ーアグロムノイ連邦 クローザングラードー
この街は、レオン帝国による侵攻が始まって、数ヶ月で、レオン帝国の占領下に置かれていた。
レオン帝国軍人は、横暴、そんな言葉では表せない程に、傍若無人に振る舞った。
占領当初は、革命によって成立したアグロムノイの革命独裁政権による弾圧や、失政による飢饉、軍人や党高官による横暴によって苦しめられていた人々の中には、レオン軍を歓迎する者もあった。
だが、レオン帝国は解放者ではない。侵略者である。
街の人々に待ち受けていたのはアグロムノイ政府よりも酷い統治、いや、統治と呼べる代物ですらない、最悪の支配だった。
金は払わず、好き放題街の物資を奪う。
そんなものは序の口で、女は拐い、抵抗する男は殺す。老若男女関係なく、魔力の高い者は後方、レオン帝国へと連れ去られ、それ以外の者は遊び感覚で弄ばれ、蹂躙され、殺された。それでもレオン帝国に阿る者はいた。
当初はレオン帝国の独壇場であり、アグロムノイ連邦は追い詰められるばかりであったからだ。レオンによる支配が続くのであれば、従順にするべきと考えた者、金のことしか考えていない者、家族を守る為に従った者。
様々な理由で、彼らはレオン帝国に従ったのだ。
そうして、開戦から一年が経過したある日のことだった。
帝暦1933年8月13日
その日の朝早く、まだ日も昇らないその時間、街に砲声が轟き始めた。
前日も、傍若無人な過ごし方をし、多くのレオン兵が、酔い、ベッドで気に入った女を呼び出し、寝ていたところの、奇襲であった。
「敵だ!早く配置に付け!」
前日の報告では、まだ戦線は少し離れた位置にあったので、彼らは油断していたのだ。
街中でレオン兵が駆けずり回る。
ある兵も、その騒ぎに目を覚まし、ベッドを、前日楽しんだままの姿で降りた。彼は、慌てていたので、隣にいたはずの女がいなくなっていることには気付かなかった。
急いで服を着ようと、脱ぎ散らかした服を拾い集めようと、身を屈めた瞬間、バタンと扉の開く音がした。
そして、次の瞬間には、腰に鋭い、刺すような痛みを感じた。
視界には、腰から飛び出る、赤く染まった、銀色の刃先。彼は、刺されたのだ。
誰に?咄嗟のことで頭が回らず、背後へと視線を向けようとした彼だったが、その必要はなかった。
突き飛ばされる様にして、その場に転がされ、仰向けになったところで、彼の目に、その姿が写ったからだ。
その憎悪と、怒りに満ちた顔、そこから振り下ろされる赤い刃、それが、彼の見た最後の景色となった。
この日は何処でも似たような事態が発生していた。
住民達は、アグロムノイ軍が近くに迫っていることを知り、ついにレオン帝国に対する不満を、怒りを爆発させたのだ。
混乱と狂騒の中、レオン帝国の占領支配は崩れた。
そうして、録な抵抗も出来ないままに、彼らは街を追い出されたのだった。
街へと戻ったアグロムノイ軍を、住民達は歓迎した。アグロムノイ政府の統治を忘れていたわけではない。
しかし、レオン帝国に比べればマシであったし、何より、侵略者からの解放が、彼らにとっては喜びだったのだ。
その後、街では、"裏切り者"に対する粛清が実行され、レオン帝国に協力した者、といっても、軍の裁量次第で決まり、中にはレオン兵に酒を提供しただけで銃殺される者もいた。
そうして、裏切り者を追及し、自分達は安全圏にいようとする者達による醜い争いが始まり、別の混乱が街を包むのだった。
レオン帝国は、ブーグリアと開戦してから3年以上経ち、漸く敗北を重ねることになったのだ。
今回のアグロムノイ連邦は、レオン帝国から鹵獲したグラディエーターを使い、戦線を突破した。アグロムノイも人権といった者からは遠い存在であるが故に出来たことではある。
しかし、敗北は敗北。このアグロムノイの攻勢で、幾つかの街や都市を失い、レオン帝国は、一部の軍が包囲の危険に曝される程になったのだった。
ージェルト=ケッチ連合王国 首都 ランギロアー
「アグロムノイ連邦が反撃に成功し、幾つかの都市を取り戻したことは既に皆さんご存知かと思います」
首相官邸の一室に集まった、閣僚、そしてウェスティンレオーネ等の各亡命政府の代表等がい並ぶ中、司会役でもある、官房長官がそう始めた。
