「は~…暇だ」
攻略組の猛者たちが迷宮区の探索に熱を出し、中層にいるプレイヤーも各階層をすみずみまで探索している中、ここ第35層で防具屋を営むフォーレンは暇を持て余していた。
「ぜーんぜん客来ないのね。やっぱり俺もレベリングしに行くべきかな…」
とはいえ店を営む以上レベリングの時間も限られてくる。
前までは暇さえあれば街中の戦闘のないクエストを消化していたのだが、店を出してからというものレベリングの時間は閉店後の夜になっている。
「自分で始めたことだけど、客が来なきゃ何もできないな…」
先日攻略組トッププレイヤーのブラッキーくんこそ来たものの、噂が広がるわけでもなく客足が急激に伸びることはなかった。
仕方ないので店にある商品のメンテナンスをしたあと、新しい防具の制作を始めていた。
「この前キリトと取りに行った素材も残ってるし、簡単なブレスレッドでも作ってみるかな」
裁縫スキルといっても装飾品の類も作れるので、短時間で作れる装飾品は暇を潰すにはうってつけだった。
「作るものはブレスレッドとして、付属効果は…この素材ならAGI重視の回避アップ効果とかかな。ついでに麻痺軽減系の効果も付けれるだけ付けて…」
鼻歌交じりでウインドウをタップしていくと、不意に扉が開いた。
「おっ、いらっしゃいませー!フォーレン防具店にようこそー!」
扉の開閉効果音に反応し、マニュアル通りの接客を開始する。
視線を向けるとそこにいたのは…
「へえ~、なかなか雰囲気のいいお店ね。うん、内装もいいセンスしてるわ」
「・・・」
そこにいたのは栗色の長髪をなびかせ、優雅に佇むひとりの女性。
身につけているものは白と赤を基調にした制服。
(この制服って、もしかしなくてもあの『血盟騎士団』の指定制服だよな…?)
『血盟騎士団』
このSAOをプレイしている人間なら誰もが聞いたことのある、攻略組随一のトップギルドだ。
『青竜連合』『アインクラッド解放軍』と並び、SAO三大ギルドとも呼ばれている。
「い、いらっしゃいませー…」
いきなりの登場に俺は思わず萎縮してしまった。
なぜ血盟騎士団のメンバーがこんなところにいるんだよ…
いやまあ綺麗な人だから別にいいんだけども。
かわいいは正義だけども。
「こんにちは。今日は知り合いに紹介されてどんなものがあるか見に来たの」
にこりと笑う彼女に一瞬で体温と血圧が上がったような気がしたが、ここは電脳世界なので気のせいだろう。
女性の笑顔なんてリズ以外じゃ初めてだな。
リズの笑顔は、なんか、たまに怖いし。
逆に体温下がるし。
頭の中で「にやり」と笑うリズを思いだし、少し鳥肌が立ったような気がしたが、気にせず接客を続けようと思う。
「紹介ですか。まあ俺としてはかの有名な血盟騎士団のメンバーが来てくれて光栄ですよ。あ、俺フォーレンって言います」
一応自己紹介。
お客だから敬語を使ってみたけど、としは大体俺やキリトと同じくらいかな?
「あたしはアスナ。一応血盟騎士団では副団長をしているわ」
「はいはいアスナさんね、よろしく…って、副団長だって!?」
「う、うん、そうだけど…どうしたの?」
そりゃ驚くだろ!ただでさえ血盟騎士団のメンバーってだけで驚愕してたのに、副団長だって!?
