オストレオンを支配下に収め、世界の列強国相手に戦争を仕掛け、一時期は、レオン亜大陸を統一までした国の総帥は、何百、何千万という人々を奴隷にし、燃料として犠牲にしてきた冷酷無比なその男は、ただ横向きに、人形を倒したかの如く、無機質に崩れ落ちた。
アベルはそれを、驚愕と困惑の目でもって見つめていた。
彼は、まだ引き金を、引いていなかったからだ。
今や肉塊と化した総帥は、アベルの目の前で、側頭から血と肉を弾き飛ばしながら、倒れたのだ。
今も、赤黒い血液が、死体の側面から流れ続けている。
一瞬のことに困惑したアベルだったが、慌てて総帥を殺したものが飛んできたであろう方向を向いた。
「よ」
そこには、彼の友人、ジャック=コワルスキーと、ローベルト=ハインツが立っていた。ジャックの方は、彼の愛用している銃を構えて。
「ジャック!!」
「グッドタイミングだったようだな」
助かったという表情をしたアベルを見たジャックは、得意気な顔をして笑った。
「ああ、本当に助かったよ。でも、どうして君が」
この疑問には、ローベルトがジャックの隣に歩みでて答えた。
「私の調査の護衛として着いてきて貰っていたんだ。そしたらヴェルナーさんを通して君からの連絡が入ってね」
ローベルトは、その知識量と、技術力を買われ、技術者と研究者のチームを纏めて、各地の帝国軍の研究施設や兵器類の検分や調査を行っていたのだ。
「で、俺達はたまたま近くの都市にいたってわけ。だから早く来れたんだ」
「そうだったのか。ありがとう。また、君に助けられたな」
アベルは、安心した様子で息を吐き、彼を救ってくれた友人に礼を伝えた。
「気にすんな。にしてもなんで総帥がこんなとこに?」
「ああ、そうか。詳細は連絡していなかったな。ローベルトさん」
アベルは、既に目の前にあった巨大な機械群に目を奪われていたローベルトを呼んだ。「なんだ?」
実は、とアベルはシュナイダーが喋った目の前の機械についての情報を伝える。
「マジか...そんなもんが完成していたとはな」
「だからどうにか無力化して、解体して欲しいんだ」
「解体までは保障出来んよ。とりあえず発射出来ないようには急いでしてみるが...」
「分かった。では、出来る限りやって欲しい」
「了解。他の技術者や研究者連中も呼び寄せなきゃいかんな」
「それに関しては、私が首都に戻る前に連絡するよ」
話を終えると、ローベルトは早速、巨大な機械を見て回り、時折、彼が所持しているメモ帳に何やら書き留め始めた。
「ジャックは応援が来るまで護衛を頼む」
「任せろ」
アベルは、ジャックと握手を交わし、捕虜となった研究員達が集められている部屋へと戻る。
「アベル司令!?護衛はどうされたのですか!?」
部屋に戻るなり、見張りの兵は、護衛のいなくなっているアベルを見て、慌てた声を挙げた。
「聞こえていなかったのか?」
銃声やらが響いていたのだ。あの段階で応援として彼らが来なかった時、もしかすると他の総帥の仲間にやられてしまったのかも、とアベルは考えていたのだが、どうやら全く違ったようだった。
どうも、施設全体に防音が施されており、隣の部屋の音もよく聞こえない有り様らしい。
「申し訳ありません!」
兵らが、謝罪してきたが、アベルも責めるわけにはいかない。当然、彼らが裏切ってでもいない限り、責めるつもりなどどちらにせよ毛頭無かったが。
「さて、研究者諸君」
アベルは、捕虜となっている研究者らに向き直った。
「総帥は死んだぞ」
「な...!」
アベルの淡々としたその言葉に、ハルトマンら数人は、大きな衝撃を受けたようだった。
「どうする?これ以上黙っていても良いことなど、何もないぞ」
それでも、ハルトマンらは未だに信じられないのか、押し黙ったままであった。
「仕方ない。ならば、我々の方でミサイルの解体をやるしかないか」
アベルがわざとらしく溜め息を付きながら言うと、ハルトマンらは動揺した。
アベルはその様子を見て、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「どうして知っているのか?という顔だな。他ならぬお前達の総帥が、ペラペラと話してくれたのだよ」
「バカな...」
ハルトマンは、そう呟き、悲壮さすら感じさせるほどに顔を青白くさせた。
「さて、そこで、だ。もし私達に協力するのであれば、君達のことは無罪放免としようと思っているのだが、まだ、総帥に忠義を尽くすかね?」
最後の一押しだった。
こうして、見張りの兵らに総帥の死体の片付けも依頼し、彼らと共に、既に作業を始めているローベルトの下へ、研究者らを送り届け、アベルは地上へと向かった。
地上に付いた彼は、まずヴェルナーに連絡を入れ、彼の方で研究者、技術者を集めても、うよう依頼した。連絡を終えると、彼は近くにいた幾人かの兵を引き連れ、首都へと戻るのだった。
-民主国家連合 臨時首都 レオンスブルク-
「大変だったな」
ヴェルナーは、アベルを迎え入れるなりそう言って、彼を労った。
「ええ、ですが、総帥は死にました。それに、奴等の最終兵器もこちらの手にあります。これで、レオン帝国はお仕舞いです」
「そうだな。これで漸く落ち着ける」
「ええ、漸く、民主国家連合の建設に取りかかれますね」
「!...そうだな。これからだ」
二人は、自然と握手を交わしていた。
労い、感謝、そして、この先の協力を込めて。
帝暦1934年8月21日
