歓喜の騒動もそこそこに、バギーは焼印消去を再開した。
「次………あ?」
呼ばれて出てきた男は一風変わっていた。少し前まで奴隷だったことと余分な物資もないので、多くの者はみすぼらしい格好のままだ。しかし、この男は黒髪をオールバックにし丸眼鏡をかけ、黒スーツに黒い皮の手袋もはめている。
「………なにか希望のマークはあるか?」
まあいいかとバギーは好青年然とした男に尋ねた。すると、万人受けするにこやかな笑みで男は答えた。
「まずは感謝を。助けていただきありがとうございます。今回あなた様に受けた恩は計り知れません!」
「あー、いいからそういうの。なんもねェなら勝手に変えちまうぞ」
「………」
全く取り合う様子のないバギーに男は内心面食らうが、それをおくびにも出さずに笑みを続ける。
「そこで恩を返すべく、ぜひともあなた様の一味に加えていただきたいのです!!」
笑みを浮かべ身なりを整えたのもすべてはバギーに気に入られるためだ。人間だれしも初対面の相手はまず外見からその人を判断する。初対面でなくとも容姿、というものはこの荒れた時代で生き抜くためには非常に重要な要素だ。これまでの長い奴隷生活での経験から、それが事実であると彼は誰よりも身に染みていた。
そんな彼の口ぶりは感謝してもしきれない、といった印象を受ける。実際に涙ながらにありがとうと伝えてくる元奴隷は数多くいた。一見すると彼らと同じ。むしろこの男のほうがより感情がこもっているように聞こえる。
「一味に入りてェ、と…………」
バギーは値踏みするようにスーツ姿の男、クロをじろりと見た。クロの言葉運び、抑揚、視線の動かし方、全ては完璧だった。クロ自身も断られるはずはないと確信していた。天竜人でさえ欺けたのだ。失敗するはずがない。しかし、彼は知らなった。天竜人はこの世界ではひどく知能が低い部類の人種であるということを。
ただ、先述したようにクロの振る舞いに非はなかった。今回ばかりは相手が悪かっただけだった。
「そんな気味悪ィにやけ面張り付けてうちに入りてェだ?てめェの本性はそんなんじゃねェだろ………」
「………!!」
初めてクロの笑みが崩れた。いままで見破られることがなかった演技に自信を持っていたからこその油断。
(くっ………見誤ったか!!)
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「やっぱりなァ。おれ様を謀ろうなんざ百年早ェ!!さてはお前………」
クロは一味に入った後、人知れず船を降り自由を謳歌する計画だった。こんな序盤でつまずくはずではなかった。足に自信はあるが、マリージョアで彼らの実力を見たばかりに確実に逃げられるとは考えにくい。
(くそ!!どうする………!!)
切羽詰まったクロが頭をフル回転させていると、
「おれ様のお宝を狙いに来たこそ泥だなァ!!野郎共ォ出会え!出会えー!!」
「え、いや………ちが」
「「「どうしました船長!!!」」」
全くの見当外れに戸惑うクロを他所に、バギーの掛け声でぞろぞろとクルーたちが集まった。
「このインテリオールバックは畏れ多くもおれ様のお宝を奪いに来たこそ泥だ!!」
「「「なにィ!!?」」」
クロは大勢から一斉に目を向けられ冷汗が止まらない。いまさら弁明しようにも聞き入れてもらえるような空気ではない。戦闘か、逃走か、もしくは無様に這いつくばって命乞いか。選択肢は一つしかなかった。生きるためならば何でもしてやる。天竜人の奴隷になりながらも五体満足で、精神を病むこともなかったクロの執念はすさまじいものがあった。
地面に膝をつき、できるだけ情けない声でおびえたような素振りをしようと顔を伏せたときだった。
「ニャゴ
「です」
クロの背後から声変わりもしていない子供の声が上がった。
「シャム………ブチ」
クロがそう声をかけた男の子たちは、年の頃はパールぐらいだろうか。緑色のくせっ毛に長いまつげが特徴的で奴隷らしくやせ細った男の子と、彼に対称的でふっくらとした体形に顔の左側や肩、腕などに黒いブチ模様がある男の子。さらに、二人には共通して頭に黒い猫耳のようなものがあり、両手の全ての爪が異様に長く鋭い。
