ーレオン帝国 帝都 レオンスブルク 親衛隊全国総司令部ー
ハインリヒ=ホフマンは、焦っていた。
このところ、"自由連合軍"による被害を受け続け、親衛隊は、総帥からの評価を落としていたからだ。
つい一年前までは、帝国における彼の権威はとてつもなく強大で、総帥の右腕かの様に振る舞えていた。
だが、今や、彼は連続した失態によって、国防軍は愚か、文民の大臣にすら、恐れられることはなくなってしまっていたのだ。
彼は、焦っていた。
マッケンゼン伯爵の誘拐に始まり、電波ジャック、拠点から取り逃がしたばかりか、大規模な被害を受け、研究施設まで襲われ、機密を盗まれた。
本来、彼は、処刑されていてもおかしくはなかったが、どうにか踏みとどまっていた。
しかし、部下からの信用も失いつつあった彼は、最早、正常な判断など、下せなくなっていた。
彼は、取り返しのつかない愚行を、総帥からの寵愛を取り戻せると信じて、実行しようとしているのだった。
ーレオン帝国 リベラシュタットー
ヨアヒム=ドーペルト直属の部下であり、副官のルーカス=ヴェーバーは、ヨアヒムと共に、自由連合軍の会合に同行し、会合が終了した後、ヨアヒムが何人かと会談を行っている間、廊下で待っているところであった。
彼は、反レオン国家統一党であるヨアヒムとは決定的に思想が違ったが、目指すところは同じなため、それを隠し、ヨアヒムと行動を共にして来た。
ヨアヒムは、帝国、レオニカ人を中心としたオストレオン帝国の維持が目標であり、反差別ではないのに対して、ルーカスは、民族の平等を理想としていた。
とはいっても、初めからそれを理想と考えていたわけではない。それならば、帝国軍に志願していなかっただろう。
開戦前、たまたま、その時はまだ外国であったヤゲノで出会った女性と、恋に落ちたのだ。
一目惚れだった。彼は、観光もそこそこに、滞在期間中、ずっとその女性の元へと通い続けた。その時には、既にオストレオン帝国では、差別主義的な政策が施行され、
彼自身もまた、差別的な政策を受け入れていた。関心がなかったのだ。自分達にふりかかる災厄でもなし、その上、ただなんとなく国中に広がっていた漠然とした不安や不満、それらをマイノリティへ押し付けることで、溜飲を下げられた。だから、多くの者は、虐殺や奴隷化等の過激な、政策は伏せられていたこともあり、排斥や差別を漠然と支持した。
彼もその一人であったが、漠然とした差別感情であり、絶対的な憎悪でもなかったため、彼女の人種など気にしなかったのだ。
そうして、女性の方も、半年近くかけた彼のアプローチに負けたのか、それとも好いたのかは分からないが、彼を受け入れた。だが、その時にはもう、帝国では、外国人との結婚は殆ど許されなくなっていた。
しかし、彼は諦めなかった。
ならば、簡単だ。彼女が大切に思い、自身も半年の間に、好きになっていたヤゲノに自分が移住すれば良いと。そう考え、費用を貯めるためにも、暫く軍務に集中することにしたのだった。
彼女も待つと約束してくれたので、ルーカスは、喜び、オストレオンに休暇を終える形で帰国。
その日は、オストレオンによるヤゲノ侵攻の一月前であった。ルーカスは、オストレオンがヤゲノ侵攻を行って以降、帝国に対する反感を、怒りを持つことになった。
彼女は生死不明。
彼は、それを知った日以降、自らの頭で考えた。
自分が、漠然と受け入れてきたモノはなんだったのか、と。彼女を殺したかもしれない帝国のことを。
それを支持しながら、彼女を好いた自分のことを。
そうして、偶然、上官のヨアヒムが、反政府活動に身をおいていることを知った彼は、それ以降、ヨアヒムと表と裏で行動を共にすることになったのだ。
彼の見据える未来が別物であると知りながら。
ヨアヒムは、非帝国人差別を否定はしていない。彼自身、かなりの差別思想を有している。
故に、ルーカスは、言えずにいた。
非帝国人の女性を探したい、などと言えるはずもなかった。
ヨアヒムの権限ならば、調べることも出来ただろうが、下手をすれば、ヨアヒムがルーカスを切り捨てる可能性すらあった。
だから、ヨアヒムが非帝国人もいる組織と手を結んだ時は、彼は、心底驚愕した。
現実的観点からは、手を結ぶしかなかったのだが、そういう柔軟性を持ち合わせていたことが驚きだったのだ。
だから、彼は、ヨアヒムに、僅かな希望に縋る思いで願ってみることにした。
自分の婚約者を探して欲しい、と。
「バカを言うな。何故、お前だけのためにリスクを犯さねばならんのだ。しかも、非帝国人だと?尚更無意味だ。もうヤゲノが帝国領となってから何年経ったと思ってる?諦めて帝国人の良い女でも探すんだな」
そう冷たく突き放されるだけであった。
彼の言うことに理がある。ルーカス一人の為に、わざわざ組織を動かしリスクを負う必要などないのだから。頭では分かっていた。
