レオン帝国本土へと侵入した民主国家連合軍は、レオン帝国が最終防衛線と位置付け、総帥の名を冠されたシュナイダー線へと到達していた。
名前からも、レオン帝国が、ここに賭けていることが明らかであった。
そこには、全盛期のレオン帝国と見紛えるほどの兵力が準備されており、民主国家連合にとっても、ここが雌雄を決する場となるだろう、とアベル達は直感していた。
これだけの兵力を用意している以上、他の前線、特にウェスティンレオーネの方面は手薄となっているに違いなく、レオン帝国は、明らかに反乱軍に敗れることを避けたがっていた。
だが、民主国家連合はここで足踏みをするわけにはいかない。
北方のアグロムノイ、そしてジェルト=ケッチが占領地を広げる前に、帝国の領土を出来る限り抑えねば、民主国家連合が安定した国家となることは出来ないからだ。
さすがのアベルも、強がった笑みこそ浮かべていたが、内心には不安を抱えていた。
これだけの兵を相手に戦えるのだろうか。
ヤゲノ解放軍として、オストレオンだった頃のレオン帝国軍と正面衝突した時の敗北を思い出し、どうしても、今の状況を重ねてしまっていたのだ。
「だからこそ。今度は...」
アベルは、自分に言い聞かせる様にしてそう呟いた後、無線機を手に、全軍へ激を飛ばした。
『さあ!諸君。勝利は目前だ!総帥と、統一国家党を打倒し、オストレオンに融和と自由を、そして我々に平和をもたらすのだ!』
それを合図とし、民主国家連合側のグラディエーターが同時に前進を始めた。
その後ろを固めるように、歩兵や魔力戦車、通常の戦車が並ぶ。
かつてのヤゲノ解放軍の頃とは違い、明確に軍として機能していることが、一目で分かる整然とした動きであった。
様々な組織が合流したことで、規律が重視されたこと、そして、ヤゲノ解放軍よりも歴史の長い反乱組織や、ヴェルナーの強い統制と細分化された組織力が強みであった民主レオニカ、ヨアヒム=ドーペルトからの軍隊秩序における助言等様々な要素が活かされ、軍事組織としてある程度完成された動きが出来るようになっていたのだ。
だが、それだけでは勝てないだろう。
故に、アベルは一つ策を用意していた。
ヴェルナーの組織力を活かした策を。
ーレオン帝国 シュナイダー線司令部ー
「いくら数が増えようと、グラディエーターを取り揃えようと、奴らの殆どは所詮軍事教育を受けていないチンピラだ。恐るるに足らん!一歩も引くな!劣等とチンピラに敗北するなどあってはならないことである!ましてや総帥閣下の御名前を冠したここを突破されるなど、言語道断!兵士諸君は、一切を捨てるの覚悟を持って、任務に当たれ!」
こちらでも、司令官が激を飛ばしていた。
勇ましい言葉を並べ立て、兵士に死ねと命じる激励である。
一部の狂信者以外は、最早そんな煽動では士気を上げることなどなかった。
本土に侵入された時点で、敗北など時間の問題、徐々に、だが確実に、レオン帝国軍兵士の間にその感覚が広がっている。
「帝国万歳!!」
司令官の勇猛なる演説が終わると、兵士らは、乗り気のしない表情で、持ち場へと戻っていく。
「士気が低すぎる..」
一人残った司令官は、兵士らの空気を感じ取っていた。
これでは、テロリストに勝つことが出来ないのではないか、考えたくない不安が、彼を包み込みつつあった。
「司令官閣下!」
そこに、伝令が飛んできた。
「どうした?」
「後背の、我々の補給基地の一つである、ウルフェンシュタットにて、反乱が発生した、と...」
「バカな!?」
司令官が驚くのも無理はなかった。
民主国家連合が蜂起した際に、多くの反乱が各地で発生し、それらは鎮圧されるか、既に民主国家連合に合流していた。ウルフェンシュタットでもだ。
鎮圧され、反乱組織は壊滅したはずであったのだ。
だが、起きた。
「何故、今!!新しい住民は入っていなかったはず!何が起きている!!」
彼を包み込もうとしていた不安は、確信的な絶望となって、彼を呑み込んでしまった。
からくりは、単純明快、しかし、だからこそ今まで思いもしなかったのだろう。前の反乱の時に、全ての構成員が蜂起に加わらなかった。ただ、それだけのことだった。
民主国家連合に合流した大組織の一つ、ヴェルナーの組織した民主レオニカは、組織図が複雑に作られており、階層化、細分化された細胞組織の連なりによって秘密裏な活動を可能としていた。
つまり、下層の構成員は、直属の人間しか知らないか、同僚一人しか知らない。
勿論、それだけでは数珠繋ぎとなる。
故に、そうした縦横の繋がりを、複雑に、煩雑にすることで、内通者が入ったところで組織の全体など想像も出来ないようにし、摘発されようと、何人かには繋がっても、組織の全体図が明らかになることはない、そんな組織を作り上げていたのだ。
それを利用した。
つまり、民主国家連合の蜂起に合わせて行われた各地の反乱は、その地域にいる構成員の半分程度が蜂起したのみであったのだ。
戦力の分散は、基本的に愚策であり、そうした面からも、帝国軍がそれに思い至ることは無かったのだ。
それが、これ以上ないほど上手く嵌まった。
ウルフェンシュタットを始めとし他の補給基地でも残っていた構成員に蜂起させ、同じことを起こす。
これにより、後方を撹乱し、補給を断つことで、練度で劣る、民主国家連合の、自由連合軍の勝率を引き上げることが、アベルの策であった。
自由連合軍の紋章の描かれたグラディエーター数機が、帝国の紋章が描かれたグラディエーター一機を追い回しているかと思えば、その逆の光景も見られる。
航空機も、帝国軍のものと、蘆角とカルメリアからのレンドリースによって多少獲得した民主国家連合のものが激しく戦闘を行っている。
地上は比較的戦列が保たれており、自由連合軍側は、グラディエーターや戦車を盾に、レオン帝国軍は塹壕に籠り、一進一退の攻防が行われている。
塹壕がしっかりとあるレオン帝国が、普通ならば地上においては有利なのだが、自由連合軍側のグラディエーターが、僅かでも余裕が生まれる度に塹壕に向けて一発発射することで、塹壕を混乱させ、互角以上の戦いへと持ち込んでいた。
故に、帝国は自由連合軍側のグラディエーター排除を最優先とし、ありったけのグラディエーターを投入することで、自由連合軍に猶予を与えないようにした。
だが、レオン帝国軍は、優秀なパイロットを既に多く喪っていた。
カルメリアが開発した魔力貯蔵技術によってアドバンテージを崩されていた彼らは、連合国がその物量にものを言わせて投入してきた数多の、新品で、明らかに帝国のものよりも燃費、機動力などの面が優れている機体と戦わされ、大きく損耗してしまったのだ。
故に新兵が多く、反対に、ここ最近の戦闘でグラディエーターに慣れ親しみ始めた自由連合軍兵士の練度が、部分的にだが帝国を上回りつつあるのだ。
アベルも、自らグラディエーターを操縦し、戦場を駆け巡っていた。
彼は持ち前の魔力でグラディエーターを操縦出来るため、燃料を詰め込む部分を出来るだけ小型、軽量化させ、機体を少しでも軽くし、代わりにエンジンの出力を上げていた。
直ぐに燃料は尽きるが、一番燃料を食う、起動のためにそれを使い、そこから直ぐに自前魔力へと切り替えることで、効率良く闘えるようにしたのだ。
数機のグラディエーターに追い回されていたかと思うと、一機の背後に回り、墜とし、次もまた墜とし、直ぐに自由の身を取り戻す。
傍目には信じられない戦いを繰り広げ、味方の士気を自然と上げていた。
「行けるぞ!皆!もう少しだ!」
仲間のピンチの場面へ即座に駆けつけ、援軍として奮闘し、孤軍では特別に作られた機体性能を活かしたアクロバティックな動きで敵を翻弄し、撃破する。
殆ど彼は無双というべき様相を作り上げていたのだ。
しかし、たった一人が超人的な活躍をしたところで、やはり全体の戦況を易々と変えることは出来ない。
概ね、互角。
民主国家連合が優勢ではある、そんな状況であった。
やはり、レオン帝国が出来る限りの戦力をかき集めたことが大きいのだ。
更に、司令官の判断で後方の反乱には箝口令がしかれ、前線の兵士はそれを知らずに戦っていたことも合わさり、士気の喪失を免れていたことも影響している。
だが、士気の低下した軍隊で箝口令が完璧に守られるはずもなく、3日が経つ頃には、噂が、前線中に充満してしまっていた。
箝口令はこうなっては逆効果だ。
話すことの出来ない何かが起きている。
その事実だけが兵士らに共有されてしまったことで、噂に、尾ひれが着き、はひれが着き、どんどんと彼らの不安を煽る情報が染み込んでいった。
中にはさすがに信じた者は殆どいなかったようだが、後の証言で「既に帝都で市街戦が始まっている」という噂まで確認された程だ。
一週間も経つ頃には彼らの士気は、戦いが始まった頃から更に低下していた。
対して、自由連合軍は士気旺盛なままであり、質の面で並んだ以上、士気が重要なファクターとなっていたことで、徐々に自由連合軍の優勢が誰の目にも明らかな状況となっていった。
だがそれでも、死守命令を受けていた帝国は粘り強く、何重にも掘られた塹壕線を徐々に後退しながらも、抵抗を続ける。
帝国の前線司令部も、無能ではなかった。
出来る限り、前線の混乱を沈めるため、備蓄を節約させることなく、通常通りに使用させ、兵士の不安を軽減。
そして、どうにか捻出したある程度の兵力でもって、蜂起を鎮圧させに向かわせる。
先ずは、マッケンゼン伯爵が亡命して以降軍が直接統治していた、スムーズに行政、補給の流通を回復させることの出来るウルフェンシュタットを奪還することを目指した。
しかし、司令部はここで大きなミスを犯した。それも、初歩的なミスを。
極度の緊張下に置かれ、物資の枯渇が目前に迫り焦っていた彼らは、ウルフェンシュタットを奪還するメリットに目がくらみ、その位置が、他の蜂起が発生した都市に挟まれていることを、考慮していなかったのだ。
結局、鎮圧に向かった軍は、他都市を抑えた反乱軍に挟撃される形で、ウルフェンシュタットを奪還することが出来ず、撤退した。
こうして、彼らは物資の枯渇という最悪の事態に直面することとなった。
趨勢は決した。
だが、それでも帝国軍が降伏することはなかった。
彼らは物資の限り戦い続け、その後も数週間、自由連合軍を抑え続けることとなったのだった。