「そういうわけで、君の恋人の足取りは掴めた」
ルーカスは、アベルの報告に耳を疑った。
当初は喜んだが、考えてみると、自分を取り込む為に都合の良いことを言っているだけだったのではと疑い、本当に調べてくれるかも半信半疑であったからだ。見つけてくれるとも思ってはいなかった。
しかし、アベルは、本当に探し出してくれた。
ルーカスは驚き、少し遅れて、言い表し様のない喜びを感じた。だが、直ぐに不安も押し寄せる。
生きているかどうかは、まだ分からない。ぬか喜びになってしまうのでは、と。
意を決したルーカスは、アベルに尋ねる。
「彼女は、生きているんですか?」
「生きていますよ」
アベルは、そう微笑んだ。
「ほ、本当に...?」
ルーカスは、信じられぬ思いであった。
「会うかい?」
更に信じられないことを、アベルがなんでもないことのように言い、ルーカスは混乱した。
「どういうことですか??」
「奴隷にされてたんでね。ウチで保護した」
アベルに、つい自身の弱音をさらけ出してから、僅か半年で、ルーカス自身が何年かけても見つけ出せなかった彼女を見つけた上保護した、と言われ、彼は脳ミソがパンクしそうであった。余りに一度に衝撃が訪れ過ぎて、彼はこれが夢かと考えるほどだった。
「どうしてそこまで...」
わざわざ、彼女一人のために情報網を使ってリスクを犯したばかりか、救出までするとは、想像だにしていなかった。
「どうして、って。前に言ったでしょう?」
地元贔屓だと言われた。あの時は、興奮もあり、納得出来た。その後の冷めた状態ならば、上手く誤魔化したなと思えていた。だが、今はそんな理由では、納得出来なくなっていた。
「他に、理由があるんですよね?」
ルーカスにそう問われたアベルは、意外そうな顔をするでもなく、再びニッコリと笑った。
「さすがに気付くか」
うーん。と少し考えるそぶりをし、アベルは、「正直に言ってしまいますね」と、前置きし、言った。
「私達と手を組みませんか?」
やっぱり。ルーカスは、思った通りの答えに、少し安心した。
思った通りであり、彼らの策に嵌まったような気がして、少々不満を感じていたが、ルーカスにとってもメリットのある申し出だ。
故に、彼は答えた。
「是非」
そう言ってくれると思ったよ。と、微笑みを崩さず、アベルは服の胸ポケットから紙を取り出した。
「今度、こっそり本部に来ると良い。会わせてあげるよ。今日の所は、これで我慢してくれ」
手渡された紙を見たルーカスは、若干感じていた不満を消し飛ばす程の感情を覚えた。
写真。
「ああ、エリザ...」
思わずこぼれでたその言葉が、更に彼の感情を止まらなくした。
涙。
「ありがとうございます...本当に...」
最早、アベルの思惑などどうでも良かった。
口先だけで誤魔化せば良いものを、本当に探しだし、保護までし、更に、彼を安心させるための気遣いまでしてくれる。理由があるとはいえ、そこまでしてくれる彼らに、全くの恩義を感じないわけがなかった。
ヨアヒムについていくよりも、彼らについていくべきだと、決意することは、そう、難しいことではなかった。
「涙はふいておいたほうがいい。ヨアヒムに見られないようにね」
ハンカチを手渡し、アベルは去っていく。
「彼女に会いに来たときにでも返してくれ」
「必ず...」
声にならない声で、ルーカスはそう絞り出すのがやっとであった。
帝暦1933年9月15日
ーカルメリア連合 イーストアイランドー
ここは、かつて、オストインセルと呼ばれていた、オストレオン帝国の領土であった島だ。
先の大陸大戦の後、終盤に参戦したカルメリア連合が賠償としてオストレオンから割譲した島である。
資源も殆どなく、軍事基地としての役割以上は期待できない島であったが、カルメリア連合は正にその役割のためにこの島を獲ったのだ。
そうして軍事要塞と化したこのイーストアイランド、そこに、いきなり寡兵でもって奇襲をしかけようなどという輩が出るとは、誰も思ってはいなかった。
ましてや。他国と戦争中の、レオン帝国がそれをするとは、誰一人として、考えていなかった。
「司令長官殿」
新開発されたレーダーを睨む部下に呼ばれ、カルメリア連合軍イーストアイランド軍基地司令である、ジョン=ブレイズは書類から目をあげた。
「どうした?」
「それが、不明な艦影四隻が島に向かってきているのです」
「今日は訓練もなかったはずだよな」
「ええ。発艦報告も受けていません」
ブレイズは、困惑を隠せなかった。
何者だ?
