さてその後。
ティアットが眠りに就くと同時にヒストリアとの接続も途切れ、連続して記録と繋がり続けた事による極度の疲労によってその後三日ほど寝込む事になり。
ヴィレムは監督不行き届きという事でナイグラートから少々強めのお説教を受け、やれやれまたかとちび達から呆れられたり苦笑されたり慰められたりとどーにも情けないお父さんな姿を晒す破目となった。
それでもこの件で一つの悟りを得たティアットは、精神的に大きな成長を果たしてくれた。
体調が戻った後、成長したその姿を披露してくれたなら終わり良ければ全て良しとみんなで笑ってこのろくでもない一件の幕を閉じられる筈であった。
だがしかし、
「──え?ネフレン先輩がわたしをずっと看病してくれてたの?」
ホットミルクに浸した、消化に優しい柔らかいパン。
手にしたそれがお皿の中にポチャンと落ちた。
「おう。お前がうなされてる間、着替えさせたり体を拭いたり部屋の掃除をしてくれたりちび共の世話も多めに引き受けたりしてくれてたからな。全快したらちゃんとお礼を言っとけよな」
まああいつはどうでもよさげに『別に。お礼を言われるような事はしていない』の一言で終わりだろうけどなー、けけけけけ。
自室のベッドに横たわり、ティアットはまだ微かに朦朧としている頭を高速で回している。
お見舞いに来てくれたヴィレムの言葉も、いたずらっぽい笑い方も、今の彼女の耳には何一つ入ってこない。
ネフレン先輩が、ずっとわたしを看病してくれていた?
あのいつも無口無表情で未だに何を考えてるのかさっぱり分からなくて空いた時間は黙々と本を読んでばっかりで、だけどトラブルがあればどんなに面倒くさい案件でも日常の家事と同じレベルで淡々と処理して、分からない事があったら辞書でも読み込んでるみたいに平坦な口調で何でもスラスラ答えてくれる機械的で何事にも無関心ぽいあのネフレン先輩が、三日間もほぼつきっきりでわたしの看病をしてくれていた?
何それギャップがすごすぎない?
ティアットの脳が熱せられ、頭からしゅうしゅうと湯気が上がり始める。
その思考が呼び水となり、三日前に見たヒストリアの記録がいっぺんに思い出されていく。
真剣に怒りながら、涙声で抱きしめてくれたアイセア先輩。
お母さんみたいに優しい眼差しを向けて、優しく頭をなでてくれたノフト先輩。
小悪魔っぽかったり甘えん坊っぽかったり、膝枕で安らいだりしてるラーン先輩。
そしていつもくだらない事で口ゲンカしているようで、どうやら時々子供みたいに手を繋いで眠っているらしい疑惑がある二人。
それら普段とのギャップが激しい先輩達の記憶が、ネフレンの献身という更なるギャップと混ざり合い。
溶け合い絡み合い反発しながらもまた融合し、新たな化学反応を起こし闇の中で弾けるような美しくも近寄り難い灼熱となってティアットの脳を激しく刺激し思春期の少女らしい妄想をガンガン後押しし際限なく加速させやがてその暴走は遂に臨界を超えレールを外れ絶壁から豪快にダイブして、
「あ、もうダメ」
妄想という名の列車は着地を決められなかった。
脳がボンと爆発炎上し、三日間の休息やら献身的な看護やらをあえなく全て無駄にした。
「ティアット突然どうしたーーっ!!?」
はた目には訳が分からない内にベッドに卒倒したティアットに、慌ててヴィレムが駆け寄っていく。
頬を叩いたり身体を揺さぶったりしてみるが、
「うへへへへ、手を繋いで膝枕」
「お母さんな先輩といっしょ」
「先輩は小悪魔で甘えん坊な妹」
などと薄ら笑いを浮かべながら、意味不明かつ危険な雰囲気ぷんぷんの台詞を漏らすのみでまともな返事は帰ってこない。
駄目だ原因は何だか知らんがメンタルが四散してやがる。
ヤバいと直感したヴィレムによって強制的に彼女の意識は断ち切られ、そうして再び寝込む事三日。
次にティアットが目を覚ました時、『憧れの人が完璧でなくとも愛し続ける事はできる』という悟りは綺麗さっぱり忘れ去られ、元の子供っぽいクトリ先輩信者に戻ってしまっていたという──