これは、いつの誰の記録だろう。
目を開くと、今度は飛空艇が接岸された、何処かの港湾区画にいた。
ちっぽけで古ぼけていて、最低限の設備しかありそうにないそこは、多分わたしの生まれ故郷68番島の物だと思う。
たくさんの軍人さんが物資を運んだり飛空艇の整備をしたり、せわしなく働いている。
ヒストリアの記録なんだからある意味当然なんだろうけど、やっぱりこれから獣との戦いが待つ戦場へと赴くんだろうか。
小さく、物憂げな足取りの誰かは──ただ記録を読み取っているだけのわたしまで泣き出したくなるような──怯えや憂鬱を殺すかのような重い一歩を繰り返し、搭乗橋をゆっくりゆっくり進んでいく。
やがて橋を渡りきり、艇の入り口を前にして僅かに立ち止まる。
暗い感情を振り切るように一度大きく息を吐き、真っ直ぐに前を見据えタラップに足を掛けた瞬間、
「ラーーーン!よかったあああ間に合ったっすよーーー!!」
長く聞き慣れた、フランクな女の子の声が響いた。
バッと振り返り空を見上げると。
そこには68番の深い森や山々を背景に、妖精の翼を広げたアイセア先輩が遥か中空からこちらに向けてぶんぶんと大きく手を振っていた。
──あ、ていう事はこれってまた最近の記録!?
さっきは少し離れた場所から、意識だけが先輩達の記録を観察してる感覚だった。
けど今は、わたしの意識がラーン先輩に乗り移って、視覚や感覚を共有する形で記録に触れてるっぽい!?
とにかく現状を把握しなくちゃと脳みそをぶわんぶわん回していたら、アイセア先輩が空を滑るように高速でわたしに向かって降りてきて、
「こぉのスーパー天然ドジっ子は!!まーたやらかしてくれやがったっすねえええええ!!?」
滑ってきた勢いのまま、スッパーンともの凄くいい音でわたし(ラーン先輩?)の頭をひっぱたいた。
いったあああああああああああああ!!!?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い今のは酷い!!
あまりに勢いつきすぎだよ突然何するのさアイセア先輩!?ヒストリアもどうしてこんな痛みの記録まで忠実に再現しちゃうの!?そういうの無駄に高性能っていうんだよ!?適合者を慮るような融通はきかないの!?
「痛い痛い喚いてるんじゃねーっすよほらこれぇ!!」
喘ぐわたしに一向に構わず、先輩がガーと怒鳴って一振りの細身剣を差し出してきた。
────え?
それを見た瞬間、ポンと弾けるようにして、痛みがはるか彼方へ飛んでいった。
…これ、ヒストリアだよね?ここは今からラーン先輩が、ヒストリアを持って獣との戦いに出発するって場面だよね?
目線が手元に移動する。
確かにラーン先輩も、右手に一振りの細身剣を携えている。
どういう事?何でヒストリアが二本もあるの?
少し前の妖精倉庫では、一体何が起こっていたの?
脳内を無数のクエスチョンマークがぐるぐるぐるぐる乱舞しているけど、どうにかこの矛盾を解き明かそうと混乱しつつも必死に考える。
そうしていたら、あまりにも単純かつ間抜けな答えが、目の前の先輩から怒りのままにぶちまけられた。
「あんたが持ち出した遺跡兵装はカテナっす!ヒストリアじゃないっす!同じ細身剣とはいえ全然別モノっす!!」
…………………………何だって?
「確かにちょっと似てるけど!?実戦を前にしてガチに間違える子っているんすか!?あたしが気付かなかったらどうなってたと思うんすか!?あと一歩到着が遅れてたら、後にも先にも起こり得ない歴史に残るアホな死に方してたんすよ!?どうしてあんたは毎回毎回そんなにしょうもなくておバカな後輩なんですかもおー!!」
あー、言ってる事はめちゃめちゃ厳しい罵倒だけど、声には明らかに涙が混じってるし、さっきからずーっと力強く抱きしめられてる。
アイセア先輩てちょっと軽くていい加減で、クトリ先輩と仲良しな割に性格は正反対って思ってたけど、やっぱり根は優しくて真面目な人なんだなー。
そんな事を思ってる内に、舞台の幕が降りるように視界が暗くなってきた。
同時に先輩がわたしを罵倒し続けている声、周りの軍人さん達のざわめきもゆっくりとフェードアウトしていく。
やがて抱きしめられている感覚まで薄れ、わたしという存在が溶けて、この閉ざされていく記録に追随するように─────
「ティアット!?大丈夫か、しっかりしろ、目を覚ませ!!」
─────はっ!
ああいけない。
ラーン先輩が見た目に反して色々アレなのは分かってたつもりだけど、今見た記録はあまりにアレがアレすぎて全身ぐにゃぐにゃに脱力しちゃってた。
ってヴィレム!?抱きしめる力が強くない!?
いや、脱力しすぎて床に倒れ込みそうになったのを助けてくれたのは分かるしありがたいんだけど、記録の中でアイセア先輩に抱きしめられて帰ってきたらヴィレムに抱きしめられてたとかどんな状況!?
さすがにこれは恥ずかしい!
同性の先輩相手だって本気で抱きしめられたら恥ずかしいのに、ましてや年上の男の人にまでなんて!
矢継ぎ早にこんな事されたら、恥ずかしすぎて脳が焼けちゃうからー!!
「あー落ち着け。今度は何を見てきたのか知らんが暴れるなー」
頭なでるなー!子供扱いするなってばー!
「ティアット、今日はもうやめにしよう。俺は別に成果を急いじゃいねえから。これから少しずつじっくりヒストリアに馴染んでいけば」
ダメ、やめない!
そんな優しい声で気を使わないでよ!こんな中途半端でやめたら、わたしただの役立たずじゃん!
マジでちっこいだけの、恥ずかしがり屋な子供じゃん!
いつまでたってもクトリ先輩に追いつけないじゃん!
見ててよヴィレム、ヒストリアと繋がるコツだけならもう掴んだから!
今度こそ壊れた箇所か、使える情報を発見してみんなの役に────