時刻は午後六時。
喫茶店は今日は昼営業のみで、シノンとの特訓の予定もなく、久しぶりに今日はのんびり過ごせる日だ。
家で過ごしてもいいのだが暇だったので買い出しついでに街に出ることにした。
…まではいいのだが。
(尾けられてる、よな?)
つい数分前、背後からの気配を感じた。
気配なんてどうやって感じるのか前から疑問に思ってキリトらへんに聞いてみたことはあったが、実際には直感だな。
まさか自分がそうなるとは思わなかった。
(でもどこにいるのか細かいところまではわからないな。まだついてきてるはずだけど)
そこまで考えてふと思いつく。
(このままだと家までついてきそうだな。ならいっそこのあたりで誘い出すか?)
街中なら危ない連中でもキルされることはないだろう。
まあそれでも危険が全くないわけじゃないが。
念のため糸を準備しつつ、薄暗い路地に路線を変更。
誰もいないのを確認してから後ろを振り返る。
「誰かいるのか?」
正直誰かがいるという確証はない。
ただ自分の直感を信じて行動しているだけなので、気のせいという可能性もある。
というかむしろそのほうが面倒がなくていい。
だがそんな俺の願いとは裏腹に、路地にひとつの人影が入り込んできた。
「あはは、バレちゃってたかー」
そこにいたのは淡い紫色の髪と装備を身にまとった女性プレイヤー。
その声はどこか軽く、第一印象だけを考えるなら、身の危険など特に感じない。
「君は、どちらさんかな?」
とはいえまだ安全だと決まったわけではないので、できるだけ疑ってかかる。
「あたし?あたしはストレア、よろしくねー♪」
「お、おう。俺はフォーレン。よろしく…?」
俺を尾行してきたにしては随分とフランクな対応だ。
ますますわけがわからない。
「それで、そのストレアさんはなんで俺のことを尾行していたのかな?」
正直に答えてくれるかは疑問だが、こういった状況では聞かずにはいられない。
「んー、なんとなく、興味がわいたから、かな?」
「なんで疑問形なんだ」
「あはは、そんなことどうでもいいじゃん!あたしは君と友達になりたいんだよ」
「友達?」
「うん!」
正直言うとめちゃくちゃ怪しい。
それだけのためにここまでするか?
でもこの子の態度からは特に気になる点はない。
とても嘘を言ってるようには思えないんだよな…。
「なんかあたし疑われてる?」
「そりゃそうでしょうよ。生まれてこのかた尾行なんてされた経験がないものでね」
「そうなの?」
「当たり前だ。って君は一体俺のことをどう思っているんだ」
「ストレアだよ、フォーレン?」
「…は?」
「だから、君じゃなくてストレア」
「なん、だと…?」
名前で呼べというのか、今初めて会った女性に対して。
いや別に俺はそんなこと気にはしないが…
まあ本人がそのほうがいいというのだからそうしよう。
「ストレア、これでいいかな?」
「うん、よろしい♪」
ふう、なんか疲れるな…
「今日のところは名前だけでも覚えてくれたらそれでいいよ。それじゃね~」
「あ、ちょっと!」
結局彼女のことは何もわからないまま、どこかへ去っていってしまった。
「なんだったんだ?」
路地に取り残された俺はとりあえずめんどくさそうだな、とため息を吐く。
・
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数日後
「フォーレンさーん、注文とってきましたー」
「おう、ちょい待ち」
この層に来てから連日混雑しっぱなしの喫茶・ソフィア。
本日も盛況なり。
「はあ、シノンやリーファがいてくれて本当によかったな。こりゃシリカだけじゃ捌ききれん」
店内のお客の数を見てそう呟く。
まあここまで客が増えた理由はその二人にもあるわけだが。
「まあ儲かるぶんにはいいか」
最初に危惧していた給料が払えない、という状況にもならなさそうで俺としてはホッとしている。
そんな昼下がり、彼女はまた現れた。
「いらっしゃいませー!あ、フォーレンくん、出番だよー」
「ん?女性客か。はいよ、今行く!」
リーファから報告を受け、入口へ向かう。
「………」
「こんにちは、フォーレン♪」
「なぜ君が…いや、ストレアがここに?」
君という言葉に少し顔をしかめたが、俺が言い直すとすぐに笑顔になるストレア。
「なぜって、お客さんだよ?」
「まあそうだろうな」
出会いこそ少し特殊だったが、客だというのならこちらもそれ相応の対応をするだけ。
店長としてすべき対応を取る。
「ではお嬢様、こちらへ」
「うんうん。フォーレンその執事服似合ってるよー♪とってもかっこいいね」
「…ありがとうございます」
目をキラキラさせながら俺の後ろについてくるストレア。
褒められるのは嬉しいけど、気恥かしさの方が大きいな。
「それではお嬢様、ご注文はどうなさいましょう」
「うーん、じゃあフォーレンをひとつ」
なんだそのイカれた注文は。
「申し訳ございませんお嬢様。メニューに乗っている商品から注文をお願いします」
だが過去にその手の注文が来なかったわけではない。
むしろ今でも週に一回は来る。二回だったかな…?
