帝都陥落。その報は、瞬く間に世界へと広がった。結果的に言うと、帝国軍は瓦解した。
総帥が公の場に姿を現さなったこと、更には帝都で指揮を執っていたケンプを始めとする指導部の消失、これらと度重なる敗北が積み重なり、多くの兵士の士気を喪失させていたのだ。
帝都の降伏によって、ヨアヒム=ドーペルトの戦っていた北方の戦線も帝国軍の多くが降伏したことで、スムーズな進軍が可能となっていた。アグロムノイがリストニック共和国と少しの帝国領を占拠した状態から先に進ませぬ為に、ヨアヒムの軍は国境部の制圧を最優先とし、多くの領土を保全することに成功した。
ジェルト=ケッチと、ウェスティンレオーネは、ウェスティンレオーネ領内に残る残敵を掃討し、国土の完全解放を目指していたのだが、帝都降伏と共に、領内に残存していた兵力ほぼ全てが降伏。解放を達成する。
事実上、レオン帝国は崩壊し、後は、未だに頑強な抵抗を続ける親衛隊と、一部の国防軍を残すとみとなった。
民主国家連合は、帝都の完全制圧を待ち、本部を帝都レオンスブルクへと移転した。
前線付近であることから、ヴェルナーとアベルの連携が取りやすい場所として、選ばれたのだ。
-民主国家連合 臨時首都 レオンスブルクー
「まずは、お疲れ様だな。アベル」
首都に到着したヴェルナーは、アベルに会うと、開口一番労いの言葉をかけた。
「ヴェルナーさんも、色々ありがとうございます。貴方の根回し等もあればこそです」
オストレオン地域の多くは未だに民主国家連合の支配下にないが、その周囲を取り囲む形に彼らの支配地がある、とちう状況になっているため、彼らにも心の余裕が生まれていた。
「総帥を探し出さねばならんな」
「ええ。それに、ヨアヒムが大人しく合流するか ...」
彼ら最大の懸念は、ヨアヒムの軍隊となっていた。ヨアヒムがこのまま大人しく民主国家連合に参加し続けるのか、彼らはまだ半信半疑であったのだ。
「ルーカス=ウェーバーからは何か?」
ヴェルナーは、アベルが籠絡したヨアヒムの副官の一人の名を出した。
「特に何も。まあ問題はないと思いますがね」
その後も彼らは少し話し込んでいたが、一先ず、臨時首都の治安回復と、帝国軍残党の掃討を優先するべき、と考え、それぞれの職務へと戻ることとなった。
帝暦1934年8月19日
アベルが、未だに抵抗する親衛隊が占拠していた街を解放した頃、一つの報告がもたらされた。
曰く、付近にある街に、総帥の別荘があったというのだ。
しかも、その別荘の地下には、巨大な研究施設の様な場所があった、と。
そして、そこに潜んでいた研究チームを捕縛した、とも。
その報告を受けたアベルは、首都のヴェルナーに連絡する様に伝え、自身は別荘があるという街、"ノルトクライム"へと向かった。
-民主国家連合 ノルトクライム-
そこは、静かな街だった。小高い丘に、昔ながらの家々、広々とした土地。
牧歌的な雰囲気の漂うその街に、全くもって似つかない、近未来的にすら見える巨大な研究施設が地下に眠っているのだ。
「あの丘の上にあるのが別荘か」
小高い丘の頂上、見晴らしの良さそうな場所にある大きなバルコニーが備え付けられた家を指差し、アベルが案内者に尋ねた。
「ええ、内装も、絢爛豪華という言葉にふさわしいものでしたよ」
吐き捨てるような調子で案内者は言う。
自分達を弾圧して来た男が、国民からの税金すらも自らの為に使っていた事実に、心底憤っているのだろう。
「此方です」
別荘の丘から少し離れた岩場にある小さな洞穴。その中に作られた、上手く偽装されたマンホールの様な入口へ案内者が入っていく。
アベルもそれについて入ると、かなり奥へと続く階段が直ぐに待ち構えていた。
彼らは、そこで待機していた護衛の兵数名と共に、階段を降りていく。
暫くすると、広い空間、パイプやら、電線やらが壁を伝い、何に使うのかといった巨大な機械が無造作に配置されている、どう見ても研究施設といった様相の場所に、彼らは到着した。
「なんだ、これは...」
地下にこれほどの施設が存在する事実に、アベルは驚愕していた。
「此方に捕縛した者達を監視している兵がいます」
案内者に先導され、アベル達は、静寂の広がる機械の群れを抜けていく。
