ーレオン帝国 西部第一総督府 首府近郊ー
『間もなく先鋒が市内に突入します!』
無線からの連絡を受けた、自由連合軍の前線指揮を執っているジャック=コワルスキーは、部下達に進撃を命じた。
「我々も続くぞ!帝国軍を駆逐し、この街を新たな拠点とし、一気に第一総督府領を制圧するのだ!」
帝国軍からの鹵獲や、ヨアヒムの協力を得て横流しによって手に入れ、改造を施されたグラディエーターにジャックらは乗り込み、発進する。
グラディエーターは本来、魔導士を燃料として積み込むことが前提とした作りとなっているが、ローベルトによって、運転者本人、もしくは同乗者の魔力によって動かす形へと改造したのだ。また、ガソリンによって、ある程度の補助も可能とし、燃費も良くなっている。
ジャックは魔力がないので、操縦者として乗り込み、魔力を持つ魔導士に同乗して貰うことでグラディエーターを操作していた。
街に向かう途上、先鋒として突貫したグラディエーターと戦車の混成部隊によって荒らされた帝国軍陣地から散発的な反撃が行われたが、それらは歩兵と数機のグラディエーターが殲滅に周り、即座に無力化される。
「これは時間との勝負だ!敵の援軍が到着する前に街を陥落させ、援軍を迎え撃つ準備を整えなくてはならない!」
ジャックは、付近にいる敵歩兵や車両を破壊しながら、前進していく。
『隊長!』
先鋒の部隊から連絡が入る。
「どうした?」
『不味いです!奴ら、既に援軍が...』
その直後、うわあという悲鳴、そして爆音と共に、無線が途切れた。
「おい!?どうした!?おい!」
ジャックの顔からは血の気が引いていた。
不味い。早すぎる。援軍だと?一体どれだけの部隊が。
とにかく部隊全体に共有するべきだと、彼は無線を取り上げ、全隊に連絡をする。
「緊急だ。先鋒の部隊がやられた。どうやら既に援軍がいるらしい」
努めて冷静に、部隊に不安を出来る限り広めないように事実を伝える。
どうすれば。
打開策がないかと必死に思考を巡らせるが、こちらの絶対数が不足している以上、如何ともしがたいことは明かであった。
そんなジャックの下に、再び無線が入る。
『奴ら、市内から出て此方に向かっている模様です!』」
「隊長!前を!」
同乗者の悲鳴のような声が通信に覆い被さるようにしてジャックの耳を貫く。
見ると、既に市内の方角から土煙が上がり、幾つもの機影が確認出来るまでになっていた。
「総員!敵援軍が来襲!戦闘...」
気のはやった兵が向こうにいるのか、まだ遠いにも関わらず、一発の光線がジャックのグラディエーターの真横を横切った。
「総員!戦闘配置につけ!」
言いきれなかった指令を下し、ジャックは無線を切って、戦闘準備を整える。
「魔力はまだいけるな?」
同乗者に確認する。
メーターでも確認は出来るようになっているが、念のためだ。
「大丈夫です。まだまだいけますよ」
「よし。行くぞ!」
ジャックがグラディエーターを発進させる。
「行くぞ!反逆者と劣等どもを殲滅するのだ!!」
レオン帝国側の前線指揮を執っているエリック=ハイドリヒはそう叫んだ。
彼は、ダメルサン州で民主国家連合に敗北した後、一部の残存兵力を引き連れ、脱出していたのだ。
そうして、彼は西部、この第一総督府へと来ていた。
援軍が予想外に早く来たのではなく、元からいたのだった。
刻々と変化していく情勢の中で、アベル達も、こうした変化一つ一つを把握しきることは出来なかったのだ。
ハイドリヒは、思い返していた。
大反乱の時のことを。
ヤゲノ総督府で起きたあの時のことを。
思考停止し、帝国にとって有害となったギルベルト=ハスリックを、国防軍のフリッツ=ワシンスキーと共に排除したあの時、彼は、既に反乱軍、ヤゲノ解放軍が迫る中、ハイドリヒに言った。
「君は逃げろ。私の部下達の内、ここから離れることを望む者を、共に連れていってくれ」
「貴方は逃げないので?」
運び出されていくギルベルトの死体を見送りながら、ハイドリヒはそう尋ねた。
「私は、非常事態下に権力を混乱させてしまった責任を取らねばならない」
「そらなら私も同罪だが」
「私は、もう一つ罪があるから」
「罪?」
「我が総督、ルドルフ閣下の指令を守り通すことは、出来そうもないからな」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、彼は笑い、そして、再びハイドリヒに向き直った。
「さあ、早く行ってくれ。私の部下を、頼むよ」
そして、彼は総督府から親衛隊と、幾らかの国防軍を引き連れ、逃げ出したのだ。