もはやマニュアルにも乗るような注文だ、死角はない!
「じゃあ今日からメニューにのせようか♪」
なん、だと…?
いや落ち着け、この程度ならまだ問題ない!
「では後ほど検討させていただきます。ですので今はそのメニューからご注文をお願いします」
あくまでも「検討」だ。
その結果として提案を却下してしまえばいい。
「じゃあフォーレンをひとつテイクアウトねー♪」
「話聞けよっ!」
いかん。
つい体裁を忘れて突っ込んでしまった。
てか即お持ち帰りとかどこの合コンだ。
「あははっやっぱり面白いねー♪」
きゃはは、と笑うストレア。
こいつ、俺をからかって遊んでやがるな…
「と、まあからかうのはこのくらいにしておこうか?お仕事もあるようだし」
そう言って俺の後ろを指差すストレア。
「ん?…って、ああ!調理待ちが!」
「あたしの注文は後でいいから頑張ってね~」
「くっ、やられた…」
キッチンの方を見ると涙目のシリカ、困惑のリーファ、憤怒のシノンの三人衆。
って本格的にやばい!
早く戻って料理作らなきゃ…
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・
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「はあ、ひどい目にあった…」
「お疲れ様~」
「ストレア、俺をからかってそんなに楽しいか?」
ちょっとイラっときた。
めったに怒らない俺でもちょっぴりイラっときた。
「ごめんごめん、フォーレンの反応が面白くてね~」
「ったく、それで?注文はどうする?」
「んとね、じゃあ麻婆豆腐にしよっかな」
「かしこまりました。少々お待ちください」
一礼してその場を去る。
にしても麻婆豆腐か…ふっ。
「以前キリトにはあえなく敗れてしまったが、今回は違う!俺を辛かったバツだ…」
そう言って調理に入ると同時に、あるアイテムを取り出す。
「この特製・鷹の爪エキスを使えば…」
例えあのブラッキー君でも耐えられるかどうか。
とはいえここは圏内、ダメージを負うことはないだろう。
「ふふっ、後悔するがいい」
※この時のフォーレンは喫茶店の店長であることを忘れています。
そして数分後、料理が完成。
熱々のうちにストレアに持っていく。
「お待たせしました、お嬢様」
「わあー、美味しそう♪いただきまーっす」
蓮華で豆腐をすくい、ぱくりと一口。
「う~ん、おいし~い♪」
「な、に…?」
俺の予想に反し、パクパクと激辛麻婆豆腐を食べていくストレア。
「美味しいか…?」
「うん!あたし辛い物って大好きなんだけど、今まで食べてきた物の中でも一番あたし好みの辛さだよっ」
「そ、そうか。それは良かったよ…」
キリトに次ぐ味覚破綻者に戦慄したフォーレンだった。
さらにこの料理がきっかけでストレアが常連となってしまったのは言うまでもない。
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「ねえ、どう思う?」
「そうですね、ちょっと見過ごせません」
「うん。あたしもそう思う」
昼の喫茶バイトを終えたシリカ、リーファ、シノンの三人はリズの部屋に集まって会議を始めた。
「で、どうしてあたしの部屋にいるのかしら?」
「気にしないで」
「気にするわよ!まったく、どうせあいつ絡みなのはわかるわ」
「リズさんは話が早くて助かります。お兄ちゃんとは大違い」
「そこでキリトさんと比べても仕方がないような…」
「でもシリカちゃん、お兄ちゃんったらひどいんだよ?この前も片手剣の特訓した時に…」
「ストップ、今はその話はいいの」
話が横道に逸れそうになったが、シノンがそれを阻止。
「とりあえず、何があったのか聞かせてもらおうかしら?」