「我らもこの機に乗じて上陸作戦を敢行するべきだ。という声も議会から上がってきている中で、皆さんに、その妥当性、実行可能性について議論していただきたいのです」
「今は無理でしょう」
陸軍の参謀長が口を開く。
「議会には言わせておけば良いのでは。まだ時期尚早です。準備も足りていないし、まだまだレオン軍は健在ですから」
「私も同意見です。今やったところで、ほぼ間違いなく失敗に終わるでしょう」
海軍司令長官も、陸軍の意見に同意する。
「議会の意見は現実を見ていないとしか思えません」
議会に対する不満をぶつける陸海の代表らに、首相がまあまあと割ってはいる。
「議会のことも考えてあげてください。長引く戦争で国民は疲れているのです。日々の爆撃、レオンによる上陸作戦の可能性、そうしたストレスを、いくら継戦意志が強かろうと、感じているものです。そして、有権者のそうした不満を解消し、支持に繋げたいのですよ、議員も。彼らの後ろには国民の感じているフラストレーションがあるのです。せめて、ある程度納得の行く説明を出さねばならないのです」
まだ少し不満気ではあるものの、渋々といった様相で、二人は矛を収めた。
「財務省からの意見としても、成功が見込めないのならば反対ですね。やはり、財政的に非常に厳しい。成功確率が高いならば一時の予算程度どうにかしてみせますが、無意味な攻撃に使うわけにはいきません」
「ふーむ。参謀長、司令長官、成功確率が低い、という点をもう少し詳しく具体的に話して貰えないかね?それと、予算を理由に答弁しよう」
首相が意見を纏めていく。
「まず、海軍戦力では圧倒していますが、沿岸防衛に多くの部隊やグラディエーターが割かれており、まともに上陸をすることが非常に困難なのです」
海軍司令長官がそう説明し、
「それに、上陸出来たところで、現状の我が国が直ぐに動かせる陸軍兵力では到底レオン帝国の兵力には敵いません」
と、陸軍参謀長が繋げた。
「もし、植民地などに駐屯する軍を最大限かき集めることが出来れば、数の上では奴等と勝負出来るでしょうが、グラディエーターがある以上、それも厳しいでしょう。そして、それすら実行のためと準備には半年以上は最低でも必要なのです」
参謀長が説明を締めくくる。
「せめて、レオン帝国内でまた大規模な反乱でも起きてくれれば楽なんでどねえ」
海軍司令長官がそう漏らした言葉に、首相は思い出したように顔を上げた。
「そうだ。亡命政府の皆さん、どうでしょう皆さんの国の反帝国組織との連絡は維持されているのでしょうか?」
首相は、多くの組織が、一つのグループに纏まりつつあるという報告を受けていたが、まだ完全に一つの組織となったことは把握しきれていなかった。
「ウェスティンレオーネの反政府組織は、つい先日の大規模弾圧でほぼ崩壊しました」
ウェスティンレオーネの代表が悔しそうに肩を落とす。
そして、ヤゲノやローズベル、戦前にレオンに併合されていた国々の代表達はウェスティンレオーネとは違い、自信に溢れた顔であった。
「ええ、連絡は維持されています。各組織が同盟を結んだことも事実です。そして、先日のレオン帝国が研究しているモノの情報を共有してくれたのも彼らです」
「素晴らしいではないか。ならば彼らと連携して、此方から好機を作り出すべきだろう」
「彼らならやり遂げてくれるでしょう。レオン帝国の後背地を荒し、我々が進軍する隙を作り出すには十分な存在です」
亡命政府諸氏の自信溢れる説明に、首相は微笑みながら頷く。
「良いデコイとなってくれそうだ」
そう、彼らは、自由連合軍を、使い捨てるつもりである。当然、各亡命政府が帰還し、再び国を作るだろうと。そして、亡命政府を受け入れ、大きな影響力を確保した連合王国に多大な権益をもたらすだろう、と信じて疑っていなかった。
だが、自由連合軍にそんなつもりはない。
彼らは、新たな国を作ろうと画策しているのだから。
自由連合軍は自由連合軍で、上手く連合王国を利用しようと考えている。
当然、単独で勝てるはずもないからだ。
自由連合軍は、連合王国のおおよその意図を察しているが、連合王国は自由連合軍の意図など露知らず、そんな奇妙な協力関係が、この日を境に構築されていくことになるのだった。