった。
ジェームズのものは違う。
小型化にはそこまで拘泥しておらず、ある程度の大きさにまとまれば、人を燃料としないグラディエーターを作ることも出来るので、貯蔵だけに注力していたのだ。
その違いが、差を産んだ。
そして、ジェームズにはなかった凝縮の発想。この凝縮に必要な機構の一部が、貯蔵技術の完成に重要なのではないか、と彼は思い至ったのだ。
「これで、帝国に勝てる...!」
ジェームズは、帝国にいる友人、友人だった者の顔を思い浮かべながら、困ったような、嬉しいような、泣きそうにも見える表情で、一人、自分を鼓舞するように、呟くのだった。