この中でただ一人事情を知らないリズが聞く。
「実はですね、最近の喫茶店でのことなんですけど」
「フォーレンにまた女が寄ってきたわ」
「シ、シノンさんそこまできっぱりと…」
「なるほど、大体の状況はつかめたわ」
「そしてそれでわかるリズさんもすごい!」
性格が内気な二人にはシノンとリズのやりとりは少しついていけなかった。
「それでフォーレンはなんて?」
「ただの友達、としか言わないわね」
「でしょうね。あいつのことだから本当にそうなんでしょーけど」
「リズさんのフォーレン君に対する信頼はすごいですね」
「とーぜんよ、伊達に長い付き合いじゃないわ」
「そして付き合いが長くても友達どまり、っと」
「う、うるさいわね!今はそんなことはどうでもいいでしょ!?」
「そうですね。とりあえずその最近常連になった女性のことですが」
「なにか情報はないのかしら?」
件の女性についての情報を、リズに教え始める三人。
「なるほどね。名前はストレア、歳はフォーレンよりも上っぽくてスタイルは抜群…その上顔もいいときたか…」
なかなか手ごわい。
リズは心の中でそう思った。
「一応注文の時に話もしてみたのだけど、とても気のいい人よ」
「そーですね。私もいい人そうだと思いました」
「そういえばシリカちゃんフレンド登録してなかった?」
「あ、はい。かなり強引にでしたけど」
そこまで言ったところでリズが勢いよく立ち上がる。
「じゃあそのストレアって人の居場所もわかるのね!」
「そりゃあフレンド追跡すれば…」
「なら早速会いに行きましょうか!」
「ええっ!今からですか!?」
「もちろん。あたしも話してみたいし、聞きたいこともあるわ!」
「で、でもそんないきなり…」
「何も全員で行くことないわ。あたしとシリカでちょっと行って話してくるだけよ」
「私もですか!?」
「当たり前でしょ!ほら、さっさと行くわよ!」
「わわっ、ちょっとリズさん!?」
無理矢理手を引かれてリズに連れて行かれるシリカ。
部屋にはシノンとリーファだけが残された。
「大丈夫かな…?」
「さあね。まあなんとかなるんじゃない?」
「だといいですけど…」
・
・
・
「あんたがストレアね?」
「ん?うんそーだよ。どちらさまかなー?」
アークソフィアの街中。
喫茶店からそこまで距離は離れていない噴水広場に彼女はいた。
「こ、こんにちはー」
「あ、シリカちゃん!どしたの?もしかしてあたしに会いに来てくれたとか!」
「ええ、そのとおりよ。あたしはリズベット。リズでいいわ」
「あはっ、あたしはストレアだよ、よろしくねリズ♪(ぎゅっ)」
そう言って満面の笑みでリズに抱きつくストレア。
突然のことにリズの頭がついていけない。
「ちょちょちょっ!?な、なにすんの!?」
「なにって、ハグだよハーグ。抱擁とも言うけど」
「そういうことを言ってるんじゃないの!」
「あはは~、顔真っ赤だよ?照れちゃって、可愛いな~も~」
「っ!!///」
「リ、リズさん…?」
「きょ、今日のところはこのへんで勘弁してあげるわ…行くわよ、シリカ!」
「へ?あ、ちょっと待ってくださいよ~」
「ええ~、もう帰っちゃうの~?」
ストレアは不満そうだが、リズには聞こえていない。
シリカの手を握ってスタスタと歩いて行ってしまった。
「ったく、調子狂うわねえ…」
「リズさんまだ顔真っ赤です」
「うるさいわね…不意打ちなんだから仕方ないわよ」
「まあ私の時もそんな感じだったんですけどね」
「あ~、なんか簡単に想像できるわ」
「私もそうなんですけど、ピナはもっと激しくて…」
「キュルル…」
「あんたも苦労してるのね…」
元気のない鳴き声のピナの頭を撫でながら、リズとシリカは歩く。
互いにストレアを色々な意味で危険視しながら。