ヨアヒム=ドーペルトは部下を数百人連れて、今やレオン帝国の帝都から、民主国家連合の首都となったレオンスブルクへと来ていた。
彼の担当していた戦線からも、レオン帝国軍は駆逐され、大きな戦闘は終結していたので、首都の様子を見に来ていたのだ。
幾つかの施設を見て回り、市内の様子を見て回った後、彼はヴェルナー、アベルとの会談に臨む。
彼に取っては多少見覚えのある財務省の庁舎が、臨時の政庁となっていた。ロイヒテンダー宮は崩壊し、議事堂、国防省も大破。首相官邸も、戦闘で破損していたため、一番無事であった財務省庁舎が選ばれたのだ。
レオン帝国財務省庁舎改め、民主国家連合臨時政庁の最上階、民主国家連合民族横断評議会議長室となっている、かつての大臣室へたどり着いたヨアヒムは、部下達をホールに待たせ、議長室の扉を開けた。
「おや。ヨアヒムさん。お早いですな」
ヴェルナーの言葉通り、約束の時間より10分程早かった。
「お取り込み中でしたかね」
「いえ、問題ありません。市内の様子はどうでしたか?」
アベルは、ヨアヒムに一見すればそうとは見えない愛想笑いを向ける。
「政治の中枢が概ね壊滅していること以外は平和的ですな」
「すみません。早期陥落にはあれしかなかったもので」
ヨアヒムの嫌味に、アベルは気付いていないかのように軽く返した。
「...さて、大規模な戦闘は終結したわけですが、これからの方針はどうなさるのですかな?」
ヨアヒムは、話題を変え、形式上政治のトップであるヴェルナーの方へと向き直った。
「そうですな。まずは現在の民族横断評議会を改組し、民主国家連合最高会議を設置します。そして、各民族ごとに、戦前の国境を基礎とした独立国を建設。そこで選挙によって選ばれた各国の代表を最高会議議員とするシステムを導入します。勿論、目下の混乱が治まるまでは選挙は延期、現在の横断評議会メンバーが臨時で会議議員となるわけですが」
「つまり、国家のシステム形成を優先すると」
「そういうことですな」
「レオン、いや、オストレオンはどうなるのです?」
「独立を強く望む人々の多い地域は分離しますが、基本的には戦前の国境へと戻します」
「...オストレオンも、他の国々と同列に扱うのですね?」
「それは勿論」
「当然です」
ヨアヒムの確認には、アベルもヴェルナーと共に応えた。
「事前の協定通り、オストレオンからは賠償金なども請求しません。今は、憎悪を生まないことを優先したい。勿論、被害者達には民主国家連合として補償しますがね。アグロムノイの動きもありますから、民主国家連合の空中分解だけは避けねばならない」
アベルが、ヴェルナーを引き継ぎ、言葉を続ける。
「ただ、正直に申しますと、各地の民衆の反応次第では、オストレオンには少し譲歩してもらわねばならないかもしれません」
「というと?」
「名前だけはオストレオンが補償する形とする、といったものです」
「それくらいならば仕方のないことでしょう」
アベルはごねられることを想定していたので、ヨアヒムのあっさりとした返答に拍子抜けした。
「ありがとうございます」
「いえ、では、その方向で。私はこれで失礼します」
ヨアヒムはそう言って、アベルとヴェルナーと握手をし、さっさと部屋を去っていったのだった。
「いやにあっさりしてましたね」
「ああ。正直、形だけの謝罪でも嫌がりそうだと思っていたんだが」
「少し、違和感を感じます...」
数時間後
-レオンスブルク 臨時国防省庁舎(旧党本部)-
紺の布地の中央に白い菱形、そしてその中に鎮座する漆黒の獅子、そんなレオン帝国の国旗は完全に取り払われ、今や、民主国家連合の、赤、緑、黄色の三色、その中央に金色の太陽という意匠の旗へと塗り替えられていた。
ヨアヒムは、それを苦々しげに睨み付けながら庁舎へと入り、既に待機していた部下達の待つ、会議室へと向かった。
「諸君。待たせたな」
ヨアヒムは、この時点では、民主国家連合にオストレオンが所属することを快くは思っていなかったが、生き残りの為には仕方のないことだと割りきっていた。
故に、彼は部下達に治安維持に参加するよう命じるつもりであった。
しかし。
「閣下。少しよろしいですか?」
彼の参謀が挙手した。
「何だ?」
ヨアヒムは彼の話を聞くこととした。
この参謀の報告が、彼の心を変えてしまうのだった。
「実は民主国家連合内に潜り込ませていたネズミから、重要な報告が上がってきまして」
-ー.....。
「その兵器の存在は確実なのだな?」
「はい。多くの研究者らが動員されているようですし、確定かと」
「...........」
ヨアヒムは、暫くの間、沈黙した。
脳を、フル回転させていたのだ。
そうして、彼は結論を下した。
「それを手に入れて、民主国家連合の支配権を我等の手中に入れるぞ。それさえあれば、民主国家連合の劣等共に頭を下げる必要などない。オストレオンという国家はそれで守られる!領土を縮小する必要もない!なんなら先の大戦以前の領土を取り戻すことも出来るだろう!」
ヨアヒムの突然の宣言に、幾人かは動揺し、幾人かは目を輝かせた。
動揺した者の中には、ヨアヒムの副官の一人、ルーカス=ウェーバーもいたが、彼はそれを顔には出さないように全力を尽くした。
「閣下!であるならば急ぎましょう。奴等、ミサイルの解体を進めようとしているのですから!」
報告を入れた参謀は、目を輝かせた一人であった。興奮気味に、そうヨアヒムを急かす。
「そうだな、だが慌てすぎるな。私に策がある」