「お、思い出したぞ。血盟騎士団副団長のアスナ…『閃光』『攻略の鬼』などの二つ名で呼ばれていて、細剣(レイピア)片手に嬉々として戦場を駆け巡る悪鬼…あのアスナさんかっ!」
「ちょっとまって!何その話!?あたしそんなキャラじゃないんだけど!」
ふむう、確かに腰にはレイピアを装備してるな。
閃光様はSAO内で1、2を争う美人という噂を聞いたことはあったが、確かに綺麗だ。
「見た目は完璧だけど、戦闘狂…そのギャップが人気の秘密か」
隠れてファンクラブまで創設されているという話も聞く。
「戦闘狂って…ちょっとあなたとはじっくりお話する必要がありそうなんだけど」
「オハナシ!?し、失礼ですけど肉体言語に訴えるのはご勘弁を…俺はただの善良な生産職なもので、戦闘は苦手なのでごぜえますよ」
もしここでデュエルなんて持ちかけられたらすぐに逃げる。
貴重な転移結晶を使ってでも逃げる。
「だーかーらっ!あたしは悪鬼でも戦闘狂でもありません!話はちゃんと聞きなさい!」
「あっ、はい。了解です…」
腰のレイピアに手を伸ばされちゃあさすがに引きます。
ええ、ええ、分かってましたよ。
実際そんな噂通りだとは思ってませんでしたよ。
からかってすんませんでしたぁっ!
だからすぐに感情任せに剣を抜くのは控えたほうがいいと思うんだ。
「ふう、疲れちゃったわね…それで、話しを戻すけど」
「紹介されて来たんでしたっけ?ちなみに誰のご紹介で?」
「えっと、リズベットっていう鍛冶屋の友達と、キリトくんっていう攻略組のプレイヤーなんだけど」
「おおっ!キリトめ、早速宣伝してくれたのか!」
うむうむ、約束を守ってくれたようで何よりですなあ。
おかげさまで冷や汗流したけど。
「それで、防具を見に来たんですか?うちは装飾品の類も充実していますよ」
「そうねえ…今のところ防具は間に合ってるし、何かステータスアップ効果のついた装飾品とかないかしら」
「なるほど…それならこれなんていががです?」
そういいつつ装飾品が置かれているショーケースの前まで移動する。
「指輪にブレスレッドにネックレス…確かに一通りは揃ってるみたいね」
「そりゃもちろん。性能もそこまで悪いものではないと思いますけど?」
そういわれてケースの中を凝視するアスナさん。
「そうねえ…STR強化の指輪に、VITのネックレス…どれもまあまあなんだけど、なんか物足りないのよねえ」
そりゃそうだ。
ここに置いてあるのは基本的に中層プレイヤーが装備することを重視して作ってあるからな。
最前線の攻略組にあった装備はなかなかないだろう。
「う~ん、できればスピードを強化できるようなアイテムが欲しいのよね。あたしAGI重視だから…」
「AGI強化ねえ…あっそれなら」
ふとさっきまで製作中だったブレスレッドを思い出す。
「いま製作中のこのブレスレッドなんてどうかな。ちょうど付属設定でAGIを選択したからさ」
「へえ、タイミングが良かったのかな?」
「ですね。そこの椅子で待っててください。なにか飲みます?お茶くらいなら出しますよ」
「じゃあお言葉に甘えて。お茶ももらうわね」
「はいはい。それじゃ少々お待ちを」
そういい、ウインドウから紅茶と、少量の食材を出す。
「はいお待ちどうさん。フォーレン特製のお茶菓子付きティーセットです」
テーブルに出されたショートケーキに、さすがの閃光様も目を見開いた。
「わあ…すごいわね。あなた、裁縫だけじゃなくて『料理スキル』も取ってるんだ?」
「ええ、この世界のNPCの作る料理は味がひどすぎますからね。自分で作ったほうがましなのだよ」
途中だったブレスレッドの製作を続けながら、せっかくなのでアスナさんと会話する。
「そうなのよねー。あたしも料理スキルとってるの。やっぱりそこらのNPCレストランよりも美味しいわよね」
「おっしゃる通りで。ほい、できた」
「ってもう!?随分と早いわね」
見るとアスナさんのケーキと紅茶はまだ半分以上残っていた。
