ワノ国にたどり着いてから数日が経過していた。現在バギーは町のはずれにあったボロ小屋で寒さをしのいでいた。
「おお、寒い。なんだっておれ様がこんな目に……」
すきま風がヒョオヒョオとうるさく、たまに雪も一緒に吹き込んでくる。バギーはかじかんだ手を囲炉裏にかざし暖をとっていた。なぜこんなことになってしまったのか。話は数日前に遡る。
ワノ国で初めて会った人には逃げられたものの、その跡をたどっていくと町があった。おでんの居場所を聞き出す前に、まずは腹ごなしでもしよう。そう思い、路地を抜けた先でちょうど通りを歩いていた娘に話しかけた。すると娘はこちらを見るとギョッとしてたちまち悲鳴を上げた。
「妖怪よ!妖怪がいるわ!だれかー!!」
娘の叫び声を聞きつけ、ほかの町人たちが集まってきた。
「ほんとじゃあ、妖怪じゃ。鼻が赤い……」
「それに丸いな。」
「出ていけ!!」
「でもなんも悪さしてないぞ?」
町人たちはバギーを囲い口々に言いたい放題である。
(こいつらァ……ぶっ飛ばすのは簡単だが)
いくら傍若無人なおでんとはいえ、さすがに自分の国の者に手を出されては黙っていないだろう。再会したときにムカついたんでぶん殴りました、などと言えるものか。むしろこちらがぶん殴られてしまうかもしれない。
バギーはこめかみをヒクヒクさせながらも必死に怒りを抑えた。
(……ハァ。今回のところはおとなしくずらかるとするか)
仕方なくバギーは森の中へと戻っていった。まるで人に受け入れてもらえず森へ帰る悲しき妖怪のようだった。
(あいつらァ……ワノ国の人間じゃなけりゃバギー玉の一発や二発……)
町を追い出されて、雪の降る森の中をさまよい歩いていると、今は使われていないであろうボロ小屋を見つけた。小屋の中にはワノ国で雪といえば欠かせない笠や蓑があった。これはちょうどいい、とそれで顔を隠し、町の人々におでんがどこにいるのかを聞いて回った。
わかったことは、どうやらおでんは九里というところにおり、たまにここ鈴後にも顔を出すらしいということ。しかし、不思議なことにだれに話を聞いても、おでんに対して良い印象を持っていないようだった。町の人々いわく、おでんは“バカ殿”であるらしい。週に一度、都の城の前で裸踊りをする“バカ殿”である、と。
顔がバレるのを防ぐため、あまり長いこと話を聞けなかった。そのため、なぜそのようなことをしているのかまではわからなかった。
それとバギーには気になることが一つ。
(いつ来ても町の雰囲気が暗ェ。どいつもこいつも下を向いてやがる。活気ってもんが感じられねェ)
町の人々はみな背中を丸め、俯きながらトボトボ歩いていた。寒さだけのせい、というわけでもなさそうだった。
(考えたってどうしようもねェ。おれ様には関係のねェことだ。……さてと、あとは九里ってとこへの行き方さえわかりゃいいか。裸踊りの件も直接会って聞きゃいい)
方針が定まり、町へ聞き込みに行こうとしたそのときだった。どこからか、うおー!という雄たけびがしたかと思うと、遠くで爆発したような音が聞こえてきた。何事かと外へ出てみると、町より少し外れたところで煙が上がっていた。意識を集中させてみると凄まじい圧が二つ。今まさに煙が上がっているところからだった。
(なんて覇気だ……!!化け物か?)
引き続きそちらへ意識を向けていると、急激に片方の存在感が増した。見聞色など必要のない光景がそこにはあった。
龍だ。ここからでもわかるほどとてつもなく大きな龍がとぐろを巻いて空に浮かんでいる。
(あれは、まさか……カイドウか!?)
大海賊時代が幕を開けてから、様々な海賊たちが連日世間をにぎわした。中でもひときわ目立ったのは、シャーロット・リンリン、ダグラス・バレット、サー・クロコダイルなど。百獣の名を冠すカイドウも、その内の一人であった。現時点で十億は下らぬ懸賞金からも彼の脅威がよくうかがえる。
「おれ様のことを妖怪だのなんだの言いやがって!あいつのほうがよっぽど妖怪……いや、バケモンじゃねェか!」
カイドウは深く息を吸い込んだかと思うと、その口から熱線が吐き出された。衝撃がビリビリとこちらまで伝わってきた。着弾したところの土埃が晴れると、そこには何やら巨大な黒いボックスが鎮座していた。黒い箱の中から現れたのは、不気味なほど白い肌に頭には二本の角が生えた大男。巨大な刀を肩に担ぎ、まるで悪魔のようである。
(あいつは……ゲッコー・モリア!!なぜワノ国に?おでんさんはこのことを知らねェのか!?)