ワシンスキーにとって、ハイドリヒは、自分の地位を奪った憎むべき相手だったはずだ。
その少し前までは、間違いなく憎悪や怒りを向けられていた。
しかし、彼は、本当の非常時にあっては国防軍だの親衛隊だのも気にせず、憎んでいたはずの相手に、「君は逃げろ」と言った。
その経験が、ハイドリヒを変えていた。
第一総督府の総督は国防軍人であり、親衛隊を端から戦力としては数えていなかったようで、ハイドリヒらが駐屯しているにも関わらず、既に街を出た国防軍に引き返して援軍となるよう命じた。
彼が無能というわけではない。
国防軍の指示や依頼を、親衛隊が無視するなど日常茶飯事であるがゆえに、そう判断したのだ。
だから、ハイドリヒ自らが総督府に出向き、共に戦うと申し出たとき、総督は心底驚いた、というより、初めは状況を理解出来ていなさそうなほど、唖然としていた。
その様子を思い出したハイドリヒは、少しだけ笑い、気を入れ直した。
市内を出来るだけ傷付けずに戦って欲しい。
ここは西部占領地の重要補給拠点なのだ。
総督はそう、ハイドリヒに市外で戦うよう命じた。
親衛隊を信用しきれないというところもあるのだろうが、実際無闇に補給基地を荒らされるわけにはいかない。
故にハイドリヒはこの配置に特段不満を持ってはいなかった。
ダメルサン州では冷静さを欠いてしまったが、今度こそ、奴等に勝つ。
二度も不覚を取られたのだ。
三度目は、無い。
この街を守り通してみせる。
ハイドリヒはそう固く決意していた。
勝ち目はない。
ジャックは半ば諦めていた。
元々市内にいるはずの部隊を蹴散らすことが目的だったのだ。
余りこちらの数は多くない。
本当ならば、念をいれてもっと多くの戦力を引き連れてくるべきだったのだろうが、民主国家連合自体に軍の余裕がないので、どうしようもないのだ。
だから、ジャックはこの事態をアベルらに報告させるため、幾らかの者を逃がし、自分達は敵の足止めを行うことになるだろうと考えていた。
「やれるだけやるしかない」
自分に言い聞かせるようにして呟き、ジャックが一発目の砲撃を行おうとしたその時、目の前に広がる敵の機影に、グラディエーターのそれとは比べ物にならない太さの光線が落ちるようにして降ってきた。
巨大な爆発と、土煙が上がる。
「まさか!」
上空を見上げると、そこには空を多い尽くすような巨大な機影が浮かんでいる。
「アベル!!」
ジャックは直感で、その飛空船を指揮しているのがアベルだと感じていた。
ー飛空船 Freiheit内部ー
「間に合ったな。まさか既に援軍が来ているとは」
アベルは、砲撃用の魔力を送り込む装置に腕を突っ込みながら、安堵の息を漏らした。
「敵部隊、大きく陣形を崩したようです」
「よし。いいぞ。もう一発行くか」
「了解。エネルギー充填開始、願います」
「ああ」
「3..2..1..発射!」
ー地上ー
再び光線が落ち、帝国軍はもはや陣形など跡形もない状況とされてしまっていた。
「油断は、なかった...!だというのに..!」
ガン!とギリギリのところで光線に当たらなかったハイドリヒは、機体の扉を叩き、憤った。
「三度目....!!クソ!クソ!クソ!」
たった二発の光線で、三割近い兵力が戦闘不能となってしまったのだ。
「何故、叛徒共があんなものを持っているのだ!第一、あれは、リベラシュタットの親衛隊が持っていたもののはず...」
そこまで考えて、彼は最悪を察した。
「まさか、奴等、端から裏切り者だったのか?」
直感であったが、彼は真実にたどり着いた。
「いや、今はこんなことを考えても仕方ない」
首を振り、彼は目の前の状況へと思考を戻す。
「例え絶望的でも、やるしかない」
まだ兵力は市内に残っている。総督自身の軍が。
それが、今の光線を見たなら援軍として来てくれるはずだ。
ハイドリヒは素朴にそう考えた。
だが、それは希望的観測でしかない。
追い詰められ、勝ち筋に縋った思考となってしまっていたのだ。
一瞬で軍を溶かす光線を見た総督が果たして本当に援軍として駆けつけるだろうか。
同じ目に合うのを恐れて、下手をすれば逃げ出す、そうでなくとも、障害物の多い市内で戦おうとするだろう。
ハイドリヒは、絶望の中で、希望を打ち消すその可能性を必死に頭から追い出し、グラディエーターを動かした。
「援軍が来るまで粘れ!」
彼は、虚しい希望で味方を鼓舞した。
そうするしかなかったのだ。
「せめて少しでも敵に打撃を!」
そして、彼は、グラディエーターの最高速度を出し、一気に、未だ晴れぬ土煙から飛び出した。