ただ、感情では諦められないのだ。
ルーカスは、ただ彼女への想いから帝国に反抗する道を選んだのだ。せめて、生死だけでも知りたい、そう考えるのも自然なことだろう。
暗い顔で廊下にて待機しているルーカスの肩を誰かが叩く。
横を見ると、連携相手の自由連合軍を代表している、アベル=オイゲンがにこやかに立っていた。
「ヨアヒムさんのところの軍人さんですよね?そんなに暗い顔をされてどうしましたか?」
連携相手とはいっても、正式な同盟でもない組織の一構成員に、ボスがにこやかに話しかける。
そんな構図に、ルーカスは軽い不信感を覚えた。
「ええ、ヨアヒムの部下、ルーカス=ヴェーバーです」
「ルーカスくんか。よろしく」
アベルが笑って差し出した手を、恐る恐るといった様子で、ルーカスは握り返す。
「そう怖がらないで下さい。協力相手の方が暗い顔、それも尋常ではない程に、何かを思い詰めたような顔をしていれば、心配もするでしょう?」
顔にでていたか。とルーカスは恥じる思いだった。しかも、暗い表情まで大きく顔に出ていたとは、と動揺もした。
「何か、私達がお力になれることであれば、何でも仰ってくださいね。大切な協力者なのですから」
怪しさはあった。
だが、帝国に反抗する動機にも関わることであったし、アベルら自由連合軍の理想は、ルーカスの想いと、同じであった。
更に、少々の不自然さを覆い隠す程の、アベルの雰囲気。優しげで、つい親しみを覚える、話し方。
それらが、ルーカスの口を開く要因となった。
「実は...」
彼は、自身の身の上を話した。
その女性が生きているなら、婚約し、家族となりたい。だから、今の帝国を倒したい。
彼女の大切していた彼女の故郷を取り戻したい。それが、戦う理由なのだと。
「薄っぺらいでしょう?皆さんみたいに、立派な大義なんてないんです。ただ、私の好きな人が、笑っていられる場所が欲しい。ただそれだけなんです」
ルーカスはそう自嘲気味に笑った。
「そんなことはないですよ。愛する者のため。それは、充分立派な大義だと私は思います。それに、生死も分からない中で、ですしね。貴方は、強い」
アベルの言葉に、ルーカスは首をふる。
「彼女が生きていると、心から信じているかは正直分かりません。でも、怒りがあるんです。彼女を殺したかもしれない、彼女の故郷を破壊した帝国に、それを受け入れていた自分に。ただ、それだけなんです」
アベルはなおも優しい口調で彼を肯定する。
「大切なことです。怒りも、自省もね」
「ありがとうございます」
ルーカスは、これ以上話続けると、アベルに取り込まれてしまいそうな気がして、話を切り上げようとした。
すると。
「ふむ。なら、私達の方でその女性を探しましょう」
そう、突然アベルが言った
「え?」
思わず聞き返す。
「我々にも情報網はありますからね。何処の工場にいるか、や、何処のゲットーにいるか、生死はどうか、そんなぐらい簡単に調べられますよ」
「本当ですか...?」
「嘘をつく意味はないですよ」
アベルが笑う。
「でも、どうして...?」
困惑するルーカスの耳にアベルは周囲を見回し、誰もいないことを確認してから顔を近付け、囁いた。
「実は私もヤゲノ人でね。故郷を好きになったという貴方に、そして同郷の女性に、ちょっとした贔屓ですよ」
アベル=オイゲンがヤゲノ人?聞いたこともない情報。報告を?
そんな軍人としての思考が反射的に回るルーカス。
しかし、期待と、嬉しさとがそれらを吹き飛ばす。
アベルは、しーっと口に指を当て、少しいたずらっぽく笑う。
「ありがとうございます」
そんなアベルの姿を見て、思わず、ルーカスの口からは、感謝の言葉がこぼれ落ちていた。
暫くして、会談を終え出てきたヨアヒムと共に、ルーカスは去っていった。
その様子を見届けたアベルの横に、一部始終を見ていたエミリアがやって来て、言った。
「良かったんです?口止めしなくても」
「問題ないさ」
ニッコリとアベルは笑う。
「というか、彼の恋人の調査、本当にするつもり?」
「勿論」
少し怪訝な様子のエミリアに、アベルは笑って付け加える。
「安心しな。ちゃんと意味はある。ヨアヒムは中々頑固でね。利害こそ一致している今はいいが、いずれ敵対する可能性も残っている。そんな時、副官である彼が我々の仲間なら、心強いとは思わないかい?」
「彼を此方に引き入れるためってこね」
「そういうこと」
「地元贔屓かと思ったわよ」
「まさか。そんな贔屓で組織に不和を産むリスクなんて負いたくないしね」
「でも、調査だけで、完全にこちら側になるかしら?」
「そこは、多少時間をかけるしかないさ。ただ、取っ掛かりとしては充分過ぎる程だ。彼の本気さは伝わってきた。恐らく調査結果次第では、殆ど堕ちたも同然になるだろう」
アベルはそう自信たっぷりに、笑ってみせるのだった。