ーヤゲノ総督府領 グダルスカ-
この街は行政官や警察等を除く全住民が非帝国人であった。
帝国の侵略後も、特にこれといった産業がなく、人口も千人に満たぬ程度の小さな街であったため、帝国人が入植してこなかったのだ。
そんな帝国からすればある種お誂え向きと言える街に、数週間前から何十人という規模で非帝国人、つまり帝国が劣等としている人々が三回に渡って運ばれてきたのだ。
彼らは【帝国の人口政策の一貫】として各街から帝国人入植者の住居を用意するために追放されてきたと街の住民らに話している。
住民らは彼らに大いに同情し、空き家等に住まわせることになった。
大きな問題も起きることなく数週間が経ったある日の朝早く、突然、帝国の親衛隊が街に乗り込んできた。
「住民は広場に集まるように!」
親衛隊に命じられた住民らは悟った。
自分達が帝国の言う【報復】に巻き込まれたのだと。
しかし、逆らおうにも武器はなく、親衛隊は街の人口を充分にカバー出来るだけの人員を揃えてもいた。
彼らの殆どは諦念し、抵抗もせず、大人しく広場に並ぶ。
抵抗した僅かな者はその場で射殺された。
噂通り、トラックに乗せられ街外れで殺されるのだろうか。それとも、街ごと殺されてしまうのだろうか。と考えていた住民達に、親衛隊は意外なことを言った。
「貴様らは人質だ。場合によっては貴様らは解放される」
-ヤゲノ解放軍基地-
「諸君らに集まって貰ったのは他でもない。既に聞き及んでいる者もいるやもしれないが、帝国から"交渉"を持ちかけられた」
そう言うV.Bは苦々しげな表情をしていた。
「“交渉“..?」
幹部以外にも現場指揮官級のメンバーも集められており、そのうちの一人として参加しているアベルも訝しんだ。
「ああ、奴らはヤゲノの至る所に、我々への文書を掲示した。内容を今から読み上げる」
V.Bは机に置いてあった紙を取り上げ、咳払いをする。
「『ヤゲノ解放軍を名乗る叛徒に告げる。諸君らの代表にグダルスカへ来るよう伝えよ。代表は直ちにグダルスカへ来い。2日後の午後5時までに現れなかった場合、グダルスカの劣等民族、諸君らが言うところの"同胞"を全員処分する。大人しく姿を現せば、グダルスカの劣等民族は解放する(帝暦1930年2月3日)』とのことだ」
「んなもん“交渉“じゃなくて"脅迫"じゃねぇか!」
屈強な体つきをした幹部の一人、エドワード=バンディは憤りを隠さなかった。
「ああ、まごうことなき脅迫だね。だけど、無視はできない」
同じく幹部の一人であるミコライ=カミンスキーは飾り気の無い丸いメガネを拭きながら言う。
「うん。同胞をみすみす見殺しには出来ん。だが、この条件も受け入れがたい」
V.Bも頷いた。
「確かにグダルスカの住民は可哀想ですが、見捨てるしかないのではないですか?これに関わるのはリスクが大きいように思います」
アベルの同僚、比較的新顔である現場指揮官の一人が言うと、カミンスキーは少し呆れたように指摘した。
「可哀想なのはその通りだが、そんな悠長な話じゃない」
指摘された新入りの男は、何のことか分からず、困惑しているようだった。
「まず、帝国軍の報復で我々に対する忌避感がヤゲノ人の間にも少なからず広まっている。最近協力者が減少していることは知っているだろう?」
溜め息をつき、不機嫌そうな声色でカミンスキーは仕方がないとでもいう風に説明を始めた。
「協力者は、逮捕されたのも勿論あるが、帝国に容赦がなくなった恐怖から我々と関係を断ったり、可能性はほぼないのに罪が軽くなることを期待して自首したり、後は殺されたりと様々な形で減少している」
さらに、とカミンスキーは続ける。
「中には周りのヤゲノ人にバレるのを恐れてという場合もある。自分達を脅かす存在として殺されてしまうんじゃないかってな」
「帝国という圧倒的な力を恨むより、我々の側を恨む方が容易いし、皆が皆、帝国を倒そうとしているわけじゃあないからな」
V.Bがそう補足する様に話す。
「彼らは帝国の支配に慣れてしまったんだ。支配される日々を、日常に置き換えてしまっている。生きるためには仕方ないことであはあるがね」
カミンスキーはV.Bの言葉に頷き、再び口を開く。
「つまり、ここで我々が何の音沙汰もなくグダルスカの住民を見捨てれば、ヤゲノの同胞から見捨てられる可能性すらあるというわけだ。分かったか?新入りくん」
「はい..申し訳ありませんでした」
新入りの男はまだ少々不満気な様子で謝罪した。
「全く、帝国、ヤゲノの総督殿は厄介な事を考えたものだ」
V.Bの忌々しげな呟きに、カミンスキーが頷く。
「ええ、我々が完全に見捨てれば、帝国にも勿論怒りは向くでしょうが、我々の信用も無くなる。そうなると、今後の抵抗運動は組織されていないものが大半になるでしょうしね。そして、そんな個別の抵抗程度、簡単に鎮圧出来る。帝国にとってはさほど痛手にはならない」
「そして、私が万が一のこのこ現れても彼らにとっては美味しい。ヤゲノ最大のレジスタンスの指揮を麻痺させれるからな。つくづく、圧倒的な武力というものは便利だな。我々がどちらに転ぼうと帝国にとって殆ど痛手にならない」
うーん。と唸るV.Bに、「でしたら」、とアベルは挙手をして発言を求めた。
「アベルか。何か良い案が?」
「我々がグダルスカの住民を救出すれば良いのでは?」
「恐らく、向こうもそれを想定した戦力を整えているだろう。故に、仮に成功しても我々は甚大な被害を受ける。成功可能性も低い」
残念だが、と言いながら再び思慮に戻ろうとしたV.Bにアベルは言った。
「ええ、ですが、その可能性を上げる策を考えたのです。確実ではありませんが」
アベルはV.Bをしっかりと見据えながら、断言した。
「勝算は、あります」
後書き、特筆すべきことがない時は別にいらない気がしてきました。
今後は特筆すべきことがある時にだけ書きます