「ヒストリアを許さないーーーーー!!!」
現実へと帰ってきた瞬間、地下格納庫を突き破り、地上まで到達しそうな怒りがどっかーんと噴出した。
「ティアット、お前さっきからおかしいぞ!?一体何の記録を引き出しちまってるんだ!?」
「わたしは何もおかしくない!!おかしいのはヒストリア!!この子は適合者が見てみたい都合のいい記録で人を引き寄せて、惑わせて誑かして、信頼や憧れを破壊してしまう悪なの!!食虫植物の類なの!!それとも稀代のドジっ子と適合したばっかりに自分もドジっ子に染められて、うっかり変な記録に組み換えちゃってたっていうの!?答えなさいよヒストリアぁ!!」
手足をジタバタ振り回して、感情のままに暴れようとする。そんなわたしをなだめようと、ヴィレムが更に力を込めてぎゅっと抱きしめてくるが、そんなんでこの怒りは収まらない。
クトリ先輩がかかされた物と比べたら、こんなのちっとも恥ずかしくない。
こうなったら意地だ。
これから適合して戦う後輩達の為にも。
クトリ先輩の威厳を保つ為にも。
絶対にこの性悪遺跡兵装の異常を見つけだして、従順な道具へと矯正してみせる。
不退転の決意のままに、もう一度自分の意識をヒストリアの裡へと接続し──
───また始めの記録に戻ってきた。
ラーン先輩とノフト先輩が、パンツの貸し借りでぎゃーぎゃー揉めていた場面。多分その続き。
二段ベッドがあるだけの、狭苦しい飛空艇の一室だ。
「ヒーマーだー!ラーンー、ヒマだから構ってくれよー」
「ノフト、うるさいです。わたしは読書で忙しいんです。その辺でギターの練習でもしてて下さい」
「その練習にももう飽きたんだよー。お願いだから構ってくれよー」
違うのは、わたしの意識がラーン先輩に乗り移り、視覚や感覚を共有して記録を見ている点。
前回みたいに意識だけが離れた場所から二人を観察している感覚じゃない。
わたし──じゃなくてラーン先輩は、二段ベッドの下部の方に腰掛けて、娯楽性の欠片もない何やら小難しい本を読んでいる。
一方ノフト先輩は、ちょっと腰を上げれば天井に頭をぶつけてしまいそうな狭苦しいスペースを右へ左へ器用に動き回りながら、構え構えとしつこくまとわり続けてくる。
うーんこれはうっとうしい。視界のあちらこちらからノフト先輩の姿がちらついてくるし、いちいち身体の方も揺さぶってくる。
前々から思ってたけど、この先輩も時々5歳児レベルになる時があるよねえ。
「あーもう分かりましたよ。ほら、これでいいですか?」
うわわっ、なに!?
ラーン先輩が根負けしたセリフを言うのと同時に、視界がグラッと傾いて
「ほいよっと」
ノフト先輩が倒れ込もうとするラーン先輩を、ぽすんと膝枕で受け止めた。
「へへへ、そうそう。最初っから大人しくそーしてればよかったんだよ」
え、何ですかその嬉しそうな声。
ラーン先輩構ってくれるどころか引き続き読書モードなんですけど、ノフト先輩的にはそれでOKなんですか?
てゆうかまた始めたね!?
これ嘘の記録でしょうヒストリア!
いくら先輩達が幼馴染で仲がいいからって、こんな甘々な空気はない!
つまんない映画みたいな視聴者サービスはない!
先輩達のイメージを壊して妖精倉庫の空気を悪くしようって魂胆なのかもしれないけどそうはいかないよ!
むしろ君が攻撃を仕掛けてきたこのタイミングがチャンス!アクション小説とかで、狙撃手が撃ってきた瞬間に角度を計算してそいつが何処にいるか割り出しするじゃん。それと一緒!
もっと意識を集中させて、今だからこそ表出している筈のヒストリアの異常を探り出す!
って、うひゃわああー!?
ここに来てある意味今日一番の衝撃!!
ノフト先輩ってば膝枕だけじゃ飽き足らず、ラーン先輩の頭と髪の毛までなではじめてる!?
