西部の第一総督府陥落と、ほぼ同時に、MdV本社が反乱軍に制圧されたという報が駆け巡った帝都のロイヒテンダー宮は、混乱に叩き落とされていた。
総帥も例外ではなかったが、彼は周りに動揺を悟られぬ様に自室へと籠ってしまっていた。
それは、当然ながら、現状では逆効果であった。
総帥の指示がない状況下では自主的に動く勇気ある者は少なく、完全に権力機構が麻痺してしまったのだ。
その上、この大事な時に姿を現さない総帥への不満も生まれることになった。
それでもなお、トイフル=シュナイダー レオン帝国総帥は、自室から姿を現すことをしなかった。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
宛のない怒りをシュナイダーは一人完全防音の自室で叫んでいた。
「まだ耐えねばならんというのに...」
ぶつぶつと呪詛を吐きながら、彼は部屋をうろうと彷徨う。
「私の帝国、私の世界。後少しなのだ...後少し...」
シュナイダーは、ピタリと立ち止まり、何かをを考え始めたようだった。
「どうせ後で全て手に入るのだ。今は捨ててもいいじゃないか」
そう呟き、彼は部下を部屋に呼び入れるのだった。
ー民主国家連合 ミリー島ー
「西部、ウェスティンレオーネの解放は順調に進んでいます」
部下からの報告を受けたアベルはありがとうと書類を受けとり、頷いた。
レオン帝国本土方面への攻勢が停滞している以上、西部、ウェスティンレオーネの解放を優先することが戦後を考える上で重要になってくる。何処よりも早くウェスティンレオーネを解放し、かの国に恩を売ることで、民主国家連合を承認、少なくとも中立の立場へ持っていくことが求められる。
ウェスティンレオーネは民主国家でもある故に、市民からの人気を集めれば、世論を無視できない政府は、民主国家連合を支持せざるを得なくなるだろう。
だからこそ、現状、最優先して解放すべきなのだ。
アベルは、そう考え、民主国家連合の領土として主張する予定のないウェスティンレオーネの領土にもどんどんと浸透させていたのだ。
ウェスティンレオーネの解放がもう少し進めば、ジェルト=ケッチ連合王国にあるウェスティンレオーネ亡命政府に帰還を促す。
アベルは、それを、親民主国家連合的世論をウェスティンレオーネに喚起させる引き金とするつもりだった。
「その為には、私も出るべきかもな」
部下の去った執務室で、アベルは一人、呟くのだった。
ーレオン帝国 西部第二総督府首府 旧ウェスティンレオーネ 帝都 メイナスブルクー
「民主国家連合軍が迫ってきています。沿岸警備の部隊も、防衛に回すべきです」
「いや、それは出来ない。沿岸を空にすれば、制海権を握っているジェルト=ケッチの連中が上陸してきて、戦線が増えてしまう」
「ですが余剰戦力がありません」
「本国は何をしているのだ」
「何も指示は来ていませんね。我々だけでどうにかするしか...」
本国が政治的に停止している影響もあり、援軍の希望が絶たれていることで、総督府は迫り来る民主国家連合軍に対抗する策を出せずにいた。
「首府から北部地域を通じての補給路だけはどうにか維持せねば」
「ですが北方はヨアヒム=ドーペルトの軍勢が伸長してきています」
「八方ふさがり、というわけか」
総督達の会議に絶望感が充足した時、連絡官が部屋へ駆け込んできた。
「皆さん。失礼致します!!本国から緊急連絡!」
全員の視線が連絡官に集まり、連絡官は緊張した声色で、連絡を読み上げ始めた。
「『アグロムノイ方面の戦線を縮小し、それによって生まれた余剰戦力をヨアヒム=ドーペルトの反乱軍対処に当てる。そして、現在、ヨアヒムの反乱軍に対処している部隊の一部を、西部第二総督府への援軍として派遣する』そう総帥がご決断された、とのことです」
ようやく本国が動いたことへの安堵が、彼らに生まれる。
だが、問題は援軍の規模だ。
僅かな量では意味がない、アグロムノイの戦線を縮小といっても、元々劣勢になりつつあったのだ、捻出出来る戦力はそう多くはないだろう。
その事を思い、彼らは完全に手放しで喜ぶことも出来なかった。
ー民主国家連合 ウェスティンレオーネ方面軍最前線ー
「今回は私自ら指揮を執る。皆、よろしく頼む」
アベルは、自身が指揮することとなる部隊員達を集め、挨拶した。
「司令官自ら、ですか。何故突然...」
元々の隊長が驚きと少しの不満を除かせて尋ねる。
「うん。ヴェルナーにも止められたんだがね、民主国家連合の軍事的指導者となっている自覚を持て、とね」
だけど、とアベルは続ける。
「だからこそ、今回は私が出なくてはならないんだ」
アベルはそう言って背後に取り付けられた地図を指差した。
「既にウェスティンレオーネの帝都、メイナスブルクの近郊にまで我々はたどり着いている。我々はここの解放に行くわけだが、この解放作戦には重要な目的があるんだ。戦後を見据え、ウェスティンレオーネ市民に、我々が解放者であると、英雄であると思ってもらう。そういう政治的な目的がね。故に、指導者として表に出ている私が直接帝都に乗り込み、先陣を切って解放する必要がある。その政治的効果は、私が戦場に身を投じるリスクを取ってでも欲しい程、大きなものとなる、私はそう考えているのだ」
説明を終えると、アベルは隊長に向き直った。
「これだけで納得するのは難しいかもしれない。君が受けるはずだったメイナスブルクの解放という栄誉を寄越せと言っているようなものだからね。だけど、勝利には必要なことなんだ。この事には必ず報いると約束するよ。だから..」
アベルがそこまで言うと、もう大丈夫と言わんばかりに隊長は敬礼をして見せた。
「承知しました。貴方が必要だと言うのなら信じます。栄誉よりも、重要なのは勝利ですから」
「ありがとう。では、始めよう。ウェスティンレオーネの帝都を解放し、レオン帝国に支配されている市民を救い出すのだ!」
アベルが拳を掲げると、隊員達は一斉に敬礼した。
「はっ!」
「よし。では、グラディエーターの部隊は着いてこい。我々が先鋒で突入する」
アベルは、民主国家連合用に改造されたグラディエーターに乗り込み、部隊に命じ、自身が先頭となって出発するのだった。