「料理スキルと同じで、こう言ったスキルは簡略化されすぎてるんですよ。製作途中でしたし、仕上げただけです。はいどうぞ」
「ありがとう。どれどれ…?」
固有名は『紅雪の腕輪』
紅色と白を基調とした腕輪で、デザインからしてアスナにはぴったりの装備品だった。
気になる能力だが…
「なにこれ!?AGI+50!?麻痺・毒軽減に、ドロップ率20%上昇って、冗談でしょ…?」
腕輪の性能を見てアスナさんは驚愕していた。
あの腕輪ってそんなにすごい効果なのかな。
あのアスナさんがここまで驚愕してるんだし、まあ間違いないと思うけど。
「随分と反則的な能力ね…どんな素材使ったの?」
「素材はこの前キリトと行ってきた59層のモンスタードロップの余りだよ」
「あ、余りって…」
「ま、料理と一緒で作る人の腕次第ってことですかね。料理だって作る人が素人なら高級食材がいくらあっても美味しいものは作れないでしょう?」
「たしかにそうね…まあいいわ。とにかくこのアイテムを買います」
「毎度有り!値段は…このくらいかな?」
正直暇つぶしに作っていたものなのでここまですごいものができるとは思わず、値段なんて決めていなかった。
というわけで素材の価値を考えて最も適切な値段を考える。
「…安すぎないかしら?ほんとにこれだけ?」
アスナさんはトレードウインドウに浮かぶ値段に驚きを隠せないようだ。
「もちろん。そもそも素材はキリトがとってくれたものだし、原価がほとんどゼロなんだよ。だからその値段は俺の腕(スキル)分だと思ってくれれば」
「そう、じゃあはい、これ」
ピッピッとウインドウをタップしてトレードを完了させた。
「それと、これから時間あるかしら?」
「そりゃまあありますけども」
どうせ今日も暇な店番くらいしかすることないし。
「じゃあちょっと付き合ってもらえる?今日のお礼にご飯でもおごるわ」
そういい俺の返事も聞かずに踵を返すアスナさん。
「拒否権は…ないんだろうな。まいっか」
特に支障はないと思い、アスナについていくことにした。
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「着いたわ。ここがあたしおすすめのお店よ」
連れてこられたのは50層の大通り。
このSAOの階層の中でもとりわけ大都市である50層のとあるNPCレストランに来ていた。
「ここは珍しく美味しい料理が出てくるNPCレストランなの。意外と知られてない穴場なのよ?」
「へえ~レストランなんて久々に来たな。最近自炊しかしてないし」
とはいっても簡略化された料理スキルなのだから、特に手間もなく料理は作ることができる。
「とりあえず注文しちゃおっか。何食べる?」
「そうだな…このおすすめのパスタでももらおうかな」
「じゃあ私もそのパスタにしようかな。すみませーん!」
注文もすぐに決まり、アスナさんが注文する。
あいてはNPCなんだからそこまで大声出さなくてもいいんだけどね。
「にしてもレストランか…」
「味は保証するわよ?そういえばフォーレンくんって料理スキルとってるんだよね。いまスキル熟練度どのくらいなのかな。私は昨日やっと900超えたところなんだけど…」
スキル熟練度とは文字通り、スキルの熟練度を示すもの。
といっても伝わらないと思うので、最低限の説明はしておこう。
ソードスキルや生産職のスキルといったすべてのスキルに共通して存在する、この『熟練度』。
ひとつのスキルの最大熟練度を1000として、その値が上がれば上がるだけ使える技が増えていくというものだ。
さらにソードスキルなら攻撃の威力が上がるし、生産系スキルや料理スキルなら成功率や質が上がったりなど。
「つい先週マスターしたよ。料理は毎日作ってるからね」
「本当にっ!?さっきケーキ食べた時の味からして、もしやとは思ったけど…。すごいなあ、私よりも高い料理スキルの人は初めて見るよー」