幾つかの通路を曲がり、部屋を通り抜けたところで案内者が足を止めた。
「ここです」
彼が、目の前にある扉をゆっくりと開き、他の者達を招き入れる。
アベルも部屋へと足を踏み入れると、十数人の白衣を来た男達が拘束されている様子が目に入った。
「彼らか?」
その回りを取り囲む様にして銃を構えた護衛らが警戒をしている。
「はい。逃げようとしていたところを取り押さえました」
「ありがとう」
アベルが、拘束されている者達を見渡すと、見知った顔がいた。
「おや?ハルトマン博士、かようなところで何を?」
アベルの顔に気付いたハルトマンは、ビクリと身体を震わせた。
「そう怯えないでください。最後にお会いしたのはいつだったか、数年前になりますかね」
「.....」
ハルトマンの反応がないことを確認したアベルは彼に詰め寄り、顔を覗き込むようにして、口を開いた。
「博士。一体、ここで、何をしていたのですか?」
尚も、ハルトマンは黙ったままだ。
「エッケハルト=ハルトマン。答えろ」
直前の態度とは打って変わって、冷たい声色のアベルに詰められたハルトマンは、一瞬怯えた色を見せたが、なおも沈黙を続ける。
「...仕方ない。調べるしかないか」
ハルトマンを睨み付けながら、アベルは立ち上がり、そうため息をついた。
「悪いが、ヴェルナーに再度連絡して、技術者や研究者、そうだな、ローベルトを呼ぶよう伝えてくれ」
帯同してきた兵の一人にそう命じ、アベルは他の者達に目を向ける。
「ここの制圧は済んでいるのだよな?」
「はい。全ての部屋を捜索済みです」
「よし。では、私自身の目でも幾らか見ておきたい。重要そうな部屋や設備はあったか?」
アベルが兵に尋ねると、護衛の兵士何人かが目を合わせ、代表で一人が答えた。
「ありました。コントロールルームの様な部屋が」
「では、そこに案内してくれないか?」
「そちらへは私が」
護衛の兵がそう名乗りを挙げる。
「よし。では頼む」
そうして、兵の案内でアベルがたどり着いたのは、幾つもの配線が繋がれ、数多くのボタンもあり、素人目には何に使うのかといった幾つもの部品が取り付けられた傍目にはSFに出てくるロボットかと見紛う程に複雑な見目をした、巨大な機械群が備え付けられた部屋だった。
機械群は、戦車やグラディエーターの操縦卓に酷似した、しかしそれより遥かに横長の、コントロールパネルと思わしき機械の後ろに設置されていた。
「確かに、なにかを管理していそうだな」
アベルがそう言いながら、機械に近付こうとした瞬間、乾いた金属音がし、それと共に彼の横目は、写っていた護衛の兵士二人が、ぐらりと崩れ落ちる様子を捉えた。
「....!?」
瞬時に姿勢を屈めると、丁度右から左へと頭上を銃弾が飛び抜けていったようだった。
慌てて身を翻し、魔力を放つ。
どうやら物影に潜んでいたらしい何者かは、その物影ごと魔力で吹き飛ばされたようで、其方から銃弾が飛んでくることはなくなった。
だが、護衛二人が、同時にやられた。
その事実がアベルを戦闘状態からは解かせなかった。
ぐるり、と反転しようとしたアベルの目が、先程の機械群の前に立つ、人影を捉える。
「誰だ!」
瞬時に体勢を建て直し、その人影へ向かって掌を向けた。
「...!!」
人影の正体は、アベルの思考を一瞬止めた。
「トイフル=シュナイダー...!!」
それは、消えたはずの総帥であった。
アベルが見間違えるはずはなかった。
何度も、何度も、シュナイダーの姿が報じられたニュースを、シュナイダーの演説する映像を見てきたのだ。独裁者、レオン帝国総帥、トイフル=シュナイダーその人に、間違いはなかった。
「存外早く見つかってしまったね」
シュナイダーは焦るでもなくそう笑った。
「何がおかしい」
「いやあ。純粋な感想さ」
「随分余裕そうだな」
「それは勿論。だって私の勝ちは確定しているのだからね」
ニヤリと、余裕のある挑発的な笑みを、シュナイダーは、アベルへと向けた。
「何?」
アベルの訝し気な表情を楽しそうにシュナイダーは見つめる。
「この機械、何だと思う?」
「...貴様と楽しくおしゃべりなどするつもりはない」
アベルは魔力をシュナイダーに向け撃ち込もうとしたが、シュナイダーの次の言葉で止めざるを得なかった。