「空軍と海軍に警戒する様命じろ。それと、パイロットに偵察にいかせるんだ」
まさか、敵襲であるとは思わず、海賊かなにかだと判断したブレイズだったが、念のため警戒体勢を取らせ、敵の正体を探ることとした。
「海賊でしょうか」
部下も同じことを考えていたようだった。
ジェルト=ケッチと、レオン帝国の大海戦以降、この辺りの海の治安維持に役立っていた両国の強大な海軍が、一方は壊滅し、一方は本土防衛の為に遠洋航行をほぼ行わなくなったため、ここ一年、海賊の数が激増していたのだ。
それから20分程経ち、偵察に出た航空機からの報告が入った。
『緊急!緊急報告!』
最新鋭の無線を搭載した機体であるため、ノイズも少なく、明瞭に聞き取れる。
『正体不明艦艇、し、親衛隊の、レオン帝国親衛隊の隊旗を掲げています!』
「バカな!?」
ブレイズは思わずそう叫んだ。
『間違いありません!!戦艦1!駆逐艦1!空母2!グ、グラディエーターが空母に搭載されています!』
更に続く報告に、司令部は騒然とした。
「まさか!攻撃!?」
「バカな!奴等我らとも戦争をするつもりか!?」
「いくら旧領とはいえ、アグロムノイとも連合王国とも戦争をしているのだぞ!?」
「とにかく、一旦帰還せよ!」
ブレイズがそう命じた直後のことだった。
『こ、攻撃を受けています!機銃です!奴等、艦艇の武装で...!』
必死な声と共に、金属の重低音が漏れ聞こえてくる。
「まさか、本当に!?」
『グ、グラディエーターが発艦!戦闘許可を!戦闘許可を請います!!』
「司令!どうしますか!」
一瞬の逡巡。
しかし、直ぐにブレイズは決意した。
「許可する!だが帰還を優先しろ!直ぐに応援を向かわせる!」
「航空機を可能な限り多く緊急出動させろ!!」
慌ただしく駆け出していく者、無線に叫ぶように命じる者等、司令部内は大混乱に陥っていた。
「海軍にも命じろ!!」
『グラディエーターに追われています!至急応援を!』
無線から必死の声が聞こえてくる。
『被弾.....』
その言葉を最後に無線は途切れた。
「くそっ...」
ブレイズは悔しそうに呟き、机を叩いた。
「何が、起きているんだ!」
ーレオン帝国 帝都レオンスブルクー
「総帥閣下!おめでとうございます!」
執務室に来るなり、秘書にそう言われたものの、シュナイダーは何の事か分からずにいた。
「アグロムノイの何処かの都市でも陥ちたか?」
「え?いえ。オストインセルの奪還についてですよ!」
「は?」
シュナイダーは今まで出したこともないような頓狂な声を出した。
「へ?総帥閣下の指令なのですよね?」
「何の、ことだ...?」
嫌な汗が、シュナイダーの背を伝う。
「親衛隊から、極秘裏にオストインセルの襲撃を行い、奪取した、と」
「そんな命令は出していない!お前に伝えてない命令などない!」
「親衛隊長官殿が、極秘裏の命令と仰っていたので、てっきり...」
秘書の顔もみるみる内に青くなっていく。
「そ、それに、親衛隊機関紙で既に報道されています...」
恐らく、秘書は意気揚々とシュナイダーに見せるつもりだったのであろう新聞を、恐る恐ると、取り出し、手渡す。
「なんだ、これは...」
『オストインセル奪還!旧領の全てを回収!偉大なるレオン帝国完全復活』
勇ましい見出しが踊る親衛隊機関紙を、シュナイダーは、感情の感じられない目で見つめる。
「親衛隊長官を呼べ。今すぐにだ!」
震える手で機関紙を引き裂きながら、シュナイダーはそう叫ぶのだった。