アスナさんが尊敬の眼差しでこちらを見つめてくる。
しかし少し残念そうに見えるのはやはり女としてのプライドからくるものだろうか。
「俺は友達少ないし、ほかの人についてはよく知らないけど、熟練度900でもなかなかすごいと思いますけど?順調に行けばすぐマスターできるだろうし」
「そうだね…そういえばさ!料理スキルをマスターしたら何ができるの?」
目を輝かせながら、前のめりに聞いてくるアスナさん。
「情報屋のリストにもまだ乗ってなくて…他にマスターしてる人いないのかも」
「そーなんだ…まあ攻略組の猛者たちに料理スキルの熟練度あげてるような奇特な人はほぼいないだろうしね」
「むっ、わるかったわね、奇特なプレイヤーで!」
「おっと、別に悪気があったわけじゃないんですよ?だからフォークをこちらに向けないように」
アスナさんの持つフォークが構えとともに紫色に光った気がする。
まさかフォークまで武器として認識されるとは…
攻撃力は低そうだけど怖いものは怖い。
「それで料理スキルだけど、950を越えたあたりで味覚エンジンの作用について調べられるようになって、様々な『味』を作ることができるんだ。そしてマスターするとそれらを調味料としてアイテム化できるようになる」
味にだって色々な作用がある。
『甘い』『苦い』『しょっぱい』『辛い』などが代表的だが、それらをナーヴギアは正確に再現している。
それらを数値として表し、一首の研究ができるというわけだ。
なお950を超えればそれを料理に使うことはできるが、調味料として保存する事ができない。
以前スキルをマスターする直前に実に俺好みの「究極の塩」ができたことがあったのだが、保存がきかず、その一回きりしか使えなかった、という経験がある。
あの時スキルをマスターしておけば…
「なるほどね。ってなんで泣いてるのかしら?私が何かした?」
「いやなんでもないんだ。ちょっと不幸な事件を思い出してね」
いつか絶対あの時の塩を再現してみせるぞ。
それが俺のこの世界での目標であったりもする。
どうでもいいか。
「そしてこれがそのスキルを活用して作った調味料なんだけど…ちょっと舐めてみな」
俺はアイテムウインドウから瓶をひとつ取り出して、アスナさんに渡す。
「ぺろっ…これって、マヨネーズ!?」
「そう。そしてこっちが」
「ぺろっ…こ、この懐かしい風味…お醤油だわ!」
「そのとおり。こんな感じで現実世界で食べていた調味料を再現してみた」
俺の熟練度が950を超えたのは二ヶ月ほど前。
その日から研究に研究を重ね、これらの調味料を完成させた。
この他にも、味噌やソース、ケチャップにみりんと、できるものは片っ端から制作していった。
…まあ未だにあの究極の塩は作れていないわけだが。
「これはすごい発見だわ…」
わなわなと身体を震わせながら真剣な表情を浮かべる閃光様。
その表情は攻略組の人が見ればボス部屋突入前の神妙な顔つきをしていると勘違いしてしまうかもしれない。
「そこまで言ってもらえると作った甲斐があるな。その醤油とマヨネーズはお近づきの印にあげるよ」
「え、いいのっ!?本当にっ!?」
「も、もちろん。あとは自分でスキル熟練度を上げて作ってみればいいんじゃないですかね。ある種の目標にもなったでしょうし」
あまりの必死さに少し驚くが、同じく料理スキルを持つ身としては仕方ないかとだと思い、醤油とマヨネーズの瓶を試供品としてアスナさんに渡した。
「これがあればお魚の煮付けに鶏肉の照り焼き…ふふふっ今日は徹夜ね…」
ぶつぶつと呟く閃光様が怖かったのでそっとしておこう。
どうやら今晩は熱い料理
そうこうしているうちに料理も来たようだ。
ひとくち食べてから、NPCレストランでは初めて味わう美味しさに舌鼓を打ち、パスタの味を楽しんでいた。
そんな中キラキラ且つどこかしら黒いオーラを漂わせる閃光様には、恐怖を通り越してもう気にしないことに決めた。