帝暦 1933年7月28日
ーレオン帝国 とある森ー
「親衛隊、まだ追ってきているか?」
「はい!300m後方から戦車を伴って来ています!」
アベルらは、帝国軍の対アグロムノイ戦における作戦を妨害するために、国境付近の補給基地を破壊しに来ていた。破壊までは上手くいったのだが、事前の調査ではいるはずの無かった親衛隊の部隊が来ていたことで、戦闘に発展したのだ。
大規模な戦闘を想定した部隊構成をしていなかったため、撤退を優先し、逃亡しているところであった。
「追い付かれそうだな。アベル。やはりヨアヒムに引っかけられたんじゃないか?」
共に作戦に参加していたジャック=コワルスキーに意地悪っぽく言われ、アベルは苦笑する。
「今更裏切るとは考えにくいよ。どちらかといえば、親衛隊と国防軍間での情報共有がどんどんと失われていっている可能性が高い」
言いつつ、アベルはふと周りを見渡す。
「人数が足りないな」
「アベルさん!後方の何人かが親衛隊に捕まって、戦闘に入っています!」
アベルの疑念の答え合わせは瞬時になされた。
「不味いな」
言いつつ、アベルは身を翻していた。
「アベル何処に行く気だ!?」
ジャックが驚き止めようとしたが、アベルは笑ってそれを避けた。
「当然。助けにいくさ。暫く指揮を頼むよ。ジャック!」
魔力を使った跳躍で、一気に後方へと飛んだアベルは、直ぐに木々や岩を盾に人数に勝る親衛隊とどうにか戦っている仲間を見つけた。
「親衛隊は...いた!」
親衛隊は彼らの直ぐ近くまで既に迫っていたので直ぐに見つけ出すことが出来た。
「よし」
アベルは落下しながら、手を地面へと向け、魔力を発射する。
轟音。土煙。悲鳴。怒号。
親衛隊も、仲間もアベルの存在に気が付き、
仲間達は、絶望的な状況下で、覚悟したを免れたことを確信した顔をし、親衛隊は上空のアベルを排除することを優先し、銃口や戦車の砲を空へと向けた。
だが、既に空中にアベルの姿はない。
仲間達の近くの地表へと降り立っていたのだ。
「大丈夫か?被害は?」
「死者はまだ出ていません。しかし、一人、重症を..」
「分かった。よく耐えたな。気付くのが遅れてすまない」
言いながらアベルは、親衛隊達のいた方向に手を向け、一度大きく息を吐く。
「最大出力」
轟音と共に、木々をなぎ倒しながら、アベルの発射した巨大な魔力は、親衛隊達の方向へと向かっていく。
爆発。爆風。
巨大な光球の様になったアベルの魔力は、ダイナマイト、いやそれ以上の、隕石が衝突したと錯覚する程の爆発を起こし、周辺にいた親衛隊を呑み込んだ。
彼の前方にあった森は、直径数十mに渡ってえぐりとられ、消滅していた。
「よし。行くぞ。怪我人は私が運ぶ。全員付いてこい」
そう命じて、アベルは重傷者を抱え、走り出す。
「はい..!」
助けられた彼らは、アベルの背を頼もしそうに見つめながら、彼の後を追うのであった。
帝暦1933年9月3日
ーレオン帝国 リベラシュタットー
同盟関係であった組織を正式に自由連合軍へと合流させる準備段階として組織ごとに行っていた任務を、共同であったり、リーダーと実行部隊の本来の所属組織を別にしたりと様々な形で、実行することで、下準備をしてきた。
その過程で、アベルも任務の責任者として陣頭指揮を取ってきた。
その際、彼自ら前線に積極的に出る様や、負傷者を見捨てない姿勢を見た構成員達のアベルへの感情を軟化させ、良好なものへとしていった。
また、その構成員達が発信源となり、アベルの姿勢は噂となって広まり、アベルにうっすらとした反感や疑念を抱いていた旧組織の幹部達等の耳にも入り、別組織であろうと、民族が違おうとも、アベルの主張通り決して差別しないことを知って、彼らの感情も良好なものとなっていったのだ。
こうして、アベルへの支持を増す策は、ヴェルナーも協力していた。彼らの理想を、組織全体に共有するには、アベルへの支持も必要であるからだ。
そうして、一年半近く、大規模な活動は原則的に控え、勢力拡大と、アベルへの支持拡大を目指してきた。
その集大成として、アベルとヴェルナーは、事前に共有していた、理想、組織の本来の目的を公表することとしたのだ。
アベルとヴェルナーが共同で会議を召集したことはなく、参加者達は、何か重大な発表や討議があることを察していた。
既に幾つかの任務をこなし、帝国の研究施設から機密情報を奪取する、帝国軍の作戦を妨害する、といった重要な作戦を成功させてきた彼らは、お互いかなり打ち解けてきており、仲間としての意識も醸成されていた。
ヨアヒム=ドーペルトとの連携を協議した時などとは打って変わり、今や、会議前に雑談等も見られるようになっていた。
