ジャヤ島に到着して早々に暴れたあの一件から数年が経っていた。ロビン、ひいてはバギー海賊団を始末しようと追手が来るもんだと思っていたのに一度も来なかった。
だが万が一の場合に、ここを拠点にすると言ってたが他にも候補を考え、すぐ移動できるように手はずは整えてある。拠点の目星をつけてすぐに町を牛耳り、くれぐれも自分たちがこの島にいることは他言無用であると町民たちに念押ししたことが要因の一つになっているのかもしれない。
その拠点にしたのが、町唯一のリゾートホテルである“トロピカルホテル”。そこにバギーたちは居座っていた。ふかふかのソファーやベッド、近海でとれる新鮮な魚介に裏の森で育てているみずみずしい果実。リゾートと呼ぶに相応しいホテルであった。
ただ、バギー海賊団には巨人族であるサウロがいるため、本人は野宿で良いなどと言っていたが、ロビンやモージたちの希望もあり一緒に過ごせるように増築をしている。ちなみに、サウロの意向で宿代はきちんと支払っている。
「船長………今日の分、終わりました」
「あァ、ご苦労」
この数年で変わったことと言えば、日課として地道ではあるが毎日筋トレなどの鍛錬を各々に課していた。メニューはバギーとサウロの考案で、レイリー方式と海軍で学んだ知識に基づいて組まれている。
また、バギーの強さに惹かれたものが大半だが船員の数も増えた。その中には航海術を持つ者や船大工もいたので、航海士たちには近海の海図を描かせ、船大工たちには新しい船を造らせている。
鍛錬のきつさなどから中には逃げ出すものもいたが、その数総勢50名を超える一端の海賊団になり、さらにここモックタウンの元締め的存在にまで成長したのだ。
ただ、力を蓄えることが目的であるため、大々的に公表しているわけではない。そのため新しくこの町に来た者たちはバギーたちのことを知らない者も多い。そういったいわゆる新顔たちの落としていった金がバギー海賊団の資金源であった。
だが、こうなる前にバギーたちの先代にあたるモックタウンの実質トップであった男がいた。
「なあ、槍に仕込む爆薬量についてだが………」
「そうだな、打ち込みの衝撃で爆発。ダメージを与えつつさらにそれが複数回必要となると、相当の量がいるな。いっそ手動で作動できるようにして、交換可能な仕組みに………」
自身の兵器の相談に来た大男。彼こそが一代前のモックタウンの顔であり、現在はバギー海賊団の仲間である。薄紫色の長髪を無造作に伸ばし、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉。彼の名は人呼んで
そんな彼が如何にして仲間になったのか。
数年前、ちょうどバギーが初めて島に上陸し、ひと暴れした後まで時を遡る。二人がトロピカルホテルに着くと先客がいた。その先客こそクリーク一味だったのだ。
「あ?なんだてめェら」
「ここはいま、おれたち
見張りだろうか。門の前にいた二人のチンピラが苛立たし気ににらみつけてきた。下っ端たちの口から発せられた男の名前に覚えがあったバギーは、懐から一枚の手配書を取り出した。
「その
そこにはいかにもな悪人顔の男の写真、そして懸賞金は6900万ベリーとあった。
「知ってんなら話は早ェ。痛い目に合う前にガキは早くお家へ帰んな」
「そのかわいらしい真っ赤なお鼻がさらに腫れ上がる前にとっとと消え失せろ!!」
「てめェ、いまおれ様の鼻をバカにしやがったか?」
バギーのこめかみにピキリと血管が浮き出たところで隣にいたカバジが飛び出し、男たち二人を叩きのめした。
「なんでェ、どうしたんでい」
「いえ、先ほどの町でもここでも………私も我慢していたのですよ」
余談にはなるが、普段の彼はクールそうに見えて実はあまり気が長い方ではなく、激情家であるのは初期メンバーのみぞ知るところである。いつも意識的に平静を装っているのだ。
カバジの手で地に沈められた二人をまたぎ、ホテルの中へ入るとたちまち周りを取り囲まれた。さっきのチンピラとは違い、それぞれの手には剣やピストルが構えられている。
するとその奥から金色の鎧に身を包んだ大柄な男が一人、仲間をかき分けバギーたちの前に姿を現した。
「てめェか………おれの町で散々暴れた赤鼻の小僧ってのは」
「耳が早ェな。こりゃちと見くびってたか?」
バギーが赤鼻と呼ばれたにも関わらず冷静なのは、ある程度相手を評価したからに他ならない。二人の間に剣吞な空気が漂う。
この島でクリークのことを知らぬ者はいない。反抗する者は徹底的に追い詰め潰してきたからだ。なのにこうして自分の本拠地にたった二人で乗り込んできた。ナメたガキたちに灸を据える程度のつもりだった。
「落とし前………ここでつけてけや!!」
好戦的な笑みを張り付け殴りかかる。一方バギーはその場に突っ立ったままで動かない。
(もらった!!)