「おっと、私の後ろにある機械が損害を受ければ、何が起こるか分からんぞ?」
「...!?」
「こいつは、新兵器のコントロールを司る機械でね。君の部下が到着するまでの間に、計算は殆ど終わっていたのだが、直前に侵入されてね、おかげで暫くダクトの奥に隠れざるを得なかったよ。君の部下は優秀だね。ダクトの中にも目を光らせてきて、あの時はさすがに肝を冷やした。お陰でダクトの奥の奥で無様に縮こまるはめになった」
「そんな話が聞きたいんじゃない」
「どんな兵器か知りたいのだろう?教えてあげよう。君は、ミサイルを知っているかね?」
ミサイル。確か、レオン帝国が何度か自由連合軍への攻撃に使ってきた飛翔兵器だ。
「それがどうした」
「結局短距離のミサイルすら量産は間に合わなかったが、データは充分集まったのでね、作ったのさ。長距離ミサイルと呼ぶべきものをね」
「....!!」
「薄々察してきたかい?そう。こいつは他国の領土へ、大陸を跨いで直接攻撃することが可能なミサイルの弾道を計算する機械だ。そして、その発射準備は既に整っていて、後は私がこのボタンを押すだけ、というわけさ」
「もし俺が貴様に魔力を撃てば、後ろにある機械ごと壊すことになる。もし、それを行えば、暴走するということか?」
アベルは動揺を気取られぬよう、慎重に言葉を選んだ。
「概ねそういうことさ。正確にはどうなるか分からん。適当に全部のミサイルを撃ち上げてどこへともなく着弾するか、ここで暴発するか。何にせよ不明確だ」
「だが、ミサイルといっても所詮は爆弾..」
「はは。ミサイル単体ならね。そいつに、強力な、そうだな、超大型爆弾が積んであるのさ。恐らく街の一つや二つ、簡単に消し飛ぶ威力だ」
どっと、アベルの背静に嫌な汗が吹き出す。
「そのボタンを押せば..」
「ああ。とりあえず五発作った内の二発が、カルメリアの首都と、ジェルト=ケッチの首都へと飛んでいく」
「もし、俺が攻撃をすれば」
「誤動作を起こしてここで五発が暴発するか、五発とも何処かに飛んでいき被害を生む」
さて、とシュナイダーは楽しそうに続ける。
「私の勝ちだという意味が理解出来たかな?君は、その掌を降ろさざるを得ないのだよ」
アベルは悔しさで唇を噛み締めた。
シュナイダーに攻撃しようと動作をすれば、それだけでボタンを押されてしまう可能性もある。つまり、仮に機械が壊れようとミサイルが暴走せずとも、発射はされる可能性が高い。だが、アベルが掌を降ろせば、シュナイダーは躊躇うことなくボタンを押すだろう。
どの選択を取るにせよ、多くの被害が生まれることは確実だった。
ミサイルの話がハッタリだとも思えない。
ハッタリのためにわざわざ隠れ場所から出てきてこんな真似をする必要性がないからだ。
アベルは決断の為にも時間を引き延ばす作戦に出た。
「貴様は、何が目的なんだ。帝国を見捨てたかと思えば、こんな研究をして、罪なき人々を、無為に死なせようとして...帝国は消滅したのに、こんな無意味な...!」
「はっ。帝国は消滅などしていない。私の掌の上にあるのさ」
「...?」
「分からないかい?この超強力なミサイルでカルメリアとジェルト=ケッチの首都を攻撃し、消滅させる。そんなことが我々には出来るのだと、世界に示すわけだ。つまり、従わなければ、貴様らの国が滅ぶと思え、という警告になる。彼らは、恐怖するだろう。自国が突然消滅するかもしれない、特に為政者にとっては恐ろしいだろう。自分達がいつ死んでもおかしくない状況になるのだから」
「そんなことをして何がしたいんだ...」
恍惚とした表情で語るシュナイダーに、アベルは得体の知れない恐怖を感じていた。
「決まっているだろう。世界征服さ」
「は?」
予想外の答えにアベルは頓狂な声を挙げた。
「勿論。直接世界を支配するわけじゃない。世界の全ての国をこの力で従え、世界を私のコントロール下におくのさ」
「そんな、バカげた夢のために?俺達は...奴隷に、燃料にされてきたというのか!?」
「そういうことになるな」
何でもないことのようにシュナイダーは言い捨てる。
「バカにしているのか!!」
「大真面目さ。誰だって、君も覚えはないかい?小さい頃に、世界の王様になれたら、とか考えたことがあるだろう?」