このシャム、ブチと呼ばれた二人の男の子がクロをかばうようにして前に出た。
「どうしますか船長」
子供の登場にクルーたちも困惑気味だ。彼らに続いて、同じく猫耳を生やした少年少女がわらわらと出てきた。
「おまえら………」
「なんだこいつら………ガキばっかじゃねェか」
「ん-?本物の猫耳ってわけでもなさそうだ」
「船長!!耳が、耳が四つある!!子供ってみんなこういう時期があるのか?」
「そんなわけねェだろ!!お前の子ども時代を思い出してみろ!!ずっと耳は二つだろ?」
「うーん、思い出せねェ………」
「あ………ごめん」
出てきた子供はシャムとブチを合わせて十人ほど。男女比もほぼ五対五だ。皆同じぐらいの年齢でクロを守るようにして身を寄せ合っている。猫の一家が外敵を前にして警戒しているかのようだ。
しばし呆けていたクロだったが、子供たちをどけると地面に頭をつけた。
「たのむ、おれをあんたの一味に入れてくれ」
彼に続き子供たちも頭を下げた。
「「「お願いします」」」
彼らのあまりにも切羽詰まったような雰囲気にクルーたちは互いに顔を見合わせ、判断を仰ぐためにバギーの様子をうかがった。
(あっれェえええ、こいつ最初は良い人のふりをして懐に入り込み、信用を得たところで裏切るお宝目当てのインテリ眼鏡な気がしたんだがなァ………………)
予想が外れ目をぱちくりさせるバギーだが、部下の前だったと気を取り直した。それから腕を組み、土下座するクロたちに目を向けた。
「なんだお前ら、だったら最初からそう言えよ」
「「「いや言ってたよ!!!」」」
「お、素質ありだな」
「だな、歓迎するぜ。でも入って早々俺らよりも強くならないでね」
「最近じゃパールにも勝てなくなってきてるしな」
「ガキの頃からの英才教育がすごいー」
クロを除いた子供たちがくわっとバギーに反論する姿を見て、クルーたちは感想を言い合った。また人が増えたな、バギー船長の勘違いだったか、などと言いながらまた持ち場へと帰っていく。子供たちもほっとした様子で列へと戻った。
バギーは自分に正直な男だ。故に、最初に感じた直感。それは間違っていないと断言できた。バギーはどこか気の抜けたようなクロに近づくと、彼にだけ聞こえる声でくぎを刺した。
「変なマネすんじゃねェぞ」
「………!!」
いつのまにか背後にいたバギーに驚きクロは硬直する。先ほどよりも大量の汗がどっと吹き出してきた。すぐそばでは和気あいあいと子供たちがしゃべっている。わからないのか、おれだけなのか!!
(なんだこいつは………なんなんだこのバケモノは!!)
「うちは来るもの拒まず去るもの追わず………だがなァ、裏切り。裏切りだけは………な?」
「………ハッ!!?ハァ、ハァ」
息が出来ぬほどのプレッシャーから解放されたクロは新鮮な空気をめいっぱいに肺へと流し込んだ。慌てて振り向き後ずさる。
「まっ船を降りたきゃそんとき言いに来い。お尋ね者になってなけりゃどうとでもなるだろ。つっても、おめェはすぐ………いや、先のことなんて考えても仕方ねェか」
そこには不敵な笑みを浮かべた道化のバギー。
「あんた一体………」
「おれか?この世のお宝全てを手にする未来の海賊王。キャプテン・バギー様だ!!いまからおめェのトップになる男だ」
バギーが声を張るもんだから、先ほどの子どもたちも集まって話を聞き始めた。
「おれ様がトップ!!トップてこたァ一番偉い。おれ様が一番偉くて一番すごくてお宝はみんなおれ様のもの、わかったかおめェらァ!!」
「「おー!!」」
バギーと同じく両手を上にあげ叫ぶ子供たち。そんな彼らに毒気を抜かれたクロは今までで一番深いため息をついた。
「バカは切り替えが早くてうらやましいぜ」
「「ほ、ほめられた」」
「………ハァ」
アホな子供たちを指摘するのもめんどくさくなったクロは、再び大きなため息をつくのであった。