「……いや、思ったより煮干しがキツイね」
ㅤレンゲの上に乗せたタレの良く絡まった麺を見つめながら、少年はしみじみとした表情で零した。
ㅤ腹が減った、ただそれだけの理由で徐に選んだラーメン屋で、パッと目についたメニューを頼んだ彼の自業自得ではあるのだが。
「ああ、いや美味しくない訳じゃないよ。僕好みではあるけど、嫌いな人には嫌いっていうか」
「…急に一人で何を喋っているワケダ」
「通ぶってみようかなと思って」
ㅤ少年の言葉に、対面に座るパッと見同じぐらいの年齢の少女はレンゲを器に戻し、深い溜息を吐いた。
ㅤかなり煮干しが使われているだろう、灰とも黒とも言い難い粘土の強いスープを一口含んだ少年はにへら、と情けない笑みを浮かべて。
「それと、プレラーティの感想を聞こうともね」
「だとすれば開口一番で否定から入るのは失敗なワケダ。素直に聞けばいいワケダ」
ㅤそう言いきったプレラーティの箸は再び器の中の麺を掴んだ。
ㅤ粘度の高いスープが絡みすぎと言わんばかりにその色に染まった麺を口に運び、良く咀嚼すること数十回。プレラーティは無表情のまま、仕方なしに少年に向かって感想を放り投げた。
「私はこれぐらい濃いほうが好きなワケダ」
「…じゃあ当たりだね、この店も」
「その局長みたいな話し方は止めるワケダ」
ㅤプレラーティの箸はそれ以降止まらず、にっこりと微笑んだ少年には食事が終わるまで一瞥もくれることはなかった。
ㅤありがとうございました、と店員が口にしたテンプレート的な言葉に会釈し、店を後にした二人は春の風が吹く街中をのんびりと歩き始めた。
ㅤ
︎︎とて、その何れでもない二人にとってそう思われるのは好都合でしかなかったとは言うまでもない事だ。どの店によって、どんな買い物をしようとも注目されることがないというのは便利なものであった。
ㅤ木を隠すなら森の中、というように何かを企てる人間は人の中に隠れ潜むものだ。
「昨日ノイズが出た割には綺麗な街だったね。笑顔も溢れてたし、諦め半分ってとこかな?」
ㅤそう呟いた少年は首に提げたガラスのロケットを空いている左手の指でなぞった。中に入った何某の動きには一切目もくれず、肩を竦めた。
「自然災害には抗えない、そういう諦めが大半なワケダ」
「シンフォギアが守ってくれているのに?」
ㅤ少年の問いに答えは返ってこなかった。
ㅤ人を炭素化させてしまうノイズから守ってくれるシンフォギア、そんな素敵なキャッチコピーが既にこの世界には存在しないことを、彼が一番よく知っているからだ。
そして、この後に続く彼の口癖が実質的な答えであるとプレラーティは耳にタコができるほど聞かされていたが故に。
「手の届く範囲すら助けられない僕達は、力を持つ者だけを嫌悪したがる。どうして、なんでってね」
「……」
「あー…、なんかくだらないこと考えてたら甘いもの食べたくなってきちゃった」
「……さっきラーメンを食べたばかりなワケダ。散財ばかりしているとサンジェルマンに叱られるワケダ」
「そ、それは勘弁して欲しいな…。サンジェルマンの折檻は長いし、的を得てるから中々ね…」
「それはそれは説教の甲斐がある、というワケダ。全国の父親に見習って欲しいワケダ」
何かを思い出したのか、サッと青ざめた顔で身震いをする少年の姿にプレラーティは苦笑いとはいえ今日初めて破顔した。
サンジェルマンなる人物は何処ぞの父親よりも父親らしい行動が出来ているらしく、畏怖の対象として認識されているようだった。
「それって義父さんのこと?」
「否定はしないワケダ。当然肯定も」
わざとらしく竦められた肩を含め、それ全てが肯定だと言っているようなものだと分かっていながらも少年はそれを指摘することはやぶ蛇だと分かっていたため、それに関しては何も言わなかった。
そんなプレラーティから視線をずらし、少年は左ポケットからスマートフォンを取り出す。画面に映った数多の通知を一括で削除しつつ、彼もまた呆れを隠せないとばかりに口を開いた。
「また大盛況だね、これは」
彼の持つ端末に映るのはSNSの画面だった。動画か或いは画像か、その投稿に対して集まる様々な意見や反応をプレラーティに見せ、少年は口角を歪ませた。
「ここら辺には灰が沢山あったはずなんだけどなぁ」
「
「流石はシンフォギア」
「ククク…、随分と他人事な言い方をするワケダ」
クツクツと喉を震わせて笑うプレラーティに、少年もまた同様に。
手向けの花すら置かれないとは、残念極まりないことだ。故に、少年は道中で手に入れ、右手にずっと抱えていたソレを、一番傷付いた建物の前に置いた。
「僕が代わりに、じゃいたたまれないだろうけど。安らかに、眠ってください」
たった一輪の白い菊の花。
少年がこの花を選んだのにはさしたる理由は無い。ただ、葬式でよく飾られていることを覚えていた、それだけだった。
ここで亡くなった方々と少年達の面識は言うまでもなく、あるはずなどない。それでも、少年とプレラーティは花を手向け、手を添える為にここに足を運んだ。
「お前達の死は決して無駄にはしないワケダ」
そのプレラーティの呟きに、少年は無表情のまま目を瞑るのだった。