私は、とシュナイダーは続ける。
「その幼稚な、しかし、誰もが一度は憧れるその夢を、実現出来る能力と機会があった、ただそれだけだよ」
正直、どちらでも良かったんだ。とシュナイダーは、アベルの顔を見る。
「君らを劣等としたのは、単純にその方が帝国の勝率が高まると考えたからだ。曲がりなりにも大国で、政情不安なおかげで漬け込む余地が大いにあった我が祖国。私の夢を実現するには良い舞台だった。しかし、資源が足りない、その問題だけは如何ともしがたかった。そこで目を付けたのが魔力技術だった。あれならば、オストレオンの資源不足を解消することが出来る、とね。そして予想は大当たり。本当ならそのまま通常の戦争で勝利し、支配を固めるつもりだったのだがね」
アベルは浪々と語るシュナイダーに、言い知れようもないほどの嫌悪感と、怒りを感じていた。
"どちらでも良かった"その程度の感情で、アベルは燃料奴隷とされ、エミリアは家族を殺され、それが生んだ憎悪によって、彼のたった一人の親友が殺されたのだ。
しかも、祖国を偉大にしたい、そんな月並みな愛国心ですらなく、ただ、自身で幼稚と言ってのける程の夢を実現させるためだけに。
腸が煮えくり返り、思わず魔法を放ってしまいそうになるのを必死にアベルは抑えていた。
「さて、もう話は良いだろう。さっさとその掌を降ろしたまえ。それとも、ボタンを押して欲しいのか?」
「降ろしても、どうせ撃つだろう」
「そうだな。二発は確実に。だが、君が魔力を放てば、暴走したミサイルが五発とも何処かの都市に飛んでいくかもしれないぞ?最も犠牲者が少なく済むのは、どうするべきか、簡単に分かるだろう?」
「五発とも、この場で爆発するかもしれんのだろう」
「で、あるならば、君は、この上に住む二万五千人の人々を犠牲にする覚悟があるのかね?」
「....!!」
クックッとシュナイダーは嗤う。
「さあ、どうする?君が降伏すれば、二発のミサイルで200万人程度が犠牲になるだけで済むが、降伏しなければ1000万人近い犠牲者を生むかもしれんぞ?それに、最低でも君自身の手で、二万五千人を殺すことになる。君にそれが出来るかな?全ての人を解放すると掲げた君が!!」
「.......」
「君の判断を後押ししてあげよう。幸いにも、カルメリアが魔力の貯蔵技術を発明した今、燃料奴隷の必要性は無くなっている。君が今、この場で降伏するのであれば、ヤゲノを初めとする私が征服した国々を解放してやろう。どうせ、このミサイルで従わざるを得ないのだからな。国を切り離すことぐらい何と言うこともない。どうだ?奴隷は解放され、燃料奴隷はもう生まれなくなる。君にとって、現状選ぶべき最善は、何かな?」
「くそったれ...!」
アベルは、ゆっくりと掌を降ろしていく。
「ククククク。存外素直じゃないか」
アベルは、ゆっくりと降ろした手を、腰に付けているホルスターへと瞬時に寄せ、拳銃を取り出し、目にも止まらぬスピードで構えた。
「はは。なるほど。銃の方が機械に行くダメージは少ないと見込んだか?だが、こいつは凄まじく繊細だ。配線一本の故障が、暴走を引き起こすかもしれんぞ?」
まだ、アベルは迷っていた。魔力よりは機械に与えるダメージが少ないと、拳銃へと切り替えたが、それでも、引き金を引く決断を、下すことが出来ていなかった。
「さあ、どうする?無意味な抵抗は止めたまえ。君らの命は保障されるし、私の下で、君たちの国の安全すらも保障されるのだぞ」
「全てが貴様次第の世界になど、未来はない!」
「はっは。何を言うかと思えば。なら、君が、人々の憎悪を受ける立場になるか?君のせいで大量に人が死ねば、結局憎悪は生まれる。どちらにせよ、繰り返しだ。私の世界は、間違いなく平和だよ」
「黙れ!貴様の思い描く世界が平和なわけないだろう!逆らう者を力で脅し、日々死の恐怖で従える!そんなもの、平和とは呼ばん!」
「では、どうする?」
嘲る視線をアベルに向け、シュナイダーは嗤い続けている。
「......」
アベルは、銃口を、ゆっくりと、シュナイダーの頭へと合わせた。
「うおおおおおおおお!!」
何かを吹っ切る様に、振り払うように叫び、アベルは引き金へと神経を集中させた。