───ここは十番台の都会だろうか。
美しく洗練されていると同時に、長く培った歴史と文化を感じさせる街並み。
きっと68番島とは比べ物にもならないくらいたくさんの人が住み、たくさんの種族が交わりながらそれぞれの日々を営んでいるんだろう。
けれど、今のそこには一切の活気がない。
露天商が商売に精を出し、客と駆け引きをする喧騒がない。
ちょっとしたトラブルも小競り合いもない。
生活の臭いそのものがない。
みんな近くの島か、外縁部にでも避難しているんだろうか。
野良猫が街路を悠々と横切り、鳥がパン屑か何かを啄んでいるだけで、人の気配というものが一切途絶えている。
風の音がささくれている。静寂があまりに重い。
獣の襲来を前にした都市というものは、こんなにも寂しく、こんなにも死の気配に満ちてしまうのかと。
自分達が無辜の人々の為に。
家族を守る為に果たさなければならない使命の重さに、胸がきゅっと重くなる。
そんな滅びに瀕した都市の大広場に、二人の少女が佇んでいる。
一人は当然、今わたしが記録を読み取っている、ヒストリアの適合者であるラーントルク先輩。
そしてもう一人は。
五百年という長い歴史を紐解いても、数える程しか適合者がいなかったという最強の遺跡兵装セニオリス。
その担い手に相応しい、圧倒的な魔力量で一騎当千の力を発揮する現代最強の妖精兵クトリせんぱ──
ふわあああああクトリ先輩がいるううう!!
一気に目が覚めた!
すごいすごいよヒストリア!これクトリ先輩が獣の襲来に備えて待機している場面だよね!?わたしにクトリ先輩が戦った記録を見せてくれるの!?どうしてわたしの望みが分かったの!?君って最高だよ、セニオリスの次くらいにすごいよ!イグナレオもいい子だけど、わたしはむしろ君と一緒に戦いたかった!ああ、マゴメダリ先生にお願いすれば、今からでも交換してもらえないかなあ!?ねえどう思うヒストリ
「ところでクトリ。あなた、あの技官とはどこまで行ってるんですか?」
アってふぁい!!?
ラーン先輩いきなり何言い出すの!?
恋バナ!?そういうのに興味あったの!?
あまりにも意外すぎて、クトリ先輩がカッコよく戦ってる記録よりそっちの方に興味が行っちゃったんだけど!?
「…何よラーン。どうして君にそんな事教えなきゃならない訳?」
とりあえず今の自分の状態を把握しよう。
またラーン先輩に意識が同調して視覚や感覚を共有してるのかと思ったけど、先輩達を二人共視界に収めてる以上それはあり得ない。
どうやら今は最初にヒストリアと繋がった時と同じ──
多分幽体離脱したみたいな状態で、意識だけがラーン先輩の周りをふよふよと漂って、この記録を観察している。
よし!それならもっと間近にまで近寄って、改めてこの会話をじっくり堪能させてもらっちゃおうっと!うへへ。
「それはもちろん、創作に活かしたいからです。こんな二人きりにならなければ出来ない話、妖精倉庫ではなかなか機会がないですから」
「そりゃお気遣いどうもね!てゆうかまさか公募に出すつもり!?わたし達の恋模様を浮遊大陸郡全土に晒すつもりなの!?」
ちょ、それすごく読んでみたい!恋愛小説大好き!
ラーン先輩、頑張ってクトリ先輩を口説き落として!
そんで色々話を聞き出して!
「そんな不躾な真似はしませんよ。ちゃんと名前は変えますし、エピソードにも色々アレンジは加えます。あなた達と特定されたり恥をかかせるような事は絶対に書きませんから」
「すごいわね、過去ありとあらゆる場面でやらかしまくってるドジっ子の君に誓われたって、これっぱかしも信用できないんだけど!?」
クトリ先輩、それはわたしも同意見だけどあまりに直球すぎます!ほら、まだ戦いが始まってすらいないのに、ガクンて片膝ついちゃったじゃないですか!
メンタル折れかけちゃってるじゃないですか!
あ、さすがに言いすぎと思ったのか肩を貸して謝ってる!
先輩は最強なのに謙虚!優しい!好き!
「いいじゃないですか、聞かせて下さいよ。後で名物のパフェ奢りますから」
「わたしはそんなにチョロくない!甘い物になんて釣られないから!」
「妹がこんなにも姉を頼りにしてるのに、応えて下さらないんですか?」
「都合のいい時だけ姉妹愛を持ち出さない!」
誰もいない広場の中、立ち直ったラーン先輩がクトリ先輩を追いかけて、あっちへこっちへすたすたすたすた歩き回っている。
え、何なのこのじゃれ合い。
先輩達って二人きりだとこんなノリになるの?
ラーン先輩が妹キャラを演じてるとか、ちょっと理解が追いつかないんだけど。
「…もしかして話さないんじゃなくて、話す事がないんですか?」
ベタベタ付きまとっていたラーン先輩が、思いついたようにぽつりと問いかけた。
あはは、そんなまさか。
二人が恋人になってからずいぶん経つし、ヴィレムが出張で他の島に行く時はクトリ先輩も必ず着いていってるし、何もないなんてあり得ないよ。
まあヴィレムはけっこうヘタレさんだし、自分からはキスの一つもできないって話なら納得できるけど。
その点クトリ先輩は恋愛だって完璧だからね!
しょうがないなあって呆れながらもダメっ子ヴィレムを優しくリードして、手取り足取り一歩ずつ、本当の大人の階段を──ってあれ?
どうしたのクトリ先輩?
どうして背中から丸まるみたいにしてしゃがみこんでるの?
どうして両手で顔を覆っちゃってるの?
ラーン先輩も何で背中をポンポン叩いてるの?
まるで慰めてるみたいじゃん。
甘い物いっぱい食べて、愚痴は全部吐き出してしまいましょうって何なのさ。
何でさっきまで妹だったのにお姉ちゃんみたいになってるのさ。
まるでクトリ先輩までヴィレム並にヘタレな恋愛初心者みたいじゃん。
そんな現実あり得る筈ないじゃん!
どういう事なのヒストリア!?
この記録は何なの!?
こらあ勝手に接続を切るなあ!!
薄々感じてたけど、やっぱり何処かの何かが致命的に壊れてるでしょう君!?
さっきから変な記録ばっかり捏造して、挙げ句の果てにわたしがクトリ先輩に憧れてると知ってこんな侮辱的なデタラメを───