いま話題の大物海賊二名の衝突にバギーは面喰ってしまう。しかし、驚いてばかりではいられない。ここも直に戦場となるだろう。町の方でも火の手が上がり始めている。
(悔しいがいまのおれ様じゃァ、あの中に入って行っても……チクショウめ、おでんさんに会うのはまた今度にするか。会おうと思えばいつでも会えるしなァ。早いとこまずはこの国を出るか)
荷物をまとめていると、こちらへ近づいて来る気配を感じた。
少年は必死に走っていた。足を止めれば命がないことがわかりきっていたからだ。自分がまだこうして生きていられるのも、両親が身を挺して時間を稼いでくれたおかげである。二人の命を無駄にしないためにも何とか逃げ切らねばならない。だが、雪でうまく足が回らない。
「へっ、新しく買った剣の試し切りにちょうどいいぜ」
「お前さっき二人やっただろ。今度はおれにやらせろ。ガキは久しぶりだなあ」
下卑た笑い声と共に追手が迫ってきていた。それでも最後の力を振り絞り走り続けた。
すると少し開けたところへ出た。そこにはボロ小屋があり、小屋の前には男が一人立っていた。
(ガキが一人?……いや、追われてんのか)
バギーを見て固まっている少年の後ろから、海賊と思しき男が二人出てきた。
「ガキが、手間取らせやがって!」
海賊の一人が少年へと歩み寄るが、もう一人がバギーに気づいた。
「なんだてめえ?……おい見ろ!あいつの鼻!」
「あぁ?」
そう言われ、男がバギーに目をやる。
「なんておもしれえモン付けてんだ!とって見せてくれよ、その赤っ鼻!!」
男たちの運命が決した。
「赤っ鼻ァ……?もしかしてそりゃ、おれ様に向かって言ってんのか?」
「てめえ以外にだれがいるってんだ!」
「そうかそうか……よォくわかったぜ」
バギーは降り積もる雪を踏みしめ、一歩ずつ男たちへ近づいていく。そしてドスの効いた声で呟いた。
「おめェらのハデバカさ加減がなァ」
そう言い終えるのと同時に、少年のそばにいた男のみぞおちに拳が刺さった。
「グハッ!!」
男はたちまち白目をむき膝から崩れ落ちる。
「てめえ!なにしやがった!!」
すかさずもう一人の男がバギーを袈裟懸けに斬りつけた。
「ハッ、口ほどにもねえやろっ……」
男は刀を振り下ろした態勢で勝ちを確信し笑うが、バギーの裏拳がさく裂し、男の歯が数本飛んでいった。
「ハァ……ハァ……なんで!?確かに斬ったはずなのに!!」
「さあなァ、おれ様にケンカ売ったこと……あの世で後悔すんだなァ」
戦意の折れた敵は、もはや敵にはなりえなかった。
(なんだこいつら……えらく服装がパンクだなァ)
「す……すげえ」
一部始終を見ていた少年は思わずそう口にする。ハッと我に帰り、バギーへ頭を下げた。
「ありがとうございます。助けてくれなかったらどうなっていたことか……」
「てめェ、ひとりか?」
「……さっきひとりになりました」
少年は苦悶に満ちた表情でぽつりと答えた。
(町の方にも火の手が回ってたからなァ。おそらくこいつの家族は……)
バギーはしばらく勘考したのち、少年を見据えて問いかけた。
「おめェ、名前は?」
「カバジ……」
「そうか、カバジ。おれ様の名はバギー。いずれこの世のお宝すべてを手に入れる男だ」
俯いたまま名乗る。雪は相も変わらずしんしんと降っている。
「ときにカバジ……っていつまでそんなめそめそしてんだ!顔を上げろ!」
「でも、おれはもう……」
降り積もるほどの雪の中、膝をつく少年をじっと見つめる。そんな彼の姿が過去の自分と重なって見えた──わけではないが、もしかしたらこんな未来もあったのかもなと一瞬頭をよぎる。
物心ついた時からバギーの側にはいつもロジャーが、レイリーが、シャンクスが、仲間がいた。こんな理不尽な目に遭っている子供などこの世に五万といるだろう。しかし、幸運なことにこの少年の前にバギーは現れた。
「力がなけりゃ奪われるだけの人生だぞ」
「ッ………!!」
カバジはその一言に息をのみ、発言の主であるバギーを見上げた。あたりは薄暗いはずなのにバギーの周りだけどこか明るく感じる。初対面であるはずなのに自分に敵意がない、むしろ好意的であることが感じられた。
少年の目に悲しくも強い意志を感じ取ったバギーは決心がついた。こいつは磨けば光るものがある、と。
「ここで会ったのも何かの縁だ!おれ様と来るか、カバジ」
また、孤独となり、絶望している少年を見過ごせるほどバギーの心は冷たくなかった。
「力……」
(もしもあのとき、自分にこの人みたいな力があれば……!いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。これから、ここからおれは……!!)
顔を上げた少年の目にはたしかな光が宿っていた。
「おれを……いえ、わたしに力を!もう決して奪われることのない力を!!」
「いい目だ。ついてこい!!お前の人生はこっから始まるんだ!!」
カイドウとモリアが争っている傍らで一人の男が立ち上がった。船出日和とは言えないほど雪雲が厚く広がっていたが、突如として“空が割れた”。
「やっべェ!!早くここから逃げるぞカバジ!!」
「はい!!」
割れた雲の隙間から太陽の光が二人に差し込んでいた。
カバジがワノ国出身
モージはまだ6歳です。
おでんはこのとき裸踊りしていたそうですね。
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