直撃を確信して振りぬかれた拳に手ごたえはなかった。
「なにっ!?」
バギーは拳の来る位置だけ体をバラし、避けていたのだ。
「悪魔の実の能力者か!!」
腕を振りぬき一瞬無防備となった体をバギーが見逃すはずがなく、その腕を掴み引き寄せた脇腹にボディブローを入れた。
「カハッ………!!」
クリーク自慢の鎧が砕け、パラパラと地面に落ちる。肺の空気を無理やり押し出されたクリークは白目をむきそのまま地面に倒れた。
「あの
クリークの勝利は絶対だと、誰もが信じて疑っていなかった。またいつものようにその圧倒的な力で、武力でねじ伏せるもんだと思っていた。………が、結果は見ての通り。
このようなケースは想定していなかったため、皆一様に固まってしまう。
「で………次はどいつが相手になんだァ?」
バギーが囲んでいる者たちに目を向ける。明らかに怯えており、目が合うと軽く悲鳴を上げる者もいた。その様子にバギーはため息をつき、ホテルへと足を進めた。
「腰抜け共が………さっさと失せろ!!」
怒気をはらんだ一声に蜘蛛の子を散らすように走り去る連中。
「こいつもつれてけ!!仮にもてめェらのトップだろ!!」
残されたクリークを見て眉間のしわがさらに濃くなった。勝利したはいいものの、後味の悪い結末になってしまった。
翌日
船に残ったメンバーもホテルに入り、これからのことについて話をしていると入り口の門の方から爆発音が聞こえてきた。
「足音がたくさん………20人はいると思う」
「いい線いってるぞ………25人だ。おめェらはここで待ってろ。おれが様子を見てくる」
モージの頭をひと撫でしたバギーは傍らに置いていた帽子をかぶり表へ出て行った。
「赤鼻の小僧!!昨日はよくもやってくれたな!!」
そこにはつい昨日のしたばかりのクリーク一味の姿があり、中央にいるのはもちろんクリーク。全身武装でその手には丸い肩当てを合わせた大きな槍を持っている。
「第一声がそれとは………よほど死にてェらしいな」
(力の差は見せたはずだが。よほどのバカか、それとも………)
「やっちまってくだせえ!
「今回は始めっから総重量1
昨日頭を失い、我先に逃げ出した者たちへ向けるバギーの目はひどく冷たい。
「“最強の装備”と“最強の
大戦槍を軽々と振り回しバギーへ突撃する。一振りするだけでブォンと風が立ち砂埃が舞う。当たれば怪我では済まないのは火を見るよりも明らかだ。当たれば────だが。
何度も、
何度も何度も何度も、
何度も振るうがそのたびに体をバラバラにさせたバギーに当たることはなかった。槍も鉄砲も火炎放射器も、全身に仕込んだありとあらゆる兵器の限りを用いたが、バギーの体にはかすりもしなかった。
「遊ばれてる………あの
怪力を誇る
「ハァ………ハァ………てめェふざけてんのか!!なぜ何も仕掛けてこねェ!!」
自分の持つすべてをぶつけても、いや、ぶつけさせてすらもらえないことに体力だけでなく心もすり減っていた。
すると、ようやくバギーが動き出す。一歩進むごとにクリークの仲間たちが後ずさる。膝に手をつくクリークの目の前に立ったバギーは腰を落とし、構えた。
「この先何百何千と挑んでこようが、いまのてめェじゃおれにゃ勝てねェよ」
屈辱にまみれたクリークのあごにアッパーが決まりノックアウト。打ち上げられた彼はそのまま後ろに大の字で仰向けに倒れた。
「二度と来んじゃねェぞ」
告げられたその言葉は、もはや意識を失ったクリークの耳に届くことはなかった。
皆の元へ戻るとサウロが声をかけてきた。
「なんだったんだ?」
「さっき話した昨日のチンピラ共だ。まァ、殺しはしてねェ」
「ほー、昨日の今日でか………話の続きだが、宿代はちゃんと………」
さして重要なことでもなさそうだと判断し、話し合いを再開することにした。
クリークを担いで町のはずれにあるアジトへと帰還したこちらの一味も話し合いをしていた。気絶したクリークを他所に彼らは口々に言い合う。
「これからどうする?」
「さあ、あいつが次の元締めになるのか?」
「おれたち敵対しちゃったよ………どうなるんだ!?」
不安は次々に伝染し、軽くパニック状態だ。話し合いではなく各々の不安を吐き出し、少しでも現実から目を背けようとする場と化した。そんなとき、クリークが目を覚ました。
「
「いっそ逃げましょう!!」
部下たちの言葉は耳に入っていないかのように己の手を見つめている。
「負けたのか………また………」
ウーツ鋼の鎧は昨日砕かれ、かろうじて残っていた大戦槍もここにはない、ということはホテルにそのままなのだろう。持てる兵器も底をついた。
しかし、と気持ちを切り替え立ち上がる。いきなり立ち上がったことに驚いた様子で見つめる部下たちへクリークは叫んだ。
「おれは最強だ!!あの悪魔の実さえどうにかすりゃ、次こそは勝てる!!何か、バラバラ野郎の弱点を探すほかねェ!!」
「……………」
再戦に息を巻くクリークとは違い、部下たちの表情は暗い。
「また……戦うんですか?」
「あんだけやられたのに………」
だがそれでもクリークは諦めていなかった。
「たった一度や二度の敗北がなんだ!最後に勝ちゃいいんだよ!!」
悲しいかな、その熱が部下たちに伝わることはなかった。
顔をうつ向かせ、誰も何も発しない。そんな中誰かがぽつりと言った。
「もう………無理だ」
それを皮切りに誰も彼もが愚痴をこぼしていく。
「おれ、もうやめるわ………」
その言葉が決定打となった。一人、また一人と背を向け離れていく。
「おい、待てお前ら!!まだ勝てるかもしれねェだろ!!それに………そうだ!
「それ、本気だったんですか?」
とうとうその場にはクリークが唯一人ポツンと残った。
日が沈み、ロウソクの火がクリークの影を作る。冷たい風が吹き込みフッと火が消え、か細い煙がゆらめいた。
それからしばらくの間、たった二日ですべてを失った男の慟哭が悲しく響き渡った。
早くバギーを大海賊にしたいです。