先輩も先輩で、どうして大人しくなでなでを受け入れてるのさ!?プライドの高いラーン先輩らしく、ちょっとは抵抗しましょうよ!
ああ、だけど手つきがものすごく優しくて繊細!
いつものガサツで乱暴で、テキトーでいい加減なノフト先輩はどこにいってしまったの!?
これはもはや慈愛溢れるお母さんの領域にすら突入しちゃってるんだけど!?
ふわああああダメダメ気持ちいいい!
精神構造があっという間に大人から幼児になるう!
さっきの涙目なアイセア先輩といい小悪魔妹なラーン先輩といい、どうなってるのさこの記録!?
ギャップがあまりにも激しすぎる!
先輩達には知らない面が多すぎる!
ま、負けない負けないわたしは負けない快楽になんか屈したりしない!
この記録は全部偽物!
わたしを陥落させる為の罠!
わたしはもう子供じゃないんだから!
先輩に膝枕してもらったり、頭なでたりしてもらいたくなんかないの!
ヒストリアをやっつけるんだから!
クトリ先輩を辱めた敵を取るんだから!
ヴィレムに抱きしめられて嬉しくなったりしてないもん!
役に立てなくても優しくしてくれて、お父さんっていいなとか思ったりしてないもん!
「ああ、気持ちよすぎて眠くなってきちゃいましたね。ノフト、わたしは少しお昼寝しますから、このままなで続けてもらっても構いませんか?」
「おういいぞー。何だったらまた手も握っててやろうか?」
「ん、いいですね。お願いします」
小悪魔妹の次は甘えん坊な妹モード!?
またってどういう意味!?
定期的に手を繋いで寝てるのこの二人!?
どうして赤ちゃんみたいに体を丸めて眠ろうとしてるのさラーン先輩!!
一人だけで属性過多すぎない!?
ああもう駄目。
ツッコミに疲れただけじゃない。
なでなでが気持ちよすぎる。
太ももが柔らかくて温かすぎる。
ノフト先輩の表情が母性に溢れすぎている。
繋いだ指に一人じゃないって安心しちゃう。
その全てが、あまりにも心地よすぎて。
精神構造が大人から幼児に。
そしてとうとう赤ん坊の頃に還ろうとしてるのを止められない。
ラーン先輩が感じている、穏やかな多幸感に逆らえない。
そもそもどうしてわたしは、ヒストリアがわたし達を嘘で誑かす悪だなんて思ってしまったんだろう。
それはわたしが誰より憧れていて大好きなクトリ先輩が、恋愛に関してはド下手でヘタレでものすごく情けないってとこを見せつけてきたからだ。
でも、他の家族達はどうだろう。
ナイグラートは嬉しい時も怒った時も笑顔でわたし達を食べようとしてくる。
アイセア先輩は何処からかわたし達の秘密を聞き出してきて、ヘラヘラ笑いながらからかって遊んで回る。
ネフレン先輩はいつも無表情で最低限の事しかしゃべらないから、未だに何を考えてるのか掴みづらい。
ノフト先輩はガサツでテキトーだしラーン先輩は予測不能なドジっ子の極みだしパンツの貸し借り疑惑はあるし、みんな年上としてそれはどうかなってところとか嫌いだなってところはある。
だけど誰一人としていなくなってほしいなんて思わないし、ダメなところがあったってみんな大好きだし尊敬してる。
なのにどうして、クトリ先輩だけ。
わたしが知らなかったっていうだけで、クトリ先輩にもダメなところや面倒くさいところもあるっていう、当たり前を認められないんだろう。
これまでラーン先輩を守り続けてくれた剣を、嘘つき扱いまでして。
勝手に完璧な先輩って虚像を作って、勝手に失望するのを恐れていたんだろう。
どんなに弱いクトリ先輩だって、わたしの最高に大好きな憧れの先輩として、変わらず追いかけていける筈なのに。
ごめんねヒストリア。
そしてありがとうねヒストリア。
君に大事な事を教わったよ。
そしてまた一つ、大人になる事ができたよ。
それじゃあわたしはちょっと疲れたから。
今日はもう休ませてもらうね。
目が覚めたら、今度こそヴィレムと一緒に君を完璧に修理してみせるから。
その時を楽しみに待っていて─────