「今日は急な召集に応じてくれたこと感謝します」
開始時刻となったので、アベルは、立ち上がり、そう挨拶する。
「本日集まってもらったのは、我々の今後、目指す方向を皆さんと共有するためです」
アベルの言葉に、何人かが疑念の視線を送る。今更何を言い出すのだろう、とでも言いたげな様子だ。
「それぞれの独立国家を取り戻すことではないのかね?」
誰かが、疑問をそのまま口にする。
「大筋では、その通りです」
頷いた後、アベルは、ですが、と続ける。
「完全に、別々の国として、ではありません」
ざわめきが起きる。
「我々は、それぞれの国を取り戻すと共に、連邦国家を樹立し、新たな秩序を作る!」
どよどよと、驚きとも困惑とも付かないざわめきが、大きくなる。
「何故、連邦国家とする必要があるのだ。独立で充分だろう」
疑念が挙がる。
「聞いていないぞ」
不満も。
アベルは、頭を下げた。
「今まで黙っていたことに関しては、謝罪致します。申し訳ありません。ただ、初めから明かしていた場合、協力を得られる可能性が低いと判断していたのです」
「我々を騙したということか?」
「それは断じて違います。独立を取り戻すことは絶対条件。それに、連邦国家でなくとも、他にも方法はあります。ただ、私の話を聞いて、皆さんに判断していただきたいのです」
真っ直ぐと前を見据えるアベルを見て、参加者達は、一旦矛を納めた。
「連邦でなくとも、超国家主体を樹立する、という形でも良いのですが、独立後も繋がりを、それも強い紐帯を維持する必要があると考えています」
アベルは一息つけ、続ける。
「皆さんは、オストレオン帝国が先の大戦で敗北したことで生まれた国が祖国です。私もそうです。そうした国々の殆どが、政治的、経済的、若しくは軍事的に、列強の影響下に置かれてきました」
皆、心当たりはあるようで、反論は出なかった。
「再び、個別に独立したところで、基盤も弱く、経済的にも貧弱な状態が続くことでしょう。その過程で、再び列強諸国に、浸透される可能性は高い。しかし、弱い国も、束になれば大国と張り合うことは不可能ではない。だから、連邦として、オストレオンも含め、纏めて一つの国としてしまうのです」
オストレオンも。この言葉は、やはり反発を巻き起こす。
「彼らの犯罪を見逃すというのか!」
誰かの声。
それには、ヴェルナーが答える。
「我々、民主レオニカの責任でもって、そうした犯罪に関わった者を裁くことを約束します」
ヴェルナーの言葉を、アベルが継ぐ。
「オストレオンを含まなければ、複数の列強を相手に渡り合うことは不可能です。完全な独立のためには、オストレオンの力も必要なのです」
「だが...」
「憎む気持ちは分かります。割りきれない想いもあるでしょう。当然です。しかし、ヴェルナーの様な帝国人もいます。彼ら全てが、罪人などでないことも、皆さん、分かっていることじゃないですか。我々の手で、和解を、憎悪の連鎖の終焉をもたらしたい。私は、そう願っているのです」
会議は成功裏に終わった。
ヴェルナーへの信頼と、オストレオンへの憎悪。アベルの理想。様々な想いが、参加者達の脳を悩ませ、考えさせた。
ヴェルナーという帝国人のことは信頼していても、やはりオストレオンは憎い。アベルは、癪に障ることもあるが、前線に出張り、常に陣頭指揮を執って、決して誰かを差別することはなかった。そんな彼だからこそ、語る理想に説得力があった。
皆、割りきれぬ想いも抱きながら、しかし、アベルにその割りきれなさも肯定され、彼らは考え抜いた。
現実的にも、アベルの言う通り、何処かの強い影響下に置かれるのではなく、自分達で自立した国を作るには、現在の、諸民族が連帯している体制を維持するべきだった。
そうして、彼らは、最終的には、アベルとヴェルナーの理想に乗ることとなったのだった。
そして、その決定を受けて、自由連合軍は組織を再編した。
各組織が自由連合軍に完全に合流し、組織の中に幾つもの組織が残っていた状態から、完全に一つの組織となったのだ。
更に、シンボルも決められた。
横向きの三色旗、上から、赤、緑、黄の地、真ん中に太陽が描かれた旗。
赤は、独立を表し、緑は、平和と連帯、黄は、栄光と、発展を表す。太陽は、破壊と、再生を表す。
それを、自由連合軍の正式なシンボルとしたのだ。
自由連合軍のスローガンも決定された。
『Unser Kampf 』
"我等の闘争"、諸民族が連帯し、レオン帝国を打倒する。
そんな意志を込めた言葉だ。
時は、帝暦1933年9月4日。
レオン帝国を倒すために、立ち上がった反乱組織が糾合し、成立した、後に奇跡を起こす、"自由連合軍"が完成を見た日である。