レオン帝国が最終防衛線と決めていたシュナイダー線はよく戦ったが最早壊滅し、帝国の敗色は隠しようが無くなっていた。
しかし、国民の多くは総帥への支持を止めなかった。
何も、現実が見えていなかったわけではない。
多くは、他国を侵略し、破壊活動を繰り広げてきたレオン帝国が敗北するということは、それを支持してきた、少なくとも黙認してきた国民である自分達が、今度は差別される側に、弾圧、虐殺をされる側に回ってしまうのではないかと恐怖していたからだ。
逆に言ってしまえば、その不安を切り崩すことが出来れば、既に敗退続きの総帥が支持される理由はなくなる。
「そんなわけで、私達の主張をプロパガンダとして帝国市民に伝えるのは効果があると思うんだ」
ヴェルナーが、そうアベルとの協議の席で切り出す。
「つまり、積極的に虐殺や奴隷化に協力した親衛隊の様な連中を除き、罪に問うことはない、と喧伝するわけですよね。私も賛成です」
「決まりだな。反総帥の機運が盛り上がれば、奴の権力基盤は無くなったも同然となるだろう。軍には既に嫌われているし、親衛隊は暴走し、総帥と反目した。民衆の支持以外に頼むところのなくなった奴は、支持を回復させようと無謀な賭けに出ざるを得なくなるだろう」
「それはどうでしょう」
ヴェルナーの分析に、アベルが疑問を差し挟む。
「何かおかしかったか?」
「いえ、支持基盤の話などおおよそは同意です。しかし、総帥は既に軍の支持を失い、親衛隊を自在に動かせない以上、賭けに出ることは不可能だと思いますよ。座して我々の攻撃を待つしかないはずです」
「確かに、軍が総帥の無謀な命令を拒否する可能性は十分にあるな」
「恐らくその可能性が高いかと。軍がヨアヒム以外クーデターなんかを起こさないのはそんなことをしている余裕がない、だけでしょう」
「となると、現実的なのは...」
「民衆の支持すら離れた哀れな男は何処かに隠れるんじゃないですかね」
「だな。となると警戒すべきは軍や親衛隊が自滅的な抵抗をしてくることくらいか」
「ですね。油断せず、確実に帝都を落としきることを目指しましょう」
-レオン帝国 帝都 レオンスブルク -
ロイヒテンダー宮の一室、総帥の執務室。
「私は、必ず、この部屋に戻ってくるぞ」
そこで、トイフル=シュナイダーが、少し狂ったような、ギラつかせた目でくつくつと笑いながら呟いていた。
部屋を出た彼は、待たせてあった何人かの信頼出来る部下達と目を合わせる。
「さあ、行くぞ。後少しで我らの勝ちが確定するのだ。少しの不便くらいなんということもない」
自信満々といった調子でそう言う総帥であったが、それとは対照的に、誰にも見つからぬようこそこそと彼らはロイヒテンダー宮を後にしたのだった。
翌日、ロイヒテンダー宮は混乱の渦中にあった。
総帥がいなくなっていたからだ。
とはいっても、完全に消息が途絶えたわけではない。総帥が何処かから指令を飛ばしてきていることは把握されていた。
殆ど誰も知らない間に国のトップが官邸を抜け出し、勝手に多くの部下を残して何処かへ退避したことが問題なのだった。
混乱と怒り、憤り、これらが彼の部下達を包んでいた。
それは、どれだけ秘匿しようとしても市民にも噂となって広まってしまう。
当然のことだった。
総帥への支持は最早潰えた。
総帥逃亡の噂は、アベルらの耳にも届いていた。
「完全に予想通りとなったな」
ヴェルナーの満足そうな顔とは対照的に、アベルは少し不安げな表情を見せていた。
「どうした?」
「いえ、逃げることは予想出来たのですが、噂によると、一部の仲間を引き連れただけで、殆どの者には秘密裏に脱出したそうなのです。これが本当だとしたら、意味が分からない。それをすれば唯一残る市民からの支持も失われることくらい分かっていたはず。もっと根回しをしておくべきことだと思うのです」
「ふむ。確かに」
影武者を用意するなり、中央にいる者達には共有するなり、やりようはあったはずだ。
それをシュナイダーはしなかった。
不自然。
アベルが訝しむのも当然であった。
「支持などもう、不要だということだろうか」
ヴェルナーも、アベルに言われ、不自然を感じ、理由を考え始めていた。
「もし、不要だとして、何故不要となったのでしょう...」
「ううーむ...」
二人は頭を抱えたが、その後すぐに前線からの報告が届き、其方に対処せざるを得なくなり、二人はモヤモヤとした不穏感を抱えながら業務に戻るのだった。
数日後
不安要素こそあるが、総帥のいなくなった帝都など絶好の狙い目である以上、標的としない理由はないということで、帝都攻略作戦がアベルによって発案された。
「シュナイダー線を突破し、帝都までの道程が見えた。そして、帝都からはシュナイダー総帥が消えた。この好機を利用しない手はない。我々は、帝都を強襲し、帝国の政治機能を奪う。成功すれば、帝国は政治的に停止するだろう。そうなれば、もはや帝国軍は敵ではない」
自由連合軍の幹部を集めた席でそう提案したアベルの帝都襲撃案に異を唱える者はいなかった。
「具体的にはまず、敵の耳目を引き、大きな混乱状態を作るために飛空船Freiheitを突貫させる」
だが、つづいた彼の言葉には、動揺が広がった。
アベルの策が突飛であったから、というわけではない。むしろ敵の注意を引き、隙を作り出すというのは常道でもあるだろう。
そこには何の驚きもないのだ。
だが、さすがに帝都へと巨大な飛空船が侵入して、無事にいられるわけがないだろう。
アベルは、今まで誰かが必ず犠牲となるような作戦は提案してこなかった。
それに困惑が広がったのだ。
最後の最後になり、今までの全てをひっくり返すのだろうか。そうでないなら、アベル自身が突貫するとでも言うのだろうか。
彼らは、そこに動揺したのだった。
「私と、志願した魔導士数名で乗り込み、敵の動揺を誘う」
後者であった。
「司令官がそのような真似をされるなど!」
反対の声が上がる。
「では、部下が死地へ出向くのを黙って命じろと?それは私ではないよ」
笑いながらアベルはそう反対を断ち切る。
「それに、私が行った方が生存率が高い。魔力量が多いからな。空を無理やり飛んで逃げることが出来る私が適任なんだよ。間違いなくね」
アベル自身は、死ぬつもりは毛頭無い。
だが、もしものことがあったとしても、ヴェルナーが残っていれば、組織が停止することはない。
故に、彼自身が行くことを決めたのだ。
かくして、帝都強襲は決まった。
既に政治的には植物状態とも言える様相の帝国に、止